最終話 水瀬しずくは「フラペチーノはホットが美味しい」と自慢げに言った。


 さっきは一人で歩いてきた道を、今は水瀬と二人で歩いている。

 帽子を被ってスキニーに履き替えた水瀬は、いつもより大人っぽく見えて……端的に言って、綺麗だった。


「ずっと、水瀬のこと神様だと思ってたんだ」

「……え?」

「あ、いや、違、信仰してたとか、そういう意味じゃなくて。自分とは住んでる世界が違う人だと思ってたんだ。誰とでも臆せず話すし、周りの意見をまとめるのが上手だし、優しかったから」

「……急に褒めるじゃん。照れるよ」


 水瀬のその言葉に、曖昧に笑う。


「だから、昨日、水瀬の新しい一面を見て――もちろん驚きもしたんだけど――それ以上に嬉しかったんだ。あ、水瀬も人間だったんだって」


 僕が相手に一歩踏み込むのが怖かったように、

 赤山が追いかけなかったことを後悔していたように、

 人はみんな不完全なのだと思う。

 だから、水瀬もまた人間であると知れたのが、嬉しかったのだ。サイテーな話だけど。


 でも、不完全なものは、完全な自分になろうとするし、それはすごく美しいことだと思う。

 実際、僕は水瀬が学校ですごく頑張っているのをかっこいいと思う。

 だから、僕も、踏み出す。


「今まで憧れだと思ってた水瀬への本当の気持ちに気づいたんだ。――好きです。付き合ってください」


 心臓はかつてないくらいにバクバク鳴っている。

 自棄にすらなっていたと思う。

 でも、今日で関係が切れてしまうかもしれないと思ったら、身の丈をぶつけておきたくなってしまったのだ。


「……私、今複雑な気分だよ。すごい恥ずかしい思いをしたのに、肯定されるなんて」

「……ごめん」

「ううん。それはいいの。でも、えっと……え、ほんとに? ほんとに私でいいの?」

「水瀬が良い。――今日、水瀬のいない部活がすごい退屈だった。僕には水瀬が必要なんだ」


「君が思ってるような人間じゃないよ。釣り合わない」


「そんなこと言ったら僕だってそうなるよ」


「私、ほんとは結構臆病だよ」


「僕はマックに誘う事すらできなかったぞ」


「マックではトレーをゴミ箱に捨てるし」


「スタバに連れてこうとしている」


「中学ではぼっちだったよ」


「現在進行形で友達めっちゃ少ない」


「見栄張っちゃうよ」


「そもそも自分自身のこと話さなかったぞ」


「たぶんこれからも変なこといっぱいしちゃうと思うよ」


「それくらいの方が楽しいよ」


「迷惑なくらい干渉しちゃうかもよ」


「むしろ嬉しいよ。マックのことも、次の約束をしてくれたことも嬉しかった」


「YouTubeで人との話し方の動画ばっかり見てるよ」

「あ、ここに来る途中でこの前オススメしてくれたアニメの特番放送見たよ。幼馴染のやつ。面白そうだった」


「……それは加点要素でしかないよ」

「僕は水瀬が言ったの全部加点要素だと思ってるけど」


 自分を変えようと、すごく努力したのだろう。

 かっこいいと思う。


「……ばか。私もそう思ってるよ。最後のが特別嬉しかっただけ」

「――じゃあ」

「うん。ありがとう。私も好きです。不束者ですが、よろしく」


 少し目を伏せて、恥ずかし気にそう言う水瀬。

 嬉しさよりも安堵が先に来て、ため息が漏れた。


「良かった……」

「それを言うなら私だってそうだよ。だって……嫌われたと思ってたから」

「そんなの別に、気にしないのに」

「だからだよ。今日はほんとに嬉しかったんだ。今まで人に見せたら嫌われるって思ってたのを肯定してもらって……ずっと好きだった人と付き合えて。今まで生きてきて、一番幸せな日」


 いつも通りのにっこり笑顔、つられて僕も頬が緩んでしまう。


「緊張したら喉乾いちゃった……じゃ、これから初デートだね!」



 ◆◇



「チケットくれるなんて、赤山さんには感謝だね」

「そうだな。……次回こそは、俺が奢るから」

「あはは。気が早いよ。これからはいつでも一緒に行けるでしょ」


 店内に入って、注文して、席について、二人で話す。

 水瀬が注文したのはキャラメルフラペチーノ。サイズの指定で噛んでいたのが可愛かった。

 僕は例のごとく抹茶フラペチーノで、二人そろって写真も撮った。

 もちろん両方ホットじゃなくてアイスだ。


「そうそう。今日誕生日だったよね? プレゼントがあるんだ」

「え、あ、マジ!?」


 誕生日を楽しむ隙もない一日だったから、完全に忘れていた。

 そして誕生日を知ってくれていたっていうのが驚きだ。


「大したものじゃないんだけどね。はい、これ」


 渡されたのは綺麗に包装された箱だった。


「開けても良いよ」


 黙って頷いて、写真を撮ると、水瀬に笑われた。


「彼女からのプレゼントだぞ!?」

「おかしくて笑ってるんじゃないよ。嬉しかっただけ……ふふ」


 目線だけ抗議しながら、ラッピングを剥がす。

 中から出てきたのは黒地のおしゃれなハンカチだった。


「ちょうど買わなきゃなって思ってた所なんだ……。嬉しい。ありがとう!」

「喜んでもらえて良かった。何が良いのか分かんなかったから、普段使えそうなものをって思って」

「大切に使う。本当にありがとう」

「ラッピングも写真に撮ってたのは面白かったけど」

「そ、それはもういいだろ」


 水瀬は笑いながらフラペチーノに口を付けた。


「おいしい」


 写真でイジられた分をやり返したくなって、不敵に笑い返す。


「ホットじゃダメだろ」

「そうかも。……あ、ううん。そうかな? 試してみないとわかんないよ」

「え? 試すって、どうやって」


 水瀬は、悪いことを考えついた子供みたいに、にやりと笑った。


「ね、さっき、私が変なことしても許してくれるって、言ったよね?」

「…………おう、言ったけど」

「一応……嫌なら嫌って言ってね」


 頷いて、彼女は左手に持ったキャラメルフラペチーノを口に含むと、


 恥ずかしそうに頬を染めて――顔を寄せてくる。


 至近距離で見る彼女の顔はやっぱり整っていて、見惚れてしまう。

 まつ毛長いんだなとか、肌綺麗だなとか、色々思って――

 ――すぐ、我に帰る。水瀬は、何をしようとしてるんだ。


 直後、唇と唇が触れ合った。

 柔らかくて、何故か気持ちいい不思議な感覚。

 続けて、甘ったるくて、ちょっと温かいキャラメルの味。

 目の前の光景に現実味がなさすぎて、キャラメルフラペチーノって美味しいんだなって、ひどく普遍的な感想しか出てこない。

 

 彼女はゆっくり顔を遠ざけると、小悪魔っぽく微笑む。


「おいしかった?」

「!? ……!??」


 何が起きたのか、脳で処理しきれていなかった。

 口の中に残る甘い飲み物を咀嚼して、飲み込む。

 ただ幸せだけを感じていて――

 一言で言ってしまえば、パニックになっていた。


「ねえ、おいしかった?」

「…………おう、そりゃ……もちろん美味しかった」


 呆然とそう答える僕に、水瀬しずくは――


「だから言ったでしょ、フラペチーノはホットが美味しいって」


 ――自慢げにそう言った。

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水瀬しずくは「フラペチーノはホットが美味しい」と自慢げに言った。 まっしろ委員会(黒) @Blackurasa

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