第2話 エルフがいっぱい
まあいいんだ。酒輝が全宇宙のバイブルといっていい『最強中学生伝説☆バトル・ザ・ファイトギャラクシー』略して『チュー☆ファイ』を読んだことがない不届きな男子中学生だとしても、その迷える魂をぼくが救ってあげたらいいだけの話だもの。
だからぼくは携帯ゲーム機に視線を戻してしまった彼に、愛してやまない『チュー☆ファイ』の素晴らしさをあーだこーだぺちゃくちゃ語って聞かせた。
酒輝も最初は「ふーん、へー、そうなんだ」と相槌してくれていたのだけれど、「ゲートから出てくるモンスターってどんなやつ?」と質問してからは——ぼくはこれに「ダークエルフやゴブリンとか」と答えた——話に聞き入っているのか、うんともすんとも返事しなくなった。
「だからね、大口くん。チュー☆ファイはすごくすごく感動的な話なんだ。もうすぐ終わっちゃうのが残念なんだよ。永遠に続いてくれたらいいのになあ」
本棚から取ってきた一番のお気に入りフィギュア、主人公の
「本戸菅蔵だよ。最強の主人公なんだ」
「……主人公は人間じゃなかったのか?」
怪訝な顔をする酒輝。良い質問だ。確かにこの覚醒バージョンの
「そうだよ、菅蔵は自分のことを人間だと思ってたんだ。でも実はね」
これ以上はネタバレになる。ぼくはやさしさで口をつぐんだのだが、酒輝は「実は、なんだよ。あのさ、そんな意地悪く笑ってないで教えてくれないかな。変に興味持っちゃうから」とせっつく。まったく、仕方ないなあ。
「フフッ、実はね。驚くことに菅蔵はエルフと人間のあいだに生まれたハーフモンスターだったんだ」
ぼくがこの展開を知ったとき、驚愕しすぎて一度漫画を閉じて精神を落ち着かせる必要があった。でも酒輝は「ふーん」とまたゲーム機に戻ろうとする。何がそんなに面白いんだ、ただのカーレースゲームだろっ。ぼくはもう一度いった。
「菅蔵はエルフの血を引いてたんだよ」
「ふーん。エルフって敵モンスターだっけ?」
「チュー☆ファイの中では、ダークエルフは敵だよ。でもホワイトエルフは味方になるんだ。十五巻からはレッドエルフが登場するんだけど、最初は人間の血を飲むと思われてたのに実はそうじゃなくて千年も昔から人間のために生きていた伝説のエルフ」
「何種類のエルフがいるんだよ」
酒輝は興味津々らしく、ぼくを遮ってまで先を聞きたがる。
「五種類だよ。ダークエルフ、ホワイトエルフ、レッドエルフ、ブルーエルフにイエローエルフ」
「主人公は?」
「ライトエルフに覚醒するんだ」
酒輝は一瞬言葉に詰まっていた。
「五種類のエルフに、ライトエルフは入ってたっけ?」
「入ってないよ。だってライトエルフはダークエルフが人間とのあいだに子どもをつくると誕生するエルフで、このエルフは実は短命のはずなんだ。でもものすごい力を秘めていて生まれた時は人間と変わらないんだけど覚醒すると光の波動を吸収して爆発的なエネルギーを生み出す最強の戦士に変身する。でもさっきもいったように短命でそれは力を使うたびに命が削られていくからでもあるんだけど主人公の場合はさらに人間の血も引いているから問題はもっと複雑になっていくんだよね。しかも人間のほうの血筋だってすごくてさ。彼は滅びた帝国の一族の末裔でその一族には人間離れした能力を持つ者が誕生するとされていて、過去には英雄としてその姿が石板に刻まれていたんだけど敵モンスターのモモンガ三世が割っちゃって」
「うん、わかった」
酒輝は聞いたことないくらいの大声でいった。悪いことしたな。ぺらぺらネタバレをしゃべりすぎてしまったようだ。
「ごめんね。でもチュー☆ファイの魅力はこれくらいのネタバレで色あせるものじゃないから安心して。このあともすごい展開がたくさんあって」
「ネタバレを気にしたわけじゃないんだ」
「そう? あ、自分で読みたいよね。貸してあげるよ」
本棚から漫画をごっそり抜き出そうとすると、酒輝は「いいよ、読まないから」と遠慮した。
「ううん、ぼく暗記するほど読んでるし、電子版も買ってるから。ゆっくり読んで返してくれたら……」
「受験があるから。高校生になったらゆっくり読むよ」
酒輝はにっこり笑った。笑ったといってもマスク越しでだけれど。目がくいって綺麗な弧を描いて笑うからもう何もいえなくなってしまった。そうだね、借りるより自分の漫画を買うべきだよ。どうせ何度も読みたくなるからさ。自分専用が欲しくなるものね。うんうん、よくわかる。でも巻数が多いからな。百巻あるよ? 大丈夫?
「首浦はそのなんだっけ、チューハイ? よっぽど好きなんだね」
「チュー☆ファイだよ。チュー☆ファイはみんな好きだと思うな。大口くんも読んだら絶対ハマるよ」
「ああ、うんそっか。でもモンスターを殺す話だろ? そういうのはな苦手だな」
「いやいや。そんな単純な話じゃないんだよ。チュー☆ファイは勧善懲悪とは違って善悪があいまいなんだ。主人公の菅蔵だって敵だと思われていたエルフの血を引いているし、彼が好きになるヒロインも実はモンスターだったことが途中でわかるんだよ」
「ふうん」
酒輝はまたゲーム機に目を戻したけど、遊ぶんじゃなく電源を切るためだったらしい。ゲーム機をローテーブルに置くと、真面目くさった顔をしてぼくを見る。「あのさ」の声は空気が張り詰めるくらい真剣そのものだ。
「そろそろ学校でもマスクを外そうって話があるだろ?」
てっきりチュー☆ファイの話になると思ってたので、ぼくはがくっとなった。なんだ。室内だけど、ここでマスク外してもいいかなって話なのかな?
「窓開けてるし、ぼくワクチン打ってるから安心して外しなよ」
「いや。そうじゃなくて。その、教室でもこれからはマスクなしにしようって話だろ。となると、おれ、ちょっと困るんだよ」
酒輝はマスクの上から口元をかいた。
「外したくなくてさ」
「じゃあ、つけてたらいいんじゃない?」
「でもみんな外すようなら、おれも同じようにしないと、って」
「まあうん。そうだね、そうなるかもね。圧力怖いね」
そういえば。ぼくは酒輝の顔の目元だけしか見たことがない。給食の時も前を向いて食べるし、酒輝は一番後ろの席だから、なおさらマスクを外したところを見る機会がなかった。いやいや、それにしてもほんと驚いてしまうな。いくらマスク生活が続いているとはいえ、まったく見たことがないなんて。そんなことがありえるんだ。
でも見たことないのが事実だ。このまま中学を卒業したら、ぼくの中で
「酒輝くんはマスク外してもカッコいいだろうねー」
ぼくはうっかり心の声のまましゃべってしまった。酒輝はパチパチとまばたきを素早く二回した。ぼくは恥ずかしくなって後頭部をぎゅっと抑えた。感情が高ぶるとここがぱっくり開きそうになるんだよぅ。
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