第5話 終幕。そして新たな幕が開く



 退屈な冬休みが明けた。

 始業式後はお待ちかねの席替えタイム。生徒たちは期待と不安でざわついている。


 くじ引き結果に従い、教室は上を下への大騒ぎ。悲喜交々のお引越し。

 茨本さんは嬉しそうにニンマリしている。その隣の席には、うんざり顔の虎枝いたどりくん。


「よろしくね、ドリー」

「……お手柔らかに頼みます」


 冬休みの間に、虎枝くんのあだ名が『ドリー』に定着してしまった。『ドリー王子』なんて呼ぶ子までいる。

 あの日、下駄箱のところで茨本さんが叫んだせいだ。虎枝くんのリュックを掴んだまま、「次元の違う、王子さまみたいな人だよ!」なんて。

 別に虎枝くんのことを「王子さまみたい」と言ったわけじゃないんだけど、そこは噂話。面白おかしく、「オタク界の王子プリンス」みたいに言われている。


「茨本さんの趣味を否定はしないけど、僕は苦手なので。朝からグロい話は無しで、お願いします」

「善処します」

「あと、『ドリー』もやめて」

「じゃあ、文吉だから…モンキチ?」

「……ドリーの方がマシか」

「じゃあ、ドリー。初夢、何だった? 私はね、右の眼球と左の眼球を入れ替えたら世界が裏返しに見えた、って夢だった」

「茨本さん、さっき善処するって言ったよね?」



 去年の一件で二人の仲がぎこちなくなるかな、とも思ったんだけど、大丈夫みたい。しかも、席隣になっちゃってるし。

 加川くんは遠くからチラチラと羨ましそうに二人を見ている。稲生さんはその加川くんを見てるけど、表情に憂いは無い。

 茨本さんの『異次元間恋愛宣言』に安心したのかな。


 さらに変人の印象を強めてしまった茨本さんだけど、やっぱり本人は全く気にしていないみたい。相変わらず自由な人だ。


 ……けど。

 何だろう。さっきから何度か目が合っている気がするんだよね………





 久々に会った級友との放課後のおしゃべりを楽しんでいた生徒たちも、帰りはじめた。

 茨本さんもカバンを持って立ち上がり、教室を出ていく……かと思ったら。

 いきなりあたしを見据えて、クイと頭を振った。


〈 ちょっと、来て 〉


 あたしの頭の中に、直接茨本さんの声が響く。え、嘘。なにコレ……



 言われるまま彼女の後をついてくと、薄暗い階段の踊り場で止まった。ここは寒くて、冬場は人が寄りつかない。


「ねえ、あなた。いつまでそうしてるつもり?」



「……いつから視えてたの?」


 茨本さんは、両手のひらをあたしの顔の前に突き出した。


「これ。この親指の第一関節のとこ、仏眼っていうの。この手相は霊感ある人が多いんだって。私、両手ともそうなのよ」


 ……知ってる。あたしが彼女に注目した最初の時、彼女が虎枝くんにそう話していた。


「先月たまたまテレビで見たの。それを知って以来、意識して周囲を見るようになって。そしたら、だんだん……気配っていうのかな。幽霊とか、この世のものではないものの存在に気づけるようになってきた」


 ……そうか。何度か目が合ってたのは、気のせいなんかじゃなかったんだ。


「で、あなた。ずっと私のこと見てたでしょ。視線が強かったから、わかりやすかった」


「……ごめんなさい。茨本さん、なんか面白くて。気になって見ちゃってた」

「それは構わないよ。別に謝ることなんてない」


 構わないって言われても、何だか申し訳ないな。ラブコメ展開最高〜♪って、至近距離でガン見してたし。


「ねえ、名前なんていうの? あ、私は茨本紀代桂」

「あたしは、推野萌しいの もえ。死んだのは3年前。登校中に車に撥ねられて」

「そっか。萌ちゃん、残念だったね」



 久しぶりに名前を呼ばれた。胸がじわっと、あったかくなる。嬉しい……


「あたし魂だけで登校しちゃって。自分が死んだことを知ったのは教室の中でだった。それ以来、学校から出られないの」




 茨本さんは、あたしの長い話を黙って聞いてくれた。そして。


「で、どうする? なんか萌ちゃん、吹っ切れたみたいな清々しい表情になってるし、上がりたいなら浄霊とかできる人紹介するよ」

「茨本さん、一体何者よ。面白すぎるんだけど」

「あは、身内にチョット特殊なのがいてね」


 少し笑い合って、あたしは大きく息をついた。


「大丈夫。もう自分の力で上がれそう。でもその前に、両親に会って行きたいな」

「うん。それがいいね。きっとご両親も喜ぶよ」


 話している間にも、体が軽くなっていく。まとわりつく重たい上着を一枚ずつ脱ぎ捨てるみたいに。

 

「あたしね、ずっとこのままでいいかなと思ってたの。でも、あなたを見ていてもう一度生きたくなった。こんな風に、強く自由に生きたいなって」

「別に強いつもりはないんだけど……まぁいいや。ありがとう」

「お礼を言うのはあたしの方だよ。ありがとうね」

「うん。次に会うときは友達になろう」


 思わず笑みが溢れる。すごく嬉しい言葉。


「そうだね。頑張って生まれ変わるよ」

「うん」

「ドリーと仲良くね。グロ話は無しで」

「あはは。気をつけます」


 足が床を離れ、体がふわりと浮いて昇りはじめた。意識が家の方向へ引っ張られる。


「異次元の王子さまによろしく」

「あ、それ言っちゃう?」

「うふふ」


 精一杯の感謝を込めて、大きく手を振る。


 ありがとう。良い青春劇場ラブコメを見せてもらいました。




  ⚝ ⚝ ⚝



 学校はあっという間に見えなくなった。


 さあ、懐かしい我が家へ向かおう。



─── パパ、ママ。あたし、次の人生で素敵な恋をするよ。






おわり

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ラブコメをもう一度(カクヨムweb小説短編賞2022参加作品) 霧野 @kirino

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