黄色い悪魔

坂本 光陽

黄色い悪魔


 90年近い人生を振り返ってみれば、怒りと悲しみ、屈辱で泥まみれだった。


 わが一族の悪名が昔から高かったせいだ。しかし、父が殺人犯だったこと、祖父が毒殺魔だったことと、わしとは何の関係もない。


 父が祖父のせいでイジメを受けていたのと同様に、わしも父のせいでずっとイジメを受けてきた。万引き一つせず、虫一匹殺したこともないのに、理不尽にも、犯罪者扱いを受けてきた。おかげで、何度も転校と転職を繰り返す羽目になった。


 わが一族の男には奇妙な共通点がある。健康には恵まれているのだが、なぜか88歳で亡くなるのだ。父と祖父は刑務所の中で天寿を全うした。死因は二人とも心不全だった。


 わしは犯罪とは無縁でやってきたが、おそらく88歳で亡くなるのだろう。本日めでたく誕生日をむかえた。89歳になるまでに心不全を起こすのは間違いないと思われる。


 その前に、どうしても成し遂げねばならないことがある。一言でいうと、それは復讐だ。わしを犯罪者扱いにした連中に復讐を果たさなければ気が済まない。


 候補者は3人まで絞ってある。小学生の時、わしを最もイジメていたSくん。中学生の時、わしを目の敵にしていた部活のG先輩。営業マン時代、わしをいたぶり続けたM課長。


 M課長は歩道橋の上から車道に突き落としたし、G先輩は頭上から植木鉢を落として命中させた。計画は思いのほか、順調に進んでいる。残るはSくん一人である。


 Sくんは認知症を患って、老人ホームに入っていた。実行日は、Sくんの誕生日に決めた。わしと同じく、Sくんも88歳になり、ホームで米寿べいじゅのお祝いを受けることになっている。おそらく、黄色のちゃんちゃんこを着るのだろう。


 わしも黄色のちゃんちゃんこを羽織ることにした。黄色い悪魔というわけだ。もっとも、認知症を患っているSくんに、わしの正体がわかるかどうかは微妙なところである。


 わからないなら、わからないで構わない。わしは成すべきことを成すだけだ。


 ただ、黄色のちゃんちゃんこを着たSくんを目の前にしたとき、わしは戸惑いを覚えた。これは本当にSくんなのか? 小学生のわしをイジメた、あのSくんなのか? 同様に、M課長は本物のM課長であり、G先輩は本物のG先輩だったのか?


 にわかに、わが認識力に自信がもてなくなった。寝起きのように、頭の中はぼんやりとしている。何てことはない。わし自身もSくんと同じように認知症が進んでいたのだろう。


 だが、こう思い直した。どうせ、一年以内に亡くなる身の上だ。失うものは何もない。


 心が決まると、迷いは一掃された。Sくんの背後に忍び寄りながら、わしは懐の中で凶器を握り直した。




                   了

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