第24話 どうやら結婚式日和です(最終話)
ユージェニーは、大聖堂のステンドグラスから差し込む光の中で、静かにたたずんでいた。王族の女児に伝統のオールドローズの髪をきらめかせ、清廉な美しさを醸し出していている。
ゆらりと、透明なゆらぎが生まれた。
それを認め、ユージェニーは最敬礼する。
「宣言式では、とても助かりました。アルビアン竜王陛下」
「――やはり、貴様か」
アルビアン竜王は人型の姿で現れ、ユージェニーを見た。
神君竜王の懸念の下、メイベルのため、宣言式にひっそり控えていた守護竜は、ユージェニーが貴族を従わせられるように加護を与えていた。
ユージェニーは、そのお礼を述べたのである。
「貴様が生まれ変わるなら、
アルビアンが言う。
おそらく、ユージェニーの前世は自然と転生した。だから神君竜王も、かつての忠臣のため、その魂を無自覚に生まれ変わらせたのだ。
ユージェニーは目を細める。
「……”かつてのわたくし”なら、神君竜王の御慈悲の賜物、と言っていたことでしょう。しかし、わたくしはアヴァルランドの王女ユージェニー。さいきん思い出した程度の、おぼろげな記憶をたよりに、なにを言うことがありましょう」
アルビアンは鼻を鳴らした。
「貴様のしたたかさは前世譲りだが、たしかに、我が麾下にあるようだ」
宣言式は見守っていたものの、自然と与えられる以上の加護を、わざわざ意識してまで与える必要を感じなかった。それほどに、ユージェニーはアルビアン<聖なる獣>として生きていた。
「ふふ。過去のわたくしは、それほどに憎たらしゅうございましたか?」
守護竜は頭を振った。
「いや。貴様は大局を間違えるような存在ではなかったからな。それほどではなかったよ」
「それは……恐れ入ります……」
今となっては、厳密には自分のことではないが、ユージェニーは目礼する。
話が一区切りつくと、アルビアンは本題に入った。
「で? 前当主は処刑。新しい当主を傀儡に、ヨルノスレルムとアヴァルランドの間にはヌーンヒルを立てるつもりか」
「コルート家の長子には、たしょう哀れに思うところもありましたので、我が従兄ジェームズとの婚姻を推したのですが、彼女は蟄居を望みました」
「意外に優しいことだな」
「今回の件で、再契約した侍女を除けば、メイベルの記憶に残る、唯一の加害者というのもありますから」
「ということは、父親は記憶に残らないのか」
「それは、存じ上げません。しかし、前当主には多くの前科がありますれば、たとえメイベルの父親であろうとも、我が国が決めることです」
「なるほど」
竜王はうなずく。ユージェニーは説明を続けた。
「前当主は、今まではソフィー女王が彼の忠義に応えていましたが、わたくしが報いることはありません。そうなれば、狂信甚だしい、不要な人材です。ダイヤモンドスターの代わりとすることで、国民の溜飲を下げます」
「ほう? であれば、あれらはどうするんだ?」
本来、処刑されるはずだった者たちを、国民感情に配慮して殺さない代わりに、そそのかした罪で貴族を消すというのなら、肝心の処刑を免れた者たちは。
「ダイヤモンドスターですか?」
ユージェニーの確認に、アルビアンはうなずく。
神竜にとって、勝手に奉ってくる存在とはいえ、守護竜として加護を与えている身。久方ぶりに目を覚ましたからには、多少なりともこの国の行く末を見守る義務がある。
人間がオズワルドを伴い魔王討伐にやってきた時は、滅ぼす気満々だったのだが、ヨルノスの神として目覚めたメイベルに頭を下げられては。
そのためユージェニーの裁量こそは、アルビアンの本題だった。
「彼らに関しますと、曲りなりにもA級パーティーにございます。我が国の威信にも関わりますから、今回の件で国家主導の下、審査を厳格にします。そして指名手配犯の引き渡しと同時に、ダイヤモンドスターもヨルノスへ下げ渡す。という態で、処分をする予定です。メイベルにはもう、彼らをまともに認識することは難しいでしょうし、ヨルノスに不浄の血を流させるわけにも参りません」
「なら、それは僕が引き受けよう」
「ありがとうございます。竜王陛下に手伝っていただけるなら、ダイヤモンドスターの行方を気にする者も消えましょう」
「この地は僕の支配下にあるからな。ヨルノスの神からは信任されている。貴様と、神君竜王がこの地にいるかぎりには、滅多なことはないだろう。直前に抜けた様子の、もう一人は?」
「身ごもっているようなので、さすがに」
「…………。そうか」
アルビアンは、さきほど視えた未来の景色に、一瞬だけ口をつぐんだ。
身ごもっていなければ、とっくに死んでいた身だ。
殺されかけた当人が、もはや思い出すことのない存在など、アルビアンにはそれ以上、有象無象のため気にかける理由がなかった。
「ところで、アルビアン陛下?」
話が一通り終わり、ユージェニーは彼女にとっての本題に入った。
アルビアン竜王はなんだか嫌な予感がして、眉間に皺を寄せる。
「……なんだ」
「わたくし、叶うことなら、弟とメイベルの結婚式に参列しとうございましたの。しかしながら、わたくしが今、この国を離れるわけには参りませんでしょう? アルビアン竜王陛下はあちらで住まわれるのですから、とうぜん、ご出席なされるのですよね? よろしければ、わたくしの名代も、かねていただけませんこと?」
言葉の端々から、出たい、という圧があった。
冷徹に国を運営する若い王女の、絶対に叶えたいのに叶えられない望み。
アルビアンは、ひっそり苦笑をこぼした。
「……貴様の願いだ。了承しよう」
「ありがとうございます。アルビアン陛下」
ユージェニーは、心から嬉しそうに笑った。
メイベルが望んだためか、その日は、結婚式日和のうららかな日だった。
あの後、「その案件は一度持ち帰ってから検討させてください」と言い逃げしたメイベルは、逃げられているから追いかけたくなっているのかも、というバーナードから助言を受け、オズワルドにわがままなどを言って困らせようとしてみた。
しかしオズワルドは、いっこうにメイベルに呆れる様子がなく、二人の思惑をはらんだ綱引きは、ついには結婚式当日まで持ち越されることとなった。
ここまで来ては、さしものメイベルも観念するほかなく、しかし悪あがきに真っ青な空を、ぼんやりと見上げた。
「メイベル」
オズワルドがやってきて、メイベルの横に並んだ。
もうすぐ結婚式の時間だったが、王族の結婚式でありながら身内だけのこじんまりとした式であるのをいいことに、二人はまだ、新郎新婦の衣装に身を包んでいなかった。
「……オズ?」
言い淀む気配に、メイベルは怪訝になって隣を見た。
「――最後に、聞くんだが」
それに水を差し向けられたように、オズワルドは口を開いた。
「君は俺との結婚を、本当に受け入れているか? 俺は君との結婚を受け入れているし、望んでもいるけど、君がこの結婚を望んでいるとは思わない。今がラストチャンスだ。――この結婚を、了承しているのか。君の、本当の望みを言ってくれ」
「オズ……」
メイベルはこちらを決してみようとしない相手の姿に、オズワルドの後ろめたさを感じ取った。
「俺が君と結婚する理由は二つ。一つ目は、君が好きだから。二つ目は、それが俺たちの仕事だからだ。言っておくが、姉上は俺が嫌がるなら、この結婚をなかったことにしてる。君が嫌がっても、それは同じだ。……だから」
「望んでる」
まくし立てる言葉の数々をさえぎって、メイベルは言った。オズワルドの驚いた顔が、こちらを向く。
「私もちゃんと、望んでる。言ったじゃない、あなたは両方を選び取ろうと努力する人で、それを信じるって……。いえ、正直なところ、バーナードの助言を受けてこの数日を過ごしてきたけど、私のわがままに、なんか、こう、倍返しのような……、ぜんぜん、引かないから……、本当にもう、私たちは、新しい未来を選んで、進んでいるんだって、実感させられてたから……」
気がつけば、オズワルド以上に口を衝いていた。
「つまりね、あのね? 私の方が、ずっとオズワルドを好きだったのだから、いまさら、凹まないで?」
「んっ」
オズワルドは噴き出した。
「んん、OK。君の言い分は、もっともだ。俺たちは、今日から夫婦だ。そのことにお互い、負い目なんて一切ない。そうだな?」
メイベルはうなずく。
「ええ。私も、もう、心に決めました。…………これは、夢じゃないって」
始まりは、許婚。
貴族の結婚は、それが一つの仕事。だからその婚姻が持つ意味を、誰もが邪推する。
そのような中で、二人の少年少女は、お互い義務感で手を取り合い。いつしか倦んでいた。
でも、今は。
胸の内にひそかに抱いていた本音をさらけ出していいと、知っているから。
二人は
女王と王配の、新たな門出を祝い、二柱の神竜が、聞こえざる咆哮を上げる。
メイベルは、カメリア色の長い髪を、祝福の風でなびかせながら、伴侶となったオズワルドを見つめ、その手を取った。
――お互いの、あふれる愛で、溺れるように。
*
さく、さく、と草の踏む音がする。
黒髪の彼はそこに足を止めると、ゆっくりと膝をつき、宙を見上げた。
そうして目を細める。
「待っていてくれて、ありがとう。迎えに来た」
*
追放置き去り婚約破棄されたので拾われ溺愛狙います 葛鷲つるぎ @aves_kudzu
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