第23話 誕生、恋のキューピット
「ありがとうございます。只今ご指摘のありました通り、こちら本名を
蓮斗の説明を受けて、オタク界隈の人は「ウンウン」と頷いている。それに対して、美咲先生を筆頭にこちらに注目するその他生徒は「だから何なんだよ」という視線を向けている。
4時限目終了まで残り数分、長々と説明している猶予はない。早いこと上手く捲し立てなければ、またもスマホが没収されてしまう。
インターネットという娯楽が当たり前の昨今、この薄い板がなければ昼休みを有意義に過ごすことが厳しくなる。
蓮斗は現役JKではないので死にはしないが、現役DKではあるので瀕死になる可能性は十分にあり得るのだ。
勉学の奴隷から解放される貴重な一時間、まさか逃してなるものか。
何としてでも死守せねば。
ちなみに現役DKはド◯キーコングの訳じゃないぜ?
そりゃもう人外だからな!ウホホホホ!
「ここまでで、この美優さんの身の上はご理解できたかと思います。ですが、皆様はこう思うはずです。『そんなガチャから目的のキャラが出たくらいで騒ぐな』と」
無表情のくせに、なぜか片側の口角が上がっているため地味に怖い。
「そこで先ほどの彼の発言が、関わってくる訳でございます」
濁った紅色が特徴の死んだ魚の眼みたいな瞳を、メガネの彼にチラリと視線を向ける。
そして、すぐに美咲先生の方へ視線を戻す。
「こちらの美優さん。実は演出、衣装、ボイスなど性能以外は全て通常とは違う特別仕様でございます。更にこちらの特別仕様の美優さんは、天井と言われるものが存在しません」
ここからが勝負だ。
続け様に天井の意味の解説を軽く説明した後、本題に入り始めようと目論む。
もうすでにこの場は彼の独壇場と言っても過言ではないだろう。あとは流れに身を任せ、危機を回避すれば勝利だ。
目指すはパーフェクトゲーム。
しかしながら、ここで待ったが掛かった。
「……上城」
美咲先生だ。
「何でしょうか。美咲先生」
なんか不味い予感がぷんぷんしますぞ。
「入学式のことを覚えているか?」
「……え、えぇ。覚えております。その節は多大なご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「そうか、では私は言ったはずだ。2回目からは後始末が面倒だからもう授業中に弄るなと」
美咲先生のキリッとした瞳が、より一層細められる。
一部生徒からは「ひっ」と悲鳴が上がるほど。
「……放課後、職員室までこい」
続け様に言い渡されたのは、死刑宣告。
不味いぞ。これは。非常に。
このままでは電脳世界へダイブできない。
「お、お待ちください。美咲先生。これには深い訳がですね……」
「どんな理由があろうと、それは言い訳にはならない。わかったらこい。……いいな?」
「……わかりました……」
どうやら取り繕う暇もないらしい。流石の変人もここまでされては、頷く以外の選択肢は持ち合わせていない。
時すでに、遅し。
そして、狙っていたかのように授業終了を知らせるチャイムが鳴るのだった。
ーーーーーーーー
その後、無事スマホを没収された変人は瀕死状態に陥り、自身の机に突っ伏していた。
「おい、いい加減元気出せって」
「…………」
前方から聴こえた励ましの声にも無視を決行。
その人物は例によって晴輝。
「流石にありゃ蓮斗が悪いな」
そりゃそうだ。既にそんなことは理解している。
なにが「…………勝ったな」だよ。
勝てるわけねぇだろがッ!
ゴムゴムな彼もブチギレだよほんと。
「くっ……放課後まで待つしかないか……」
「まぁ直ぐに返してもらえるだろ。そんなことより早く飯にしようぜ?」
この話は終わりだとばかりに、晴輝はニッと爽やかスマイル。
くそっ、笑顔が眩しいぜ。これで歯がガタガタだったり、真っ黄色だったらまだバランスも取れようものだが。
歯並びはいいし、真っ白じゃねぇか。
「あぁ……そうだな」
「んじゃ俺、サクッと購買で買ってくるわ。何か飲むか?」
「いいのか?」
「おう、ついでだからな。気にするな」
「ではシックスティーン茶を頼む。代金は後でも良いだろうか」
もたもた小銭を渡していては、パンが売り切れてしまうだろうからな。
以前の光景を思い出した変人の配慮だ。
「いいぜ?じゃ、行ってくるわ」
「あぁ。ありがとう」
無事快諾を得たところで、蓮斗は頷いた。
更にお礼も欠かさない。できる男は感謝は忘れないのだ。
晴輝は自分の椅子を180度回転させると、元気よく教室を出ていく。
最近は蓮斗の机で向かい合って食べるという、この昼食スタイルが定番となっていた。別にこれといって不都合もないので、蓮斗は特に何も言わない。
鞄から自前の弁当を取り出すと机に置く。そのまま弁当には手を付けずに、律儀にも晴輝の帰りを待つ。
まるで親鳥の帰宅を待ち焦がれる雛鳥のようだ。
都合、手持ち無沙汰になった彼は、平時通りならスマホと睨めっこを始めるのだが、先ほど美咲先生に連れて行かれた為それも今は叶わない。
「……仕方ないか」
まぁ待って十分程度。外でも眺めてボーッとするかと、頬杖をついて窓の方へ視線を向ける。
あぁ、今日もいい天気だ。雀のチュンチュンという鳴き声も相まって、ほんわかとした気分になる。
たまには電脳世界から離れるのも悪くないと思う変人だ。調子のいい奴である。
どうせスマホを手にした瞬間、先ほどの美優なるキャラクターの育成に精を出すくせに。
のんぼりぽかぽか。
元々大してシワもないような脳みそをシャットダウンし、ただ置き物のように眺める。
すると当然、意識外から声がかかった。
「上城くん。ちょっといいでしょうか」
一瞬、晴輝かと思ったが声からして女性のため、直ぐにその可能性は除外。更に口調や声色からして、菜由里でもない為それも除外。
後は柴崎さんくらいなものだが、彼女は学食で友人たちと食事を摂っているはずなのでこれも違うだろう。これは本人から聞いた情報だから間違いない。
まぁ考えるより直接確認したほうが早いと結論づいた変人は、視線を外から声の主へと向ける。
「こんにちは。委員長」
するとそこに立っていたのは委員長こと、
スラリとした体型に、三つ編みが特徴の黒髪。そして眼鏡をかけている彼女には、自然と知的な印象を受ける。本が似合いそうな美少女である。
委員長を率先していることから、知的なのはあながち間違っていないと変人は睨んでいる。
「え、えぇ。こんにちは」
ぎこちない返事と頂戴したところで続ける。
「俺に何か用だろうか」
「え?あぁそうでした」
どうやら不意打ちの挨拶をかまされたことで、肝心な用事が頭から抜けていたようだ。
クラスメイトからの返事が初手挨拶など、朝以外では蓮斗くらいなものだ。
「上城くん、先ほどのことなのですが」
はて。先程とはどれのことだろう。
もしかして晴輝との会話を盗み聞きでもしていたのだろうか。
となると。その要件とは———。
ははーん。なるほどな。
イケメンな晴輝とお近づきになりたいがために、まずは手頃そうな変人にコンタクトを取ってきたということか。
やり方は汚いが、その気持ちはわからないわけでもない。
学園でも上位に位置するイケメンな晴輝だ。その隣を狙う女性の数は、引く手数多だろう。
このくらい堂々と姑息な作戦を実行しなければ、大多数のライバルを出し抜くことは不可能。
それくらい晴輝の倍率は高いのだ。
将来安定した人生を送るために、どれだけ倍率が高くとも難関校や大企業に進路を選ぶ者がいる。
それは一種のステータスためとも言っていいだろう。
「お前どこに就職したん?」「◯◯だけど?」「うっそまじで!?大手大企業じゃねぇか!どうやって入社したんだよ!」
「ん?普通に面接しただけだが?」
と、なんでもない風を装いをしつつも、心の中ではニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ嘲笑うのだ。
しかしながらそれは、本人が死に物狂いで努力した成果とも言える。
就職の際、会社のお偉いさんに取り繕って気に入られるのは大切なことだ。
それだけで他人とのアドバンテージになる。
企業に見学を伺ったその時点で、既に面接は始まっているのだ。
ま、当の俺は就職してないから知らんけどね。まだ高一だからな!ガハハハ!
今回もそのようなものだと、先ほどの例と照らし合わせる。
イケメンに近付くために、まず外堀を埋めようという魂胆なのだろう。
何かと晴輝と行動する機会が多くなってきている変人だ。そこに隙があると睨んでいるだと、自然と結論付く。
そして、それは大正解だ。
「委員長。立ち話もなんだし座って話をしよう。もう少しで晴輝も帰ってくるからな」
ガタリと席から立つと、晴輝の机に椅子を戻し、180度回転させる。更に、隣の柴崎さんの机も180度回転させ、晴輝の机にくっつける。
「えっ?ちょ、ちょっと上城くん?」
「あぁ、任せておけ」
大丈夫だ、委員長。君の恋を応援する。
幸い今は昼食時だ。
食事をしながら会話を弾ませようじゃないか。
せっせとセッティングが終わり、わざとらしく額を拭いながら「ふぅ……」と一息。
状況としては、変人の机に向かい合わせになるように晴輝の机が、その隣に柴崎さんの机がといった具合だ。
柴崎さんには後で謝っておけばいいだろう。
彼女はなかなか大らかな心の持ち主だからな。これくらいでは
隣の席の人は不明だ。一応在籍しているようだが、入学してから一度たりとも登校しているところを確認したことがない。
「さぁ、座るといい委員長。ついでに昼食も一緒に摂らないか?先ほども言ったが、もう直ぐ晴輝も購買から戻ってくる」
ここぞとばかりに晴輝という単語を主張する蓮斗。
他方、委員長は何が何だかわからんとばかりに困惑した表情を浮かべている。
「え、えっと。あの……」
こういう時、無駄に行動力を発揮するのが蓮斗だ。しかもこれら全てが、悪意の一切ない善意100%だからタチが悪い。
変人の変人たる所以が、一部垣間見えた瞬間だ。
ちょっと考えれば、先程のことなど直ぐに理解できるだろうに。
本人からすれば、自分が橋渡しにでもなってやろうと意気込んでいるつもりなのだろう。
その証拠にほら、本人は無表情ながらもほんのりと口角が上がり始めている。
これが、恋のキューピット……ってコト!?
変人と言われた俺は、ラブコメができないと思ったか? あくらさき駅 @aqula_station
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