結ノ章:使命
ワタシはトオハチが教えてくれた木を探して、その樹液を吸った。ハチミツほどじゃないが、栄養はありそうだし、味も十分にいける。
「うんうん、こりゃいい」
独り言をいいながら、ふと周りを見れば、遠まきに、ちっぽけな虫たちがいっぱいいた。
「ここはまるで、オアシスってところみたい。樹液があふれていて、それを吸いに、うまそうなお肉たちが、とっかえひっかえやってくる。ふっふ、みんな喜ぶぞ」
にやつきながら巣へと向かったが、途中、恐ろしい鳥、ハチクマ(蜂の幼虫を主食とする鷹の一種)が急降下してきた。
大人のワタシが襲われるわけではないが、目をつけられたら面倒だ。後をつけられ、子どもたちが餌食になるとも限らない。
ワタシは慌てて藪に飛び込み、じっと木の枝の後ろにつかまった。
ハチクマは、しばらくあちこちを探していたが、やがてどこかに飛んでいった。
「やれやれ、もう、お邪魔はなしにしておくれよ」
ぼやきながら出発しようとした時だった。木の根元の方から、低く不気味な声が聞こえてきた。
「バサバサうるさいハチクマめ。せっかくの出撃が遅れてしまったじぇねえか」
「親分、まだ油断はできませんよ。でも、焦ることはありやせん。あのミツバチの巣は、逃げたりはしませんって」
「ふっは、確かにな。間抜けな黄色スズメバチのおかげで、あそこには、戦えるおとなは、ほとんど残っていない。ご馳走は、すんなり腹のなかだ」
「まったく。はあ、ありがたや ありがたや」
胸がドキンと鳴った。誰かが、あのミツバチの巣を襲おうとしているのだ。
しかも、ワタシたちのことを、間抜け呼ばわりしている。いったいだれだ!
こっそり枝を伝い、葉の間から下をのぞいた。
・・なんてこと!・・
石が折り重なった地面に、ぽっかりと穴が開いていて、その中に、オレンジ色の頭をした連中が、もどもぞと動いていた。
大スズメバチだ。
今、こいつらに襲われたら、あの巣はひとたまりもない。かといって、ワタシが飛び込んでいっても、どうなるものでもない。
ワタシは 連中に気づかれないように、そうっと木から飛び立って遠ざかった。
風に頭を冷やしてもらいながら、ワタシは考えた。
・・理屈で考えれば、こちらが狙っていたご馳走が、他の連中の口に入ることになっただけ。惜しいことだが、代わりに素敵な木が生えているところを知ったし、放っておいたってかまいやしない・・
けど・・あのトオハチのからだが、引きちぎられてしまうなんて。
想像しただけで胸が苦しくなってきた。やっぱり放ってはおけない。
トオハチからもらった ほかほかしたおかしなものが、胸の奥に根っこを生やしてしまったよう。理屈なんかで、捨てられるものではない。
「どうしたらいい」
なにかあるはずだ。いくら大スズメバチが強くても、勝てる方法はきっとあるはず。それはいったい・・
「ああ、天国にいるハイバネよ。お門違いってことはわかってる。だけど、どうか ワタシに知恵を与えておくれ」
空に向かって祈った。
その時だ。ガサガサと草をかきわける音が下に響いた。昨日の人間たちだった。
--大将、敵の敵をうまくつかいなさい--
どこからか、ハイバネの声が聞こえたようだった。はっと気がついた。
「ようし、いちかばちだ」
ワタシはブイブイと、人間たちの周りを飛び、おもむろに木にとまった。
[コイツハ イイ アンナイガ ヤッテキタ]
人間の一人がワタシの横に、白い綿のついた肉団子を置いた。
思った通りだ。それをつかんで飛び上がった。
[サア、スヘノ ミチヲ オシエテオクレ]
人間たちが、後を追ってきた。
・・お探しの巣はすぐ近く。しっかり ついてきてくださいよ・・
ほくそえむ人間たちに、精一杯に羽根を振るわせてこたえてやった。見失われないように飛んでいく。
じきに、さっきとまった木が見えてきた。
もう少しだ。人間たちが、こちらを見ているのを確認しながら、地面にぽっかりあいた巣に降りていった。
「なんだ。おまえは?」
熟したような柿色の頭をした門番が、ギラギラ光る牙を打ち鳴らした。
「ワタシは黄色スズメバチの大将、キヒカリ。世話になったミツバチを、助けるためにやってきた」
「なにを、わけのわからんことを。うはー、うまそうなもの、持ってるじゃないか。こっちへよこせ!」
ワタシよりも、ひと回りも大きいやつが、飛びかかってきた。その尖った牙に肉団子を放りつけ、ブォーンと舞い上がった。
「うんまい。ついでに、おまえも喰ってやる」
綿を引きちぎり、肉団子を一飲みにした大スズメバチが追いかけてきた。
が、急に空中にとまった。ワタシの後ろに、ネットのついた帽子をかぶろうとしている人間を見つけたのだ。
「た、たいへんだ。人間がやってきた。親分、親分!」
叫びながら、巣に戻っていった。
・・ ・・ ・・
あとのことは、ワタシは知らない。
もしかしたら、人間たちは大スズメバチの逆襲を受けてしまったかもしれない。それにしたって、大スズメバチの連中も無事にはすまなかったはずだ。
確かなことは、トオハチの住んでいる巣は、しばらくは安全だということ。
その間にも、あそこにいる子どもたちは大きくなり、ワタシたちに襲われた巣を捨てて、どこかに引っ越すだろう。
はたしてもう一度、トオハチに会うことはあるのだろうか。会いたいような気もするけど、会っちゃいけないような気もする。もし、会うとしたら、腹が膨れた時に・・
「ああー、生きるってことは、たいへんなこと。だけど、いいことだって、たくさんある。
さあ、今度こそは、寄り道をしないように!」
ワタシは自分の巣をめがけ、真っ直ぐに飛んでいった。
おしまい
生きること、生きていくこと @tnozu
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