第22話 リベンジマッチ
晴輝による蓮斗と菜由里を巻き込んでの騒動から数週間が経った。
むさい男二人による謎コンビは結成したものの、特にこれといって日常に変化はなく安穏とした日々を送っている。
恋愛感情がぶっ壊れている蓮斗と、能動的に人を好きになったことがない晴輝、二人のことを思えば必然なのかもしれない。
後者に至っては、蓮斗へ協力したいと考えている節は見受けられるが、いかんせん自分がわからないのを他人に伝授するなど酷な話だ。
そして本日もまた変人は元気に変人している。
「…………ゴクリ」
カツカツとチョークを黒板へ叩きつける音が響く教室内。只今、美咲先生による素晴らしい授業が行われている。
クラスメイトは皆、先生の一挙手一投足を逃さんと、虎視眈々と眼を光らせている4時限目である。
中には机に伏して、夢の国へご招待されている方も数名いるが、そんなものは誤差だ誤差。
そんな教室の窓際、一番後ろの席で俺は固唾を呑む。
その手にはスマホを横にした状態で握られていた。
液晶画面には、「期間限定コラボガチャ!」のテロップがデカデカと主張している。
そう、リベンジマッチ到来である。
忘れもしないあの屈辱の日。その日から俺は、コツコツとデイリーミッションをクリアしては石を貯蓄していたのだ。
時にはもう引いちゃおうぜ?なんて誘惑もあったが、なんとか耐えてきた。
そしてやっと訪れた決戦の日である。
前回はリンゴの絵柄が目印のドーピングを使用したが、今回は全て無償石である。
バイトをしていない蓮斗にとって、その懐事情は寂しいものだ。そう易々と何度も購入できる品ではない。
え?理由はわかったけど、授業中にガチャ引くなって?勉強しろって?
うるせぇ!コラボガチャが今日の正午で終わっちまうんだよ!忘れてたんだよ!!
こんなことなら昨日引いておけばよかった!!
しかしながらこれには理由があり、今日のデイリーを終わらせればちょうど30連分貯まると計算していたのだ。
やっぱりちまちま引くより、ドカンと一気に引きたいじゃんね。
今日は朝から姉さんの手料理を食わせられるし、学校についても菜由里と雑談してたのでプレイする暇がなかったしさ。
授業中にスマホを弄るなど不届者だが、ちょっとワルな感じも良くない?
え?良くない?あぁ、そう……。
気を取り直して只今の現状だが、既に20連が終了している。そして今まさに30連目に差し掛からんとする状況だ。
最後までガチャを引くっていうことは、その前の結果は……おいおい、最後まで言わすなんて正気か?
そんなことより早くしないと時間が過ぎてしまう。
もう覚悟は決めてある。さっさと引いてしまおう。
画面に表示された「10連ガチャ」なるアイコンをポチりと押す。
例によって、カシャンカシャンと平時通りの音と共にノーマルキャラがドヤ顔で君臨する。
やはりここまでか、と諦めかけたその時。初入手の演出が入った。
しかもこれまた以前同様、最後の最後でのご提供である。
「!!」
だがここでぬか喜びなどしないのが変人であった。
以前の愚行を真摯に重く受け止めていた蓮斗は、すり抜けの可能性をちゃんと視野に入れていた。
更に言えば、美優たんなる蓮斗の推しキャラが出ても平常心を保っていられるように心構えはバッチリ。
毎晩就寝前に、感謝のエアガチャシミュレーションを行っていた変人である。
面構えが違う。
ふっ。俺を舐めるなよ?
例え吉が出ようが凶が出ようが、俺はもう動じないぜ?
と心中で意気揚々と語る蓮斗。
「さぁ……こいッ!」
誰にも聞かれないようボソリと、でも力強く。
信じるものは報われると、推しとの出会いを夢見る変人。
「…………!」
彼が目にしたものは。
「ほ、ほわああぁあぁあああぁあああッッ!!?!??」
例によってチョークの音だけが聞こえる教室内。
皆が皆、あと少しで昼休みだと、もう一踏ん張りだとノートと黒板を行ったり来たりしている4時限目。
そこに突如、出所不明の絶叫が響き渡る。
その騒音に誰もがビクッ!っと肩を震わせた。
更に夢の国に招待されていた数名も飛び起きる。もしかしたらタワー・◯ブ・テ◯ーの夢でも見ていたのだろうか。
そんなクラス中に響く大音量。
都合、それは美咲先生も例外はなく。
「…………上城」
ゆっくりと、ホラー映画さながらの緊張感を漂わせながらこちらを振り向く美咲先生。
その表情はいつもと変わらず、平素からの無表情。だからと言って、冷酷なわけではないのだが、その話はまた今度にしよう。
美咲先生の視線に怯えることなく、真正面から受け止めた狂人はやっちまったと後悔も束の間、即打開策に思考を巡らせる。
あぁ、本日も先生は美しいとは、クラスメイトの誰かの寸感であった。
「美咲先生」
「……なんだ、上城」
「美咲先生は何故、私が発狂したのか。そこが懸念されていると思います」
「…………」
「そこで
「…………」
美咲先生は何も答えない。
これを無言の承諾と捉えた狂人は、続行を決意。
「まず、発狂した原因ですが。先生やクラスの皆さんは、私が美咲先生に何らかの恨みがあり、授業を妨害するが為にわざと発狂したのでは?考えている方も多いのではないでしょうか。しかしながらそれは大きな間違いであり、今回の騒動とはなんの関係もありません」
誰も思ってねぇよとは、打ち合わせなしにクラスの半分ほどが感じた蓮斗への苦言だ。
残りは、現実逃避や美咲先生にびくついてる方々。
「では何なのか。結論から申し上げます前に、こちらをご覧ください」
よく響く声と同時に、右手を掲げる蓮斗。
その手には、横にした状態のスマホが握られていた。
その動作に、誰もが注目する。
液晶画面には、茶髪ロングな髪にサイドテールが特徴の二次元な女の子が、ニコリと決めポーズをしながら映し出されていた。
更に言えば、全体的に少々動いている。
ただイラストが映し出されるだけでなく、動きを与えるというワンポイントを追加することで、プレイヤーの物欲センサーをいい感じに刺激するのだろう。これが企業努力ってやつ?
フルボイスなのは言わずもがな。
大半がそれがどうしたと疑問に思う中、一部の生徒は声を挙げた。
「なっ……」「それはもしかして!!」「お、おい嘘だろ!?」「ど、どっから拾ってきた動画とかじゃないのか?」
緊迫した空気が一変、驚愕の色に塗り替えられた。
声の出所は主にオタク界隈の皆様。
事実に気づいた界隈の皆様は、先ほどよりも殊更スマホの画面に注目だ。
それに伴い、他のクラスメイトも「え?なんかすごい感じ?」と先ほどよりも興味深そうに蓮斗へ視線を送り始める。
そこには現実逃避組もちらほらと。
「フッ……」
オタク界隈を筆頭に、皆の反応を受けた蓮斗は右の口角をあげ、うざったい笑みを浮かべる。
「そのとお……」
続けようとしたところで蓮斗が言うよりも早く、先ほど同様オタク界隈の生徒が確認するように声を挙げた。
ちなみにその生徒は、薄いフレームが特徴のメガネをつけた小柄な男子生徒。
「そ、それは富豪美遊たんっ!?」
聞き慣れないワードに殊更疑問が膨れ上がる一般生徒。
しかしながら、その指摘を受けた蓮斗本人はうざい笑顔のままだった。
(…………勝ったな)
久しぶりの勝利を確信した狂人は、更に続けるのだった。
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