傷痕

 成年に満たない青い性に汚れた食指をうごめかす大人の多くは、決して、未成熟の果実にしか食欲をそそられない特殊で偏狭へんきょう性的嗜好せいてきしこうの持ち主ばかりではないらしい。

 自分より圧倒的に非力であり、手間暇てまひまかけず容易たやす蹂躙じゅうりんできるという唾棄だきすべき身勝手な理由から、彼らは、あえて成熟しきらない青い果実を選んでぎ取ろうとするのだ。


 すなわち、夫を亡くしたばかりのうら若い未亡人を軽率に口説くどいた男たちの、その目の前にみずみずしい青い果実が現れたら、彼らが舌なめずりをしないはずなかった。


 もちろん、彼らのすべてが、そんな不実ふじつな男ばかりだったわけではない。

 ひよりの母親と交際した数多あまたの恋人たちの中には、彼女を本当に心からしたい、その一人娘にも保護者として愛情をそそいでくれようとした男性も少なからずいたのだ。

 だが、疑心暗鬼ぎしんあんきと化したひよりの母親は、ひよりに温かい笑顔を向ける男をことごとく罵倒ばとうしたし、同時に、ひよりを激しく攻撃した。


 まともで誠実な男性は、ひよりの母に愛想をつかして離れていくしかなかった。

 そして、汚れた食指を持つ不実な男ばかりが、熟れた果実の傷口にへばりついて果肉をすする虫のように群がり寄っては、その隣の青い果実に気付いて欲望をふくらませた。


 何度も男たちに裏切られるたび、乾ききっていない心のカサブタを無惨むざんえぐられては傷口を深くし、穴だらけのいびつな情念をもてあますようになった母親にも増して、一人娘が屈折くっせつした暗い炎を心に抱え込んだのは当然の結果だった。


 あからさまに母親が向けてくる憎悪ぞうおのまなざしと暴力に悲嘆ひたんし、やがて絶望した。ひよりは、いっそ母親をもっと苛立いらだたせるためだけに、つややかな美しい髪を大切に伸ばし続けた。


「今までごめんね、ひより。お母さん、今度こそ、ちゃんとする。今お付き合いしてる人と、結婚の約束をしたの。あんたのことも幸せにするから。必ず」

 そう言ったときの母は、間違いなく、ツキモノが落ちたように清らかな美しい顔で泣いていたのだ。


 だが、その翌日の夜。母の留守中のマンションで、くだんの"婚約者"が、ひよりを突然キッチンのフローリングに押し倒した。

 男が体当たりで少女を組み伏せ、セーラー服のスソをまくりあげようとしていたところに、帰宅した母親は、調理台の上にあった包丁をつかんで、男の背中に振りかざした。


 ギョッとなって飛びのいた男は、その場で土下座どげざをするなり、「ひよりちゃんに抱きつかれて、がさしてしまった」と咄嗟とっさにウソをついた。

 母親は、そのウソを一瞬で鵜呑うのみにした。ついさっきまで泣き叫んでいた娘の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃに汚れていたのに。


 まわしい記憶そのものを打ち消すように、ひよりは、ギュッと目を閉じ、頭を横に振った。長い髪が、激しく背中を揺れ惑う。


「じゃあね、お父さん。また明日」

 合わせていた両手をほどいて、墓石に背中を向ける。


 ほんの少しだけ潮風が強さを増した霊園墓地の空には、淡い朱色を帯びたグラデーションがのぞきはじめていた。

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