孤独な放課後
ひよりが
「ひよりちゃん!
頭の左右で結んだ黒髪をウサギの耳みたいにピョンピョンさせる女子生徒・
チョコレート色の合皮のスクールバッグの持ち手を肩に引っ掛け、早足で自分の机を離れようとしていたひよりは、軽く息をのんで立ち止まり、ふり返った。
――淡々と、クールに。淡々とクールに……。
すさまじい早口で自分の頭に繰り返すうちに、何を質問されたのだったか忘れてしまった。小さく開きかけた朱色の唇は、そのまま間の抜けた形で凍りつく。
だが、カンナは、月曜日から金曜日までの間に、この転校生がひどくハニカミ屋で物静かな少女なのだと決めつけていたから、互いの沈黙がその場を冷たくしらけさせる前に、急いで本題をタタミかけた。
「あたしたち、これからカラオケ寄ってくんだけど。ひよりちゃんも、どうかな?」
カンナの机に片手を置いて、スレンダーな体を斜めに寄りかからせている女子は、
青空の映える窓の下枠に尻を乗せて、横並びに座っている男子は、
「ほら、ひよりちゃんの歓迎会っていうか。……といっても、そんなオオゲサなもんじゃないから、軽いノリで、ね?」
と、カンナは、淡い小麦色の小さな顔に白い歯をニッと輝かせつつ、どっちつかずに促した。
「そこの男ども、てんで度胸がないもんだから。あたしたちをダシに使って
ミルクをたっぷり注いだ紅茶をモチーフとする髪の色は、むろん天然モノではない。
ライトオークルのリキッドファンデーションに、パステルピンクのチークとリップグロス。5才上の姉が愛読するファッション雑誌のオサガリにより、「限りなくナチュラルメイクに寄せたしっかりメイク」も、とっくに履修済みなんである。
「も、もちろん!
飾りけのない素朴な
だが、未知の恋愛に対するロマンティックな憧れと好奇心は、見かけによらず人一倍で。「内気で美人の転校生」というラブコメ定番のヒロインが実生活に登場したことで、自動的に胸がときめいて仕方がない。
あからさまに浮ついてみせる親友の童顔を、
「
と、よく通る
中肉中背で顔だちにも目立った
学業の成績も良いため、同学年の女子たちによる非公式の「人気ランキング」では常に上位を誇る。次期生徒会長間違いなしとの呼び声も高い。
「"その他2名"って何よ! 失礼ね」
「そーよ、そーよ!」
「うわっ! すぐに手を出すんだから、暴力オンナ!」
「
「そーだ、そーだ。ちょっとは女子力上がるかもしんないぞ? "その他2名"!」
すべて、消極的な転校生をクラスになじませてくれようという、見えすいた茶番だ。
そんなの分かってる。それでも、ひよりの心は、より深く孤独に沈む。
優しさ由来のかげりを知らない明るさで、
我ながら、ひどくイジケた心理状態だと思う。
「誘ってくれて、ありがとう。でも今日は、ちょっと……」
ひとことづつ絞り出すごとに、胸がチリチリ痛む。
完全に乾ききったと信じていたカサブタの端に、爪をひっかけてめくったら、思いがけず血があふれた。けど、妙にヤケッパチな衝動がうずいて止まらなくて。
そのまま泣きながら最後までカサブタをはがしてしまったら、治りかけていた元のキズより、もっと大きく皮膚が裂けたみたい。
そんな自虐的な感傷が、ひよりを突き動かす。
「ごめんね」
ひとりぼっちのミジメな転校生を誘ってくれた彼らの善意を断るのに、当のミジメな転校生が謝罪を口にするのは、おこがましいんじゃなかろうか……そこまで
「そっか、残念。また誘わせてもらうねー、ひよりちゃん!」
「バイバーイ。また来週」
とってつけたような女子2人の声が、かすかな
やがて、すぐにケロッと明るさを取り戻した男女数名の楽しげな笑い声が、ひよりの背中を廊下に追いたてた。
教室には他にも生徒たちは何人か残っていたから、それがカンナらの笑い声だったとは限らない。ましてや、ひよりを彼らの間から締め出す意図なんか、あったはずもない。
それなのに、ひよりは、この先まだ2年ちかく残っている高校生活が、ひどく居心地が悪いものになるに違いないと確信して。
切れの長い目尻の片方を、白く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます