第十話 水瀬しずくは「ほんとに来るの?」とLINE越しに伝えた。

 駅に着いてから、水瀬の住所を知らないことに気が付いた。

 ダサい話だった。


 慌てて赤山にLINEを送ろうとして……思い直して水瀬に送る。


『住所教えて欲しい』


 書きながらかっこ悪いなぁと苦笑が漏れてしまう。

 学校とかで調べてから出てくればよかった。


 幸い、すぐに既読がつく。


『ほんとに来るの?』

『もう駅まで来てる』


 駅の外、ランドマークにもなっている大きな橋の写真を撮って水瀬に送る。

 写真に撮ってはじめて、遠くまで来ているんだという自覚が湧いてきた。


 あんなに自分から足を踏み出すのが怖いなんて言っていたのに、意外と人間は変われるものなのだな、と思う。

 昨日までの自分じゃ想像もつかなかった。


『位置が送信されました』


 そうこうしているうちに、水瀬から場所が送られてきた。

 駅から少し歩いた住宅街の中にあるらしい。


 この短い返信が、行っていいんだって言ってくれているみたいで良かった。


『ありがと』


 返事を送って、駅から歩き出す。




「……思ってたより遠かったな」


 音声案内に従う事十五分。

 水瀬、その表札が見えて、足を止める。

 

 ――ここだ。

 

 一回深呼吸してから、頬を伝う汗を腕で拭う。

 ジリジリとこちらを照らす西日のせいか、体が熱い。

 

 頬を叩く。気合を入れる。


「――よし」

 

 シミュレーションは、何度もした。

 もう一度深呼吸して、心を落ち着けて、インターホンを押す。


 ぴんぽーん、間延びした音が響いた。

 続けて、ガチャリと扉の音がする。


 インターホンのカメラに近づけていた顔を遠ざけ、玄関を見ると。

 灰色のTシャツに半ズボンというラフな格好をした水瀬が居た。


「よう」

「うん……暑かったでしょ、上がってく?」

「いや、大丈夫だ。そっちは元気そうで良かった」

「……そうだね。今は元気かも」


 胸をなでおろす。


「良かった。じゃあ」

「……?」


「今から、フラペチーノ飲みに行こう。スタバ、近くにあるよな」


 水瀬はしばらく呆然として、やっと事態を呑み込んだように慌て出した。

 LINEで言っておくべきことだったかもしれないが、もう終わってしまったことだ。気にしない。


「え……、ま、待って。それなら最低限の身なりを整えなきゃだよね。ちょっと待って、五分くらい!」


 と水瀬は慌てて家の中へ戻っていのを見送って、スマホを取り出した。


 赤山からLINEで届いた『プレゼント』を改めて見る。

 自分で渡せばいいのにと思っていたが、送られてきてから納得した。


 スタバのドリンク引き換えチケットの二枚セット。

 使用期限は今日まで。

 苦笑が漏れる。


 水瀬と二人で行け、ということらしい。

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