私(2)



扉を開けて立っていたのは、母だった。

みるみる顔に皺が寄っていく。

「……何してるの?」

静かに私に問いかける。その目は怒りに満ちていた。目を合わせることが出来ない。


私はカッターを握りしめていた。腕からは血が滴り落ちる。


「……。」

「何してるのって言ってるでしょ!?何この刃物は!これはそういうことに使うものじゃないでしょ!渡しなさい!」

私は押黙る。何も言えない。何も言うことがない。

落ち着いて「どうしたの?」と聞ける親なんてそうそう居ないだろう。

そんなことはわかっていた。


それでも私は今私の気持ちを聞いて欲しいという子供ながらのわがままがあった。


手をこじ開けてカッターを奪い取られる。


「私の大事な娘の体に何傷をつけてんの!?」


母の目には涙が浮かんでいる。私だって泣きたいよ。母ばかり。心が幼い私はそんなことを考えていた。今考えるとおかしな話だ。


私が親になっても同じことを言うだろうなと思った。


結局刃物は処分された。


それからも私は剃刀、カッターを繰り返し買っては隠していたが、傷がすぐに見つかりその度に捨てられていた。


しがない小さな精神科のクリニックに行くと、大学病院の精神科に紹介状を出された。


綺麗な女の医師だった。意味のわからない絵のテストや数を覚えるテストなどなんの意味があるのかも分からないテストを繰り返し行ったが、結局病名などは言われなかった。


様々な薬を毎週のように変えて試していた。

高校生など幼い時に診断を確定するのはなかなか難しいと説明されたが、私としては自分が何がおかしいのか知りたかったため分からない不安に余計に頭がおかしくなりそうだった。



高校ではほとんど保健室にいた。


単位を取るために出席してもずっと突っ伏して眠っていた。それでも単位をくれたから良心的な高校だったんだろうと思う。


それでも私はこの時この世の全ての人間が敵に見えていた。


それは親に対してもで親とはまともに会話をせず、話をする度に睨みつけていた。


母親が泣きながら祖母に電話をかけていたのを今でも思い出す。






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無視をされる夢を見て目が覚める。

身体中汗に塗れ布団はじっとり湿っていた。

気持ち悪い。


紋章の入った指定のワイシャツを着る。ボタンを締める動作が面倒くさい。

この高校はネクタイ式で、自分で結ばなければいけない。母に教えてもらい結べるようにはなったが結び目は歪だ。

膝下程度の長さの靴下を履いてすり減ったローファーを履く。


電動チャリの電源を入れ、サドルに跨る。

学校までの道は坂が多かったが、電動チャリのおかげで楽に通うことが出来た。出来たのだが、途中で学校へ行くストレスから腹痛が置きコンビニのトイレに籠る。そして最終的に休む連絡を入れ家に帰るのが習慣化していた。


しかしそれでも一つも単位を落とすことなく卒業することが出来た。



進路は看護師だった。

きっかけは高校2年の夏休みの事だった。

叔母の子供が産まれ、その産まれたばかりの赤子に初めて触れた時、命に関わる仕事をしたいと思ったのだ。小さい手に小さい爪。少し赤らんだ頬にふわりと生えた髪。腕や脚は肉がついて柔らかかった。

赤子が泣く度に代わりにあやすとよく泣き止んでいた。助産師にもなってみたいと思ったことを覚えている。



高校の勉強を全くしていなかった私は三年制の専門学校に受かることは出来ず、二年制の准看護師学校から入ることになった。そのまま高看の免許を取得できる学校へ上がって行った。


勉強と実習は苦しかった。実習中に無視をする看護師など当然のようにいたため私はよく病んでしまっていた。それでも負けたくなかったから実習は死ぬ気で行った。


しかし途中で心がしんどくなりまた自傷行為が始まっていた。

母は「またか」と言わんばかりの表情だったでクリニックに連れていった。

幻聴と極度のうつ状態について説明すると、統合失調症と診断が着いた。


病気なんて持ってない方がいいはずなのに、その時の私はホッとしていた。

ようやく私は「病人」になれたのだと。


それからは内服や、十分な睡眠を取り回復の時を待ちながら受験勉強に勤しみ無事看護師国家試験に受かることが出来た。



母ははしゃいで喜んでいた。

私も正直嬉しかった。看護学校で出来た友人も全員受かっており安心した。

ここで一人でも欠けてればまた、縁が無くなると思ったから。



──────



ネットは看護学生時代も続けていた。いい暇つぶしと、心の安定に繋がったからだ。

アカウントを消しては作り消しては作りを繰り返しずっと仲のいいネッ友はいなかったが。

看護学校を卒業してから新しく彼氏が出来た。


今振り返ると、優斗には悪いことをしたと思う







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