冬空ロマンチックインテリジェンス

ツネキチ

寒空の下で

 彼のことが好きだ。


 彼と手を繋いでデートしてみたい。放課後の図書室で一緒に勉強をしてみたい。キスしてみたい。


 そんな願望を持つくらい彼が好きだ。


 中学3年間同じクラスだったおかげでそれなりに仲良くはなれたと思うけど、付き合うまでは至っていない。


 何が足りないのだろうか?


 考えた結果、彼へのアピールが足りていないのではないかと思った。


 彼から見て、魅力的な女の子であることのアピール。恋人どうしになれたら幸せになれるというアピール。

 

 では、具体的に私の何をアピールすればいいのだろうか?




「ーーというわけで、私の知性とロマンチックさをアピールするために、冬の星空の勉強会にやってまいりました」

「寒いんですけど」


 今日は親友のトモちゃんと一緒に、地元で有名な星空が綺麗に見える公園にやってきている。


 お互いの家から大体歩いて10分くらいの場所にある公園には、私たち以外の人はいなかった。


「ねえ、寒いんだけど。まじで寒いんですけど」


 ずいぶん厚着をしているように見えるのに、トモちゃんは寒い寒いとずっと文句を言っている。


「さっき調べたら今2℃だよ、2℃。もう結構な時間だし今日はやめて今すぐ家に帰ろ。ねえ」

「ふふ、見てトモちゃん。あれがペテルギウスだよ」

「話聞けや、オイ」


 全く寒さがなんだと言うのだ。こういう寒くて空気の澄んだ冬の夜だからこそ、星が綺麗に見えるのに。


「何? 彼へのアピール? そのアピールと、このクソ寒い中私を連れ出したことになんの関係があんの?」

「トモちゃん。私ね、思ったんだ。今の世の中、男の子にウケる女の子の要素は知性とロマンチックさだって」

「セリフには知性のかけらも感じられないけど」

「知性とロマンチック、その二つを両立しながらアピールするのに最適なのはやっぱり星の知識! 夜空に輝く星々に秘められたエピソードをお披露目することで彼はきっと思うはず、『ああ、彼女は何て素敵な女性なんだろうか』と」

「皮算用がすぎる」

「そのために私はたくさん星に関して勉強しました。私はそういった努力を惜しまない女の子だから!」

「受験勉強しろよ」


 凍てつく冬の夜よりも冷たい視線を向けられる。ロマンのわからない子だなあ。


「で、今日呼び出したわけは?」

「いやー、せっかく知識を仕入れたんだから自慢したくて」

「お疲れ様でした」

「まあまあまあ」

「離せ! そんなのことのためにこのクソ寒い中付き合わされたのか私は!!」


 雑学って、誰かに聞かせたくなるよね。


「くっそ。しゃーないから一応聞いてあげる」

「そうだね。じゃああそこで特に輝いている星わかる?」

「どれ、あーうん。あれ?」

「そうそう。あれはおおいぬ座のシリウス。で、その左上に見えるちょっと赤っぽい星があるでしょ? それがプロキオン、こいぬ座の星だよ」

「あー、はいはいわかるわかる」


 今日は雲一つない。夜空に輝く満天の星が惜しげもなく光を放っている。


「で、さっきいったペテルギウスを合わせて線を引くと、冬の大三角形になるってわけ」

「へえ、結構はっきり見えるのね」

「三つとも一等星って言って、星の中でも特に明るい星だからね。冬の大三角はかなり見つけやすいんじゃないかな?」


 望遠鏡なんか使わなくても、肉眼ではっきりと見えるほど明るい星が綺麗な三角形を描いている。


「ペテルギウスはオリオン座の星でね、ちょうど肩の部分に当たるんだよ」

「オリオン座は聞いたことあるな。ギリシア神話だっけ?」

「うん。まあ、星座はほとんどギリシア神話関係なんだけど」


 古代ギリシアの人々は夜空に浮かぶ星を繋ぎ合わせて物語を作っていた。相当ロマンチックな人々だったのだろう。


「オリオン座はギリシア神話の狩人オリオンをモチーフとした星座なんだけど、このオリオンのエピソードがなかなか悲しくてね」

「と言うと?」

「ギリシアで最高の狩人だったオリオンは、ある時狩の女神であるアルテミスと恋に落ちたんだ」

「ほうほう」

「2人は結婚を考えてたんだけど、アルテミスの兄であるアポロンはその結婚を阻止しようと考えたの」

「何、シスコンだったの?」


 野暮なツッコミは無視する。


「アポロンはアルテミスに海の向こうの小さな的を指差してこう言ったんだ『弓の名手である君でも、あんなに遠くの的を射抜くことはできないだろう』挑発されたアルテミスはその的を弓で射抜くことに成功した。でもその的は実は、海で顔だけ出して泳ぐオリオンだったの」

「え、恋人を殺しちゃったの?」

「そうなんだよ! 嘆き悲しんだアルテミスは主神ゼウスに死んだ恋人を星座にしてくれるようお願いしたんだ。そうすれば夜空でオリオンと会えるからって」


 悲恋であったものの、結末は少し素敵だと思っている。


「へー。いや、あんたにしては意外なほどロマンチックな話で感心したわ。ちょっとオリオン座のこと好きになったかも」

「えへへ。まあ、オリオンが亡くなった経緯については諸説あるんだけどね」

「例えば?」

「オリオンが他の女神と浮気してて、それに気づいてブチギレたアルテミスに射殺されたとか」

「最低だなこいつ」


 まあ、ギリシア神話のエピソードなんて大抵こんなもんだった。


「でも最初のエピソードは悪くなかったでしょ? この話を彼にしてあげれば、『ああ、彼女は何て知的でロマンスのわかる素敵な女性なんだろう。結婚したい』って思うはずだよ」

「妄想にしても図々しい。星座の話ひとつでそこまで思考が飛躍するチョロい男だったら、とっくの昔にあんたとくっついてただろ」

「うぐっ」

「そもそも、そのエピソードをどうやってお披露目すんのさ? 日常会話の中でそんな豆知識を聞かされても『へー、物知りだね』で終わるでしょ」

「え? そ、そう? じゃあどうすれば?」

「当然、彼と一緒に星空観察でしょ。今日みたいに彼を誘えるの?」


 夜遅くに男女2人で星空を見る。


 そんなの完全にデートだ。


「む、無理無理無理!」

「ほら出たヘタレ。あんたの計画は最初っから穴だらけだっつの」

「と、トモちゃんも一緒にーー」

「やるなら1人でなんとかしな。て言うか、私を無理やり付き合わせたんだから絶対やれよ」


 拒否することは許さない。


 そう言っているような視線を向けられる。


「うっ、うう。あ、ほら。彼も私も受験生だから、風邪ひいちゃうと大変だし……」

「私も受験生なんだけど!!」


 今日一の大声で非難される。どうやら寒い中引っ張り出して来たのが相当頭に来ているらしい。


「あ、そうだ! じゃあ星空の写真を撮ろう! その写真を見せながらエピソードを喋れば雰囲気は出るはず!」

「……まあ、悪くはないと思うけど。いきなり豆知識ぶっ込まれるよりは」


 そうと決まれば写真撮影だ。懐からスマホを取り出す。


「最近のスマホならかなり綺麗に撮れるもんね。これさえあれば……あれ? ピント全然合わないな。と言うよりなんか星明かりが消えちゃうんだけど。なんで?」


 色々と設定をいじりながら撮影しようとするが、うまく撮れない。


「あー、じゃあ頑張ってね。私もう帰るから」

「待ってよトモちゃん! 私をおいて帰ろうとしないでよ!」

「ええい、手を離せ! もう限界なんだよ! さっきから体の震えが止まんないの! 写真撮影くらい1人でやんなよ!」


 なんて薄情なんだ。夜遅くに女の子1人置いてこうとするなんて。それでも親友か?


「あんたも寒いだろうに。……いや待てよ? あんた私よりも寒がりなのになんでそんな平気そうな顔してんの? まさか!」

「あ、待ってトモちゃん! 服の中に手を突っ込まないで!」

「なんだこの大量のホッカイロは! あんた、私がこんな寒い思いをしていたのに1人だけぬくぬくだったってか!? よこせ! 全部よこせ!」


 そう言ったトモちゃんは私が服の中に仕込んでいたホッカイロを全部奪っていく。


「ふー暖かい。ほら、星空の写真撮ったら?」

「と、トモちゃん? さ、寒くて震えが止まんないんだけど? せ、せめて一つは返してくれないかな?」

「自業自得だ。絶対返さないからな」


 有無を言わせぬ迫力で星空を撮ることを強要される。


 寒いから帰してくれなんて言えそうにない。


 凍える。


 ホッカイロの温かさに慣れてたぶん、余計に寒さが身に染みる。写真を撮ろうとするが震えでうまく撮れない。



「トモちゃん……ロマンチックって命懸けなんだね」

「恋愛に命かけてるあんたからすれば本望でしょ?」

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