閑話 生徒会長の休日
遡ること土曜日。
これは蓮斗が入学して初めて迎える休日でのこと。
チュン、チュンチュンッ!
————パチリ。
ハッスルな雀の囀りと共に目が覚めた彼女は、近くにあるスマホを手に取り時間を確認する。
ただいまの時刻、午前6時。
バリバリの早朝だ。おはようございます。
ベットからむくりと起き上がれば、艶やかな長い黒髪が彼女の頬を撫でる。
「んんぅ……」
未だ重たい瞼を擦る少女の名は
蓮斗の実姉にして、神和崎第一高等学校の生徒会長その人。
そんな彼女の朝は早い。
自宅から学校までは十分徒歩で事足りる距離ではある。しかしながら、彼女は生徒会長。
誰よりも早く登校し、前日の生徒会業務進捗を確認。その後は他の生徒会役員と共に、校門前に立ち検問のお時間だ。
そんな生徒会長様も本日はお休み。
本来ならば昼前まで惰眠を貪るという、休日特権として贅沢な時間を消費することも可能だが、彼女には睡眠よりも大事なことがある。
「…………」
そう、先ほども言ったが本日は休日。
ということは愛する
部屋から出た朱音はすぐにリビングの扉を開けた。
するとそこには現在進行形で朝食の準備をする蓮斗の姿。
上城家が住むマンションでは、リビングとダイニングの空間が同じになっている。俗にいうLD型というやつだ。
いつもならこちらに振り向き「おはよう」と挨拶の一つでも必ず交わすのだが、フライパンから鳴る卵の焼ける音により気づいていない様子。
テーブルに視線を移すが母の姿は無く、食事を済ませた食器だけがひっそりと鎮座している。
既に出勤した後なのだろう。いつも朝早くからご苦労様だ。
それを確認した朱音はこれ幸いと物音を立てずに忍び寄る。
実はこう見えて蓮斗は、人の気配を察知するのは得意である。その無駄に長けた察知能力は厨な二の病に侵された後遺症そのもの。
今も尚、時折罹患経験を彷彿とさせる行動や言動が窺えるのを見れば、なかなかどうして完治は難しい。
最早持病の域を超えている。
しかしながら、こちらは蓮斗の姉。その類稀なるスペック値は弟を超えているのだ。
姉とは弟の一歩先を行く者。
抜き足差し足忍姉。抜き足差し足忍姉。
厨二病のソナーに探知されることなく距離を詰める忍姉。
つま先で歩くこと十数歩。朱音隊長目標地点に到達である。
以前も如月さんの存在に気付かなかった蓮斗。
どうやら彼のソナーは故障中らしい。修理する際はぜひ頭の中も診てもらうといいだろう。
小さい頃は姉の方が大きかったのに、今では圧倒的に弟の方が上である。残りの生涯を賭けても彼の身長を越すことは叶わない。
こんなに立派になって。とは産まれた時から何かと面倒を見てきた姉の素直な感想であった。
もう、赤ちゃん作れる身体だねなんて冗談でも思っていない。決して。本当に。
もう目と鼻の先、手を伸ばし切らずとも容易に触れられる。距離にして30センチもない。
「…………」
ゴクリと生唾を呑む。
スゥ……と息を吸うだけで蓮斗の香りが鼻腔をくすぐる。それだけで朱音の理性という名のダムは決壊寸前だ。
なぜ同じ柔軟剤を使っているのにここまで差が出るのか。
「…………」
朱音の胸中では猛烈な葛藤が巻き起こる。
「いけません隊長ッ!このまま欲望に任せては!」
「だがこれはまたとない好機である!この機を逃してなるものか!」
「し、しかし……万が一にも嫌悪されてしまっては……。最近は筋トレ中も過剰なスキンシップが目立ってると!!」
「恐るな!保身だけでは得られるものなど何一つとしてない!」
「ッ!!」
「これは……未来へ繋ぐ第一歩となるのだッ!!」
「た、隊長……!!」
「行くぞ皆の者!」
「「「イエッサーッ!!!」」」
朱音隊長により活気づけられた朱音隊員たちを胸に作戦決行だ。
この無駄にイケイケドンドンな性格は母譲りなのだろうか。
「蓮斗」
今も尚こちらに何ら気付かない愛弟の名を呼ぶと、後ろから手を回しその大きな背中に抱きつく。
腕は勿論、胸や顔もこれでもかと押し付け、ぎゅーっと握れば接触している全てに蓮斗の体温が伝わってくる。
早朝から忙しなく動いていた為に伝わってくるそれは、ぽかぽかと温かい。
さらにゼロ距離から伝わる濃厚なスメルは、まるで麻薬のように依存性の高い雄の匂い。
己の細胞全てがこれを求めているのわかる。
朱音個人としては筋トレ後の汗の匂いの方が好みではあるが、これもまた捨てがたい。
これが俗に言う侘び寂びというものだろうか。
いつものキリッとした凛々しい顔はどこへやら、蓮斗からは死角なのを良いことに、でへへとこれでもかとだらしない表情を晒している。
他方抱きつかれた方はというと、ビクッ!と身体を強張らせると一瞬、姉の存在に気づいた弟は挨拶を交わす。
「お、おはよう、姉さん」
「あぁ、おはよう。蓮斗」
「…………」
「…………」
軽い挨拶もほどほど。二人の間には沈黙がおはようございます。
以前として朱音は恍惚とした表情を浮かべ、だらしなくすりすり。蓮斗のフェロモンを自身に擦り付け、自身もまた己をフェロモンをお裾分け。胸板を弄るセクハラも忘れない。
「あの姉さん。今油とかはねると危ないし離れた方がいいと思います」
「大丈夫だ。問題ない」
何が問題ないのか。そんな装備で大丈夫か如しの返答である。
「…………」
「…………」
蓮斗の抵抗虚しく、セクハラ継続決定。フィーバータイム突入だ。
そんな姉のハラスメントにじっと耐えるのは弟の性なのだろうか。筋トレ時の経験から、何を言っても無意味だとということは既に理解している。ならばやはりここはセクハラが終わるまで耐えるしかないのだろう。
例えるならば電車でおじさんに痴漢されるか弱き女子高生そのもの。昨今における社会事情では、おじさんと女子高生では立場的に女子高生の方が上である。例え冤罪だとしても「この人、痴漢出す」と一言声を挙げるだけで相手は死ぬ。
いくら冤罪おじさんが会社で部長だろうが、社長だろうが一歩会社から踏み出した瞬間ただのおじさんへ大変身。寧ろ立場が上の者程このトラップには危機感を抱くべきだ。
しかしながらそれでも毎回女子高生が優位ではない。やはり痴漢をされた側はその恐怖心から頭が真っ白になってしまう子もいるのだ。
これに関しては男も女も性別などは関係ない。
つまり、何が言いたいかというと先程同様、耐えるしかないのだ。
一つ希望があるとすれば、痴漢の相手が蓮斗の尊敬する姉が故に不快感がないことだろうか。
「ふふっ、蓮斗」
幸せそうな顔で再度名前を呼ぶセクハラおぢさん。
他方女子高生はただ、フライパンと睨めっこするだけである。
休日早朝、チュンチュンチュン。
本日はお日柄もよく。
ハッスルな雀の囀りと共に好調な休日を堪能する生徒会長様だった。
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