第九話 赤山ららは「このままなら後悔するすよ」と見下ろしながら言った。

 電車に乗っている。

 帰宅部が帰るには少し遅く、運動部が帰るには少し早い時間だから、周りにはほとんど人がいない。

 目指すは水瀬の家、自分の家からさらに十駅くらい遠い場所にある街だ。


「水瀬、結構遠い所から通ってたんだな」


 僕は、ここ一年くらいで一番リラックスしながら、見たことない景色を車窓から眺めていた。


 数十分前、部室での会話を思い出す。


◆◇


「あーしと同じだったんすよ。あんたの行動」


 赤山はそう言った。

 

 僕が告白して。

 ――水瀬が変なことして。

 赤山が断って。

 ――僕が戸惑って。

 僕が逃げ出した。

 ――水瀬が逃げ出した。

 

 そう言われて、納得がいった。

 確かに同じだ。


「だから、あんたの気持ちは多少なりとも分かるつもりでいるすよ。いわばセンパイってやつすね。敬って欲しいくらいす」


 へへん、と胸を張っていた。

 身長が低いから見た目だけは可愛らしかったが、目が笑っていなくて怖い。


「で、そんなセンパイがアドバイスするっすけど、このままなら後悔するすよ」


 毅然とした態度で、赤山は僕を見下ろしながら言う。


「あぁ、勘違いして欲しくないんすけど、あーしはあんたを振ったことには後悔してないんすよ。恋愛対象にも入らない人間から告白されて付き合ってあげるような高尚な人間じゃねす」


 知ってたよ、とか、そうだろうな、とか返したと思う。

 この時は僕もまだイラついていた。


「あーしが後悔してたのは追いかけなかったことすよ。当事者にとって大きな問題なら猶更。だんだんそのことを話題に出しづらくなっていくす」

「説教しに来たのか?」

「だから言ったじゃないすか。あーしは今日喧嘩を売るつもりでここに来たんすよ。……逆に今から仲良しこよしのラブラブ幼馴染になろうって言ったところで、ほんとにできるすか?」


 無言で首を横に振る。

 できるわけがないし、する気もなかった。


「ね? できないんすよ。だからせめて…………まっすぐで、優しくて、ひたむきで、かっこいい、私の憧れのみなちゃんには、そうなって欲しくない」


 ……違和感があった。

 赤山が人のことをここまで褒めるのは珍しい。

 まさか。


「なぁ、お前も水瀬のこと――」


 好きなのか?

 そう聞こうとしたのを、遮られる。


「も? あぁ、やっぱり。あんた、みなちゃんのこと好きだったんすね。なら猶更行くべきすよ。取り返しがつくうちに」


 上手く躱されたのだと分かった。

 けど、今追求すべきは別のことな気がして、気づかなかった振りをする。


「でも偉そうに言うお前は取り返しがつかなくなるまで話しかけにこなかったよな」

「あんたが避けてたからすよ。覚えてないかもしれないすけど、一緒に学校行こうって言った時無視されたの、結構ショックだったんすよ」


 ……そんなこともあったのかもしれない。と思う。

 少なくとも記憶にはなかったけど、あの時はどうにか赤山を遠ざけることで精一杯だった気がする。

 振られた相手と一緒にいるのが気まずかったのはもちろんなのだが、マイノリティの告白が広がった、その原因を作り出したものとして、自分なりに責任を感じていたのだ。

 


 結局は口に出せず、黙って赤山に続きを促した。


「ま、あの時は色々あったすからね。あーしも色々考えて距離とってたんすよ」


 赤山は、僕のことを考えての行動だったとは言わなかった。

 僕もまた、赤山のことを考えての行動だとは言えなかった。


「でも、それって窮屈じゃないすか? あーし、あんたとはなんでも言い合える関係でいたかったす。小学校の時みたいに」


「だから、手っ取り早い手段に出ることにしたんすよ。あーしたち、相思相嫌になろうじゃないすか。こうしたら好き勝手言えるすよ?」


 挑戦的に、赤山がニヤリと笑った。


「あーしは、あんたのことは嫌い。臆病で行動力がない。反吐が出るほどゲロ臭いゴミカス野郎。ちんこも小さい」

「うるせえな貧乳女。最後のは小学校の時の話だろ」

「言うようになったじゃないすか。ま、嫌いなとこなんて上げたらキリがないすよ。でも」


 赤山はそこで頬をぺちん、と叩いて、一言。


「あの時、勇気を出して告白してくれたあんたは――かっこよかったすよ」


 少し恥じらいながらも、こちらの目を逃がさないように見つめて、そう言った。

 悪い気は、全くしなかった。


 きっと、僕は赤山のことを嫌いになれない。


「告白してくれたとこ悪いけど、僕は――水瀬が好きだから」


 でも、前みたいに恋愛感情を持てるかといえば、そんなことはきっとない。

 赤山は満足げに頷く。


「あーあ、振られちゃったすねえ」

「は、変な冗談やめろよ。お前が好きなのは水瀬だろ?」

「うるさい。別にいいんすよ。みなちゃんには真っ当に幸せになって欲しいから」

「そうかよ。じゃあ僕にしかできないな」


 赤山はにっこり笑う。


「そう、それでいいんすよ。……あー、満足したっす。じゃ、あーし部活戻るすね」

「おう。じゃあな…………あ、待った。スマホ貸してくれないか?」


 手を振って送ろうとして、思い出した。


「は? 今かっこよく終わろうとしたとこだったじゃないすか。台無し。――そしてスマホ貸すとか普通に嫌すけど」

「つけっぱなしのまま置いといたから電池切れたっぽくて」

「バカなんじゃないすか?」

「うるさいな。水瀬にすぐLINE送りたいんだ。一瞬でいいから」

「…………しゃーなしっすね。その代わり、みなちゃんに渡して欲しい物あるから持ってって欲しいっす」

「おう」


 スマホを貸してもらって、文章を打ち込んだ。

 感謝と共に返すと、代わりにモバイルバッテリーを手渡された。

 『みなちゃんに渡すやつ、電子だから後でLINEで送る』とのことだった。


 LINEを作り直してしまっていたから、IDを書いて赤山に渡す。


 自分で渡せばいいのに、なんでそんな遠回りなことをするのだろう。


 疑問を持ちながらも、部活あるから、と消えていった赤山を見送った。


 ◆◇


 時間は現在に戻る。

 

 正直やることが無かったから、アニメでも見ようと思い立った。


 動画配信アプリを起動して、前に水瀬がオススメしてくれた幼馴染ラブコメ、その特番を探す。

 あった。

 電車が目的地に着くまで、まだニ十分強ある。

 ちょうど最後まで見れるだろう。

 ……。

 …………。

 ………………。


「……結構面白そうじゃん」

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