閑話 如月氷華の憂鬱
蓮斗らが倉庫で幽閉されていた同時刻、場所は屋上。
ぽかぽかと暖かい日差しを注ぐ太陽の元、ベンチにちょこんと座る人影一つ。
その後ろ姿はどこか寂しさが映る。
「……今日も来ないのかしら」
その透き通るような声からは切なさが感じられた。
ふわりと春風が彼女の髪を撫でる。
サラサラと靡くそれは太陽の光によりキラリと煌めく。
まるで職人による飴細工のように繊細かつ綺麗な銀髪である。
彼女の名前は
神和崎第一高等学校に通う女子高生であり、学年は蓮斗達と同じく一年生である。
背中ほどまで伸びた綺麗な銀髪に、少々きつい印象は与えるものの誰もが綺麗と感嘆するほどの整った容姿。
胸は控えめだが、脚は細く腰はくびれており、全体的にスタイルは抜群だ。
モデルと言われても遜色ないほどのプロポーション。
「また来るって言ってたのに……」
平時ならば氷のようにキリッとしてる表情の彼女だが、こと今現在においてはどことなく覇気が感じられない。
「まさか忘れてしまったのかしら」
ベンチに腰を落ち着ける彼女の膝上には、いつだったか蓮斗から渡されたものと同一のパンが握られている。
包装用のopp袋に貼られている食品表示用のシールには「ドラゴンフルーツパン」の文字。
「…………」
昼休みになると毎回大乱闘が発生する購買部。
ここ神和崎第一高等学校、通称“神一高”では学食は勿論のこと、購買部で販売される惣菜及び菓子パンは神一高の生徒達に絶大な人気を誇る。
昨今における日本情勢において、値上げ、増税、値上げ、増税のダブルパンチに頭を悩ませる学生は少なくないだろう、故にこれほどリーズナブルな値段でお求めできるのはまさに救済である。
さらにその味はかなりの逸品。
学食ではなく、中庭や教室で友人と昼食を嗜む層には殊更嬉しいこと上ない。
しかしそんな人気の購買部、実は毎回売れ残る不人気商品がいくつか存在する。
その一つが、今彼女の手に太々しくもドヤ顔で鎮座しているドラゴンフルーツパンである。
ホットドッグのように長いドッグロールパンに、大して加工もされていないただカットされたドラゴンフルーツが、等間隔に挟まれているだけ。
気になる価格は税込み百と十円ポッキリ。
とても正気の沙汰とは思えないこの珍商品にGOサインを出した開発担当の人は、味覚が狂っておられるのか、将又深夜テンションで快諾してしまったのか。
真相は謎のままである。
「…………」
蘇るのは以前蓮斗から押し付けられた際のこと、屋上に一人残った氷華は様々な葛藤の末こちらの商品を口にしていた。
正直、美味いか不味いかなど容易に想像できる。
しかしながら、一度抱いてしまった己の好奇な心が廃棄するという選択肢を許さなかった。見た目によらずなかなか好奇心旺盛な彼女である。
閉じてあるセロテープをひっぺがすと、透明なopp袋から中身を取り出しいざ実食。
パクリ。
その小さな口に汁気を帯びてネチョッとしたパンと、常温のぬるいドラゴンフルーツ様がご来店。若干不快な気持ちを抱きつつモグモグと咀嚼を開始する。
するとどうだろう。
彼女の口いっぱいに広がるのは無味。
よく噛めばほんのりと甘さを感じないわけではないが、その最悪な食感の前では味など無に等しい。
当初、蓮斗から受け取った氷華は、昼食を摂れなかった自分に対して気遣ってくれたのかと嬉しさを感じていた。
しかしながら、実際はただ自分も食べたくなかったから押し付けてきただけである。なかなか如何して頭のキレる彼女だ。その真相に辿り着くには大して時間を要さなかった。
「またこれ渡せないじゃない……」
そう、あの日蓮斗からまたこちらに来る旨を聞いていた彼女は、お礼と称して小さな復讐を心中に燃やしていたのだ。みみっちい女である。
と言っても理由はこれだけではなく、寧ろこっちはただの建前にしか過ぎないのだが。
「こうなったら直接行くしかないわね」
相手が来ないなら自分から向かえばいいのだ。幸いにも彼女は誰もが認める絶世の美女。自クラスでの彼女の扱いを垣間見れば、その事実は如実に現れている。適当に顔の広そうな男にそれとなく聞けば嬉々として情報をもたらしてくれるだろう。
校内での個人情報などあってないようなものだ。増してや蓮斗は、彼女ではなく友達すらいない歴=年齢の男の個人情報など高が知れている。
「待ってなさいよ。必ずやあの仏頂面を間抜け面に染めてあげるわ」
本人にとっては仏頂面ではなく、表情筋が死んでるだけであれがデフォルトなのだが。今の彼女には気付く由もない。
ちなみに余談だが蓮斗本人は、自分が表情豊かな直上的人間だと心の底から信じているので殊更厄介極まりない。直上的の「ちょ」の字すらないくせに謎の自信に溢れている男だ。
「ふふ……」
先ほどとは一変、唇あたりに指を乗せ厭らしそうな笑顔を作る彼女。一体、彼女の頭の中では今どのようなシナリオが描かれているのか。ただ言えることは碌なことではないということ。
「……そういえばこれ、どうしようかしら」
ひとしきり考えが纏まったところで、目線を手元移す。そこには、今日も今日とて懲りずに購入したドラゴンフルーツパンの姿が。
彼女がこれを持参して、屋上で蓮斗を待っていたのは初めてではない。もう既に四、五回は繰り返している。
その度にまさか捨てる訳にもいかず、全部食べていた彼女だ。完全に不服ながらも段々とその味に慣れてきたのが、皮肉にも悔しさを掻き立たせる。
「…………」
例によってまた包装用の袋を開けパクリ。
慣れたと言っても、それが美味しく感じるかといえばまた別の話だ。
もしかしたら開発者は、これが美味しいと信じて売りに出しているのかもしれない。その場合少々申し訳ない気持ちになるかもしれないが、不味いものは不味いのだ。
「……やっぱり美味しくないわね……」
午後の昼下がり、太陽ポカポカ、屋上一人。
彼女の口から溢れでたぼやきは、微風と共に静かに空に運ばれるのだった。
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