ハルカとハルコ

@takakisa

第1話

 ある村に、ハルカとハルコという瓜二つな少女達が居た。二人は親族ではなかったが、容貌、体型、声や仕草に至るまで酷似しており、互いの両親でさえ、外見だけで二人を判別することは容易ではなかった。そんなわけで、村の人から間違って名前を呼ばれることもしばしばであったが、当の本人たちはそれを嫌がることはなかった。むしろ、誇らしいとさえ思っていた。幼い頃から共に時間を過ごした二人は、とてもよく気が合った。互いが互いにとって無二の親友だったのである。二人はいつも支えあいながら成長した。悩み事はなんでも、家庭のことも、友人とのことも、恋のことも、相談して慰めあっていた。「喜びも悲しみも二人で一つ」が二人の口癖であった。

 

 ある時二人はいたずら心に、入れ替わって生活を送ってみたいと考えた。服を交換し、ハルカはハルコの家へ、ハルコはハルカの家へ帰る計画であった。しかし、この計画には一つ大きな問題があった。よく似た二人であったが、決定的に違うところがあったのだ。それは「利き手」である。ハルコは右利き、ハルカは左利きであったため、文字を書いている時や食事の時にバレてしまう恐れがあった。ハルカはこの問題について、

「食事の時さえ気をつければ、利き手の違いに気がつくことなんてそう無いわ。入れ替わっている間は、自分のお部屋で一人で食事をとることにしましょう。」

と言った。しかし、ハルコはその提案に難色を示した。

「お父様がお許しになるかしら…」

ハルコの父は会社を経営しており、彼女の家庭は裕福であった。それと同時に、厳しい教育方針のもとで子育てを行っていた。そのため、ハルコは「夕食は家族で揃って食べるものだ」と父に制されてしまうのでは無いかと考えた。それでもハルカは、

「バレないようにきっと上手くやるわ。万が一気づかれてしまったら、その時は素直に謝りましょう。一度試しに入れ替わってみましょうよ。」

と持ちかけた。ハルコは不安な思いを残しつつではあったが、好奇心からそれに賛成した。

 

 ハルカは、ハルコの大きな家の中を隅々まで見て驚嘆した。高い天井、大理石の床、足が沈み込むカーペット…。子供部屋だけでハルカ宅のリビングほどの大きさがあり、柔らかなベッドに腰を落としながら、ハルコの家庭の裕福さをひしひしと感じていた。しかし、ハルカの中に、醜い嫉妬心は生まれてこなかった。それどころか、友人の上品さの根源に触れたような気がして気分が高揚してさえいた。

 夕食の時間は、やはり部屋で過ごすことは許されなかった。不自然に箸が進まないのも、右手でぎこちない箸捌きを披露するのも悪目立ちすると開き直ったハルカは、思い切って左手で食事をとった。はじめこそ気づかれないかと心配していたが、数日を過ごしても全く指摘される気配がなかった。それもそのはず、食事中、家族の誰とも目が合わないのだ。会話の一つもなく、なんのために強制してまで一緒に食事をとっているのかわからなかった。一度話しかけてみようとしたが、

「食事中に話すんじゃない。行儀の悪い」

と嗜められてしまった。

 五日ほど過ぎた頃、ハルコの方から元に戻ろうと声をかけた。ハルカも賛成し、二人は元の日常へ返ることとなった。ハルカはハルコ宅の優雅なことを鼻息を荒げて称賛したが、ハルコは明らかに浮かない表情だった。

「新鮮な体験ができたわ。でもやっぱり…普段の生活が一番ね」

ハルカの家庭は特別貧乏というわけではなかったが、ハルコ宅に比べればかなり質素な生活を送っていると言える。ハルカは自分の家族を侮られたようで、刹那気分にモヤがかかったが、高貴な生活を送るお嬢様にとってはその反応は当然やも知れぬと思い直し、ハルコを責めるには至らなかった。


 時は経ち、二人は成人を迎え(ここでは20歳)、さらに2年の月日が流れたころであった。ハルコからハルカに一本の電話があった。受話器の向こうでせせり泣くハルコの声を聞いたハルカは、会って話を聞くことにした。ハルコ曰く、

「今自分には、大切な恋人がいる。しかし、父の会社の取引先の息子とお見合いを組まれ、もう結婚を前提に話を進められている。断ることはできそうになく、今の彼と一緒になれないなら、もう死んでしまおうかとまで考えている」ということであった。ハルカは慌ててハルコをなだめたが、彼女の意志はもう固まっているようであった。

「…わかった。入れ替わって、私がお見合い相手の方と結婚するわ。あなたはこれからハルカとして、恋人と幸せになりなさい」

大切な友人を失いたくなかったハルカは、自分が身代わりとなることを申し出た。現時点で顔も人となりも知らぬ人物との結婚を決意するのは不自然にも見えるが、ハルカはハルカでのっぴきならない事情があった。就職活動にことごとく失敗し、新卒採用を受けることができなかったハルカは、人生に焦りを感じていたのだ。そこへ企業の御曹司との結婚の好機が回ってくるとは、天からの恵みでは無いかとすら感じていた。泣いて感謝の言葉を繰り返すハルコを落ち着かせ、入れ替わりの準備を始めた。


 「ハルキ、ご飯できたわよ!」

それから12年の時が経ち、ハルカは子宝にも恵まれ、優しくて稼ぎの良い夫と三人で幸せに暮らしていた。ハルコの方はと言えば…、ハルカを身代わりにしてまで結ばれた恋人と、心中してしまった。ハルコの恋人が立ち上げた会社は創立以来難航を極め、数ヶ月で倒産してしまった。お嬢様だったハルコは、借金を背負った状態で貧しい暮らしを送ることに耐えられなかったのだろう。そう考えると、ハルカは自分の申し出が彼女の死を招いたのでは無いかと、罪悪感に苛まれることもある。しかし、彼女は自分の望みを貫いていきたのだ。今の自分にできることは、ハルコの分まで幸せに生きることだ。悲しみも喜びも、二人で一つなのだから。


 「ただいま」

「あらあなたお帰りなさい」

「今日は大変だったよ。父さんが業務の引き継ぎを…ってあれ、左手の人差し指、どうかしたの?」

「ああ、野菜を切っているときに包丁で傷つけちゃったの。猫の手にするのをうっかり忘れてたわ」

そう言って、傷ついた指をそっと隠した。

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