お気に入りの空
風と空
第1話 空へ
十九世紀
フランスで空の移動という快挙を挙げたモンゴルフィエ兄弟。それ以降、空の移動を夢見て多くの人々が飛行船開発へと携わって来た。
一八七七年 日本 陸軍士官学校
バタバタバタバタ……
バタン!
「
同じ陸軍士官学校に通う学生
「既に皆会場で集まってますよ!我らも急ぎましょう!」
上野について共に制作をしてきた原田もまたこの日を待ち侘びていた一人。
「原田候補生。海軍兵学校
上野は準備は既に出来ていたが、時間まで珈琲を嗜んでいた。上野はフランスへ留学していた事もあり、異文化においてはいち早く取り入れていた。
コーヒーカップを置き、厚めの上着を羽織る上野に原田候補生はビシッとした姿勢で答える。
「皆同じ気持ちであります。この激動の時代に貢献出来ることに、自分も誇らしく恥ずかしながらワクワクしている所存です」
「…… そうか、そうだな」
すれ違い様原田候補生の肩にポンッと手を置き、会場まで移動する。
会場はここから徒歩五分程の広場。
午前六時早朝にも関わらず既にバルーンに送風機で風を入れる作業を開始していた。
上野と原田候補生は、周りでその様子を指導している工部大学校仁井教授と倉田学生を見る。
そこに海軍兵学校 志田少助教と本田候補生が、上野達に気付き歩いてくる。規律正しい挨拶を交わし、朗らかに話出す四人。やはり会話は本日搭乗予定の
その当人島津は工学大学校 教授であり、制作に関わった一人。現在仁井教授と倉田学生と三人で談笑中。
「島津教授の話によると、天候も風も安定傾向。このまま実行可能の予定だそうだ」
上野の横に立つ志田少助教が報告する。上野は真っ直ぐになってきたバルーンを見ながら返事をする。
企画立案責任者として、設計にも携わってきた者として何度見ても感慨深いこの光景に見入っている様だ。
そんな上野を見て微笑む志田少助教と本田候補生。
そして遂にバルーンは真っ直ぐになり、島津の搭乗時間となるが、ここで問題が発生。担当の学生の一人が上野達の元へ駆け寄ってくる。
「上野少助教!島津教授が呼んでおります!こちらへお越しください!」
何事かと四人が学生と共に駆けつけると、気球を抑えつける担当学生、候補生の姿が。どうやら重石が一部外れたらしい。
「上野少助教!搭乗を願う!」
既に乗っている島津に急かされ、勢いで乗り込む上野。担当の学生、候補生達と補修に動く志田少助教、本田候補生。
上野は知らなかったが、これは立役者の上野を一番に乗せる為の島津、仁井教授等工学大学校の作戦であった。上野は影で動いていた為、現場の担当が名誉ある一番を乗るべきであると言っていたのである。
が、上野の空への情熱は既に皆が周知している事であり、名誉あるこの機会に上野が乗る事は、この場にいる全員の暗黙の了解となっていた。
そして修復が済み降りようとする上野の肩に手を置き、「上昇用意!」と叫ぶ島津教授。乗り込んでいた仁井教授がガスの噴射を最大にし、バルーンは大地からゆっくり上昇していく。
上野はしてやられた事に気づき、振り返るといい笑顔の島津、仁井教授。これにはさすがに苦笑をする上野。こうなったら空の旅を楽しむしかない。
上野は下を見る。
徐々に小さくなって行く仲間達。
辺りの住宅や陸軍士官学校、海軍兵学校、遠くにある工学大学校も見えてくる中、初めて見る空からの景色に見入いる上野。
島津や仁井教授は油断なく状況を分析している。上野はただただ景色を見れる事に感謝する。
上から見る景色は?
どこまで上空へ行けるのだろう?
上野は少年の様に心を弾ませる。
鳥がバルーンの下を飛んでいるのを見た時、気がつけばかなりの高さになっている事がわかった。
バルーンは上がる。
空は朝焼けから今日の天気を裏付ける様な青さに変化する時間。上野は、空を見上げる。
空に吸い込まれていく様だ。
大地は遠く、空と地平線の間は青白く彩られ自分がとてもちっぽけに見えてくる。
この景色を見るならば争う事がなんて虚しいことか。
上野は多くの人にこの機会を捉えて貰いたいそう願った。
この年の一月日本では西南戦争が勃発しており、多くの犠牲者も出ていた。
国を思い国の為にと志が同じであるものの、立場によっては空を見ることすら出来ない者達もいる。
上野は興奮と共に憂いも感じながら、仲間と共にこの日の係留バルーンの初飛行を無事終える。
1877年、五月。日本で初めて係留バルーン浮揚。日本人の搭乗はこれが最初で、200m上昇が記録された。
上野の生涯でのお気に入りの空になった事は言うまでもない。
お気に入りの空 風と空 @ron115
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