つかれているひと
星雷はやと
つかれているひと
「最近、酷く疲れていて……」
静かな診察室に掠れた声響く。僕の前には、診察用の椅子に座り俯く男性。申告があるように、声にも疲れが滲み出ている。
「他に自覚症状はありますか?」
「えっと……。良く眠れなくて……。最近だと、寝ると悪夢を見て……寝るのも怖くて」
疲労感以外の症状を尋ねると、彼は顔を上げた。両目には虚ろで、目の下には黒い隈が出来ている。
「お仕事や人間関係はどうですか?」
「その……寝不足から、不注意が続いて失敗ばかりで……。家族ともイライラして、怒鳴ってしまって……。あぁ……どうしたらいいんだ……」
聞かれたく質問だったようだ。視線が泳ぎ声は震えている。現状を伝えると頭を抱え、蹲ってしまった。
「ふむふむ。つかれですね」
「そ、そんなわけない……」
僕は彼をみた結果をカルテに書き込みながら、男性に告げた。すると、彼は僕の診察結果を否定した。
「おや? 何故そう思うのですか?」
机に向かっていた体を離し、男性の方へと向く。
「だって! 他の沢山の病院も受診した結果と同じです! 今まで睡眠薬や精神安定剤を処方されました。飲みましたが、一向に改善しないのです! 他の病気なのでは!? 助けてください!! 先生っ!!」
「いえいえ、貴方はつかれているのですよ」
男性は椅子から立ち上がり、大声で主張した。僕の下にやってくる患者さんは大抵がこうだ。つかれているだけだというのに、何故こう取り乱すのだろう。僕は自分の目を信じている。診察結果を再度告げた。
「そ……そんな……。違う……」
膝から崩れ落ちる男性。虚ろな両目からは、涙が溢れ頬を濡らしている。
「私も、つかれているので大丈夫ですよ。つかれは溜まり易いですが、取れます。……気分は如何ですか?」
僕は男性の傍にしゃがむと、彼の肩に居るソレを掴んだ。
「なにを……えっ……。あれ? 何だか体が軽いような?」
「それは良かったです。経過を知りたいので、来週も来てくださいね」
「あ、はい! 有難うございました!」
つかれが取れたことにより、男性の顔色は良くなった。彼に手を差し伸べ立たせると、男性は明るい表情で診察室を後にした。
「……こら、お行儀が悪いよ」
背後から伸びて来た紫色の触手が、手に握っているものを奪う。そして触手の先端が割れ、鋭い歯が無数に並ぶ中にソレを収めた。
ごりごり、ばきばき、ぐちゃぐちゃ……。
嚙み砕き磨り潰し、咀嚼する音が響く。カルテを片付けようとすると、無数の触手が僕の腕に足に胴へと絡む。如何やら構って欲しいようだ。
「ふふ、つかれているだけって言ったのにね?」
肯定するように頬擦りする触手を、そっと撫でた。
つかれているひと 星雷はやと @hosirai-hayato
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