最終話 酒輝のマスクの下ってすごいことになってんな
じゃあ、素顔、見る?
そういった酒輝は耳にかけたマスクのゴムに手をかける。ぼくはドキッとした。ズボン脱ぐ、っていったくらいドキッとした。酒輝はぼくの反応を用心深く見ているようだった。ゆっくり左右の耳からゴムを外していく。
「実はこうなってるんだ」
酒輝はえいやっとマスクを外した。ぼくはつい目とつむってしまったけど、恐る恐る開く。たかがマスク、されどマスクだ。ずっと装着していたものを外すときがくるなんて、そんなのやっぱりズボンを下ろすくらいの衝撃……以上だったよ。
「!」
「驚くよね」
ぼくは後頭部を急いで抑えた。びっくり仰天アンド恐怖からの衝撃でぱっくりいきそうになった。危ない危ない。
「そ、それって」
酒輝のマスクの下にある口はすごいことになっていた。「わたし綺麗?」で有名な口裂け女の弟だといわれても信じてしまう。もちろん、そうじゃないんだろうけど。世代的に弟より孫?? いや、そうじゃなくて。ぼくはいったん混乱を沈めて、酒輝のとんでもない顔下半分をなるべく冷静に見ようとした。でも見ているだけでブルルと震えてしまう。酒輝の口は人食いサメみたいだった。鋭い牙がぎらぎらとたくさん生えているし、トマトケチャップ食べたみたいに真っ赤なんだもの。
「特殊メイク?」
「まさか」
酒輝はほっぺを触ると、ぐにぐに動かした。メイクが崩れていく感じはない。でもぼくは自分の部屋なのに隠しカメラでも仕込んであるんじゃないかと見回してしまった。昨今の人類の技術の進歩は恐ろしいものがあるから。酒輝は「信じてないなら触ってもいいよ」といってきたけど、ぼくは丁重にお断りした。
「ど、どうしてそんな口になったの? 美容整形に失敗したにしてもひどすぎるよね、訴えたら勝てるよ、協力しようか?」
「生まれつきなんだ」
「げ、そうなの? ごめん、悪くいうつもりは……」
「おれ、宇宙人なんだ。クッチサケテール星から地球に留学に来たんだけどさ。そろそろマスク生活も終わるようだから、帰ろうかと思ってるところ」
なんとまあ。ああ、なんとまあっ。
今までよくあの口がバレずにいたものだ。あのすっぽり不織布マスクの下はあんなことになっているなんて誰が想像するでしょうね。しかも宇宙人だったなんて。びっくりしちゃうなあ。
酒輝は衝撃で腰を抜かしてしまったぼく——といっても元々座ってたけど——をなんだか寂しげに見つめると、ゆっくりマスクを装着して丁寧に整える。いつもの酒輝の顔に戻ると、あの口はやっぱり見間違いだったような気がしてきた。
でも酒輝は、そんなモンスターみたいな主人公を好きになるくらいなきみだから、とかなんとか神妙に打ち明け、「誰かに素顔を見せたかったのかもね」と締めくくる。どうやら彼は、ぼくが愛してやまないチュー☆ファイの主人公、
「でもぼくにバラしちゃってもいいの?」
「うん。首浦は言いふらしたりしないだろ。もし、そんなことするつもりなら」
酒輝は凄みのある目をしてマスクを外そうとした。食われる。ぼくは「誰にもいうわけないだろ」と叫んでいた。酒輝は「冗談だよ」と笑ったけど、どこからどこまでが冗談かわからなかった。
結局、この話はこれっきりになって、酒輝は何事もなかったかのようにローテーブルに置いていたゲーム機を手を伸ばして遊び始めた。ぼくも漫画『最強中学生伝説☆バトル・ザ・ファイトギャラクシー』略して『チュー☆ファイ』を読みだしたんだけど、あんなに大興奮のストーリーはちっとも頭に入ってこなかった。
酒輝はそれから三十分くらい部屋にいたけど、「暗くなってきたから」といって家に帰っていった。玄関まで見送りに出たぼくが手を振ると、酒輝も「じゃあ、明日」と爽やかに手を振り返す。その顔下半分には不織布マスク。あの口はすっぽり隠れていてなんにも不自然じゃない。でもあの下はどえらいことになってるんだ。それがぞくぞくするほど怖くて面白いと思ってしまう。
ぼくは部屋に戻るとクローゼットの戸を開けた。裏側が姿見になっているんだ。そこに映るぼくは特に目立つところのない少しだけ髪が長い少年だ。今はニヤニヤと自分でも気持ち悪いくらい笑っているけど。
たしか酒輝は自分のことを「クッチサケテール星」から来たといっていた。ぼくはそんな星があるなんて知らなかった。でも父さんなら知っているかもしれない。いろんな星人やモンスターに詳しいから。帰ってきたら聞いてみよう。
父さんは漫画家だ。代表作はチュー☆ファイ。あれは父さんが書いた漫画なんだ。もうすぐ最終回だから気合が入っていて、最近はアトリエから戻るのが遅くて少し心配だ。連載が終わると収入も減るんじゃないかとそっちも心配だけど。だってアレの維持費、大変なのに。ぼくも引っ越す日が近いかもしれない。
「でもまあ。酒輝の口には、ほんとびっくりしたなあ」
ぼくは後頭部を探るとファスナーの取ってを見つけ、ジジジと下ろした。地球人を模した大変に維持費がかかるスーツを脱ぐと、ぼくの本当の素顔が現れる。尖った耳に灰色の肌。鼻はなく、目と口は吊り上がっているけど、今はニッコニコと笑っている。
この星にはぼくが思うより多くの異星人が暮らしてるのかも。でもマスク一枚で素性を隠そうとしている異星人は初めて見たよ。今度また酒輝をうちに誘ってみよう。この地球人擬態スーツを酒輝が知ったら、きっと喜ぶだろうなあ。でも維持費がなあ……。マスク一枚で隠せるなんて、やっぱり
あの子が不織布マスクを外したら 竹神チエ @chokorabonbon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます