Raining 57.5話 ベイリーズ

惣山沙樹

ベイリーズ

 路地をいくつか抜けた先にある、ショットバーRainingレイニング。そこの店主である脩斗しゅうとと、アルバイトの達己たつきは、暇な木曜日を過ごしていた。


「今日はもう誰も来ませんかねぇ」


 時刻は夜一時半。一組のお客も来ないのは、よくあることだった。


「なぁ、シュウさん。俺あがっていい? そっちで飲むわ」


 達己は客席を指した。


「ええ、いいですよ。こんな日は二人で飲みましょうか」


 ネクタイとシャツの第一ボタンを外した達己は、ひょいと客席に座り、大きな欠伸をした。


「どうしよっかなー。ハイボールでもいいけど、何か違うものを飲みたい気分なんだよな」

「そうですか。では、ベイリーズはいかがですか?」


 ベイリーズとは、脩斗の大好きなクリーム系のリキュールだ。甘いものが好きな彼は、酒の好みもそうだった。


「おっ、いいね。ミルクでいく?」

「ええ、そうしましょう。それで……前から試したいことがあってですね」


 脩斗が取り出したのは、ポップコーン用のキャラメルシロップだった。


「これをかけたら、さらに美味しくなると思いません?」

「あー、確かに!」


 脩斗はグラスにベイリーズと牛乳をそそぐと、軽くステアした後、キャラメルシロップを存分に振りかけた。


「おおっ! 香ばしい香りがするな!」

「でしょう? 達己、飲んでみてください」


 達己は一口飲むと、目を丸くした。


「いける! シュウさん、これはいけるわー! 甘ったるいけど俺これは好き!」

「なんならチョコレートパウダーもかけますか?」

「それはやりすぎな気がするぞ?」

「じゃあ、僕の分にだけかけます」


 そう言って脩斗はパウダーをかけた。カカオの香りがカウンターを満たした。


「うーん、いいですね。苦味もあり、甘味もある……」

「それってシュウさんみたいだよな」

「ちょっと達己、それどういう意味ですか?」


 バーテンダー二人がそうやって言い合いをしていると、もう来ないかと思っていたお客が現れた。


「いらっしゃいませ、ハノンさん」

「やっほー! 暇だから来ちゃった!」


 ハノンは彼らが手に持っている白っぽい飲み物を見て、尋ねた。


「ねえねえ、それ何? ボクも飲みたい!」

「あら、丁度いいですね。ハノンさんにもお出ししますよ」


 脩斗は再びベイリーズの瓶を手に取ると、同じようにカクテルを作り上げた。


「ふあっ! 甘いねー! でもなんだか病みつきになりそう!」

「でしょう?」


 ハノンは上機嫌でそれを飲み干すと、お代わりをせがんだ。


「これなら何杯もいけるよー!」

「でも、太りそうだよな」

「達己はもう少し太った方が良くないですか?」

「シュウさんも甘いもの好きな割にはシュッとしてるよな。筋トレとかしてんの?」

「いえ、特には。そうだ、達己。リンツありますよ?」


 脩斗は戸棚から、丸いチョコレートを取り出した。


「ちょっと、いえ、だいぶ早いですけどバレンタインということで」

「また甘いものに甘いの合わせんのかよ!」


 包み紙を解いた達己は、一口でチョコレートを放り込むと、ゆっくりと噛んで味わった。


「いいなー、固形物食べれて」

「すみませんねぇ、ハノンさん」

「あー、やっぱりいけるわ。甘々なのもたまにはいいな?」

「たまに、ですか? 僕はいつでも達己には甘いつもりですけど?」

「あーもう気色悪いこと言うなよ!」


 そんな二人のやり取りを見ていたハノンはニヤニヤと笑顔を浮かべた。


「いいなー、ボクも甘々な体験したい」

「ほら、ハノンさんまで何か言い始めたし」

「お酒のせいでしょう。ほら、達己、もう一つ要りますか?」

「もういい!」


 達己は両腕で大きくバツのマークを作った。ハノンはカラカラと笑った。


「いつ来てもいいねぇ、脩斗と達己の仲の良さは」

「従業員とはいえ、人としては対等で居たいですからね」

「シュウさん……」


 ちびり、とベイリーズミルクを飲んだ達己は、上目遣いで雇い主を見た。


「俺、この店に来て良かったわ」


 脩斗は満足そうに頷いた。


「僕も、達己を雇って正解でした」

「はあ、二人とも、尊い……」


 ハノンは深く深くため息をついた。

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Raining 57.5話 ベイリーズ 惣山沙樹 @saki-souyama

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