私(1)



私は昔から冴えなかった。

塾も続かない。勉強は嫌い。水泳も続かない。運動が嫌い。友達がいない。人と話せない。


そんな私でも祖父に憧れて数学教師を目指そうとしていた。算数で満点をとる度に喜ぶ母。母の笑顔が見たくて算数だけでも頑張って勉強していた。

なんでAさんとBさんは一緒に歩かず、徒歩と自転車に分かれるのだろう。そんなことを思いながら問題を解いていたのを覚えている。


唯一いた友人。綾瀬美智瑠。私とはまるで正反対の人間で友人は多く、運動神経もよく、努力家だった。


人間は何故こんなにも差が生まれてしまうのか。天を恨む気持ちで嫉妬の思いを募らせながらも、やはり美智瑠のことはとても好きだった。私にはかけがえの無い友人だ。


中学に上がれば複数の小学校から人が集まって美智瑠とは疎遠になった。私はもう勉強するしか無かった。受験期に入り18時から23時まで勉強する生活。正直心は死んでいた。


成績が伸び悩むと母は溜息をついた。深夜まで勉強して成績を上げていくしか私の存在意義はなかった。


思えばこの頃から私は統合失調症を患っていたのかもしれない。


言われてないはずの悪口。永遠に耳に囁かれる。「お前は存在価値がない」「お前は永遠に孤独だ」「お前は人から好かれない」「お前には取り柄も何も無い」「死んでしまえ。その方が楽だ」ずっと聞こえていた。

それでも知らないフリをして生きていた。


親には言わなかった。

昔から悪口を言われたと言えば、「それはお前に非がある」と言われ、慰めてもらうことや、「それは違うよ」の一言を言ってもらえなかった。弱いのは許されない。


更には「お前はなんでそんなに人間関係が下手くそなんだ」と延々言われていた。


嫌でも反抗期はきた。


それから親とは毎日喧嘩するようになっていった。


高校は行きたくないところを選んだ。美智瑠と同じところだ。私には美智瑠が居ないことによる人間関係の不安の方が大きかった。辛かった。苦しかった。

自分には到底似合わないセーラー服。皺で見栄えの悪くなったスカーフを襟に巻き付け結ぶ。

……本当に似合わない。


少し薄汚れ足底が黒ずんだ白い靴下を履いて進路届を塾に提出する。特に何も言われなかった。私の学力では妥当と判断されたのだろう。

どこまで行っても私は何も出来ない人間だと通算させられ悔しさが込み上げてきた。

歳を重ねるごとに私の卑屈さは悪化していたと感じる。



高校は普通に合格した。受験をしながらこれは受かるなと確信していた。


高校で私は変わるんだと思って意気込んだ。

幸いにも友達ができた。偽りの自分で。


でも私は孤独が嫌いだった。耐えれなかった。

だから群れた。群れにいるしかなかった。

それなのにどこで間違えた?


私は友人に裏切られた。皆が私を無視した。

笑顔は作れてたはず。話題にもちゃんと乗っていたはずなのに。

私のアイデンティティは確実に崩壊していった。


友人に裏切られ居場所を失った私はネットに逃げた。ネットにいると独りじゃないと感じて楽だった。誰もが皆群れあい慰めた。それが良いとは今は思わない。薄っぺらい言葉をベラベラと並べてそれに気持ちよくなるだけ。

それでも私はスマホを一時も離さずネットの人と話していた。そうしていくうちに本当に孤立した。


私は私が何かわからずただひたすらに偽りの自分を発信するばかりだった。



そんな時に初めて恋人が出来た。

但しネットだけれど。それでも嬉しくて毎日連絡していた。


その人は心が病んでいた。よく喧嘩すると腕を傷つけていた。やめて、とメッセージに送る日々にやがて嫌気が差してしまっていた。最終的には他の女の子と付き合い始めた。別れていないのに。


昔から感化されやすかった私は、苦しければ腕を傷つければいいのだと、傷つけるようになっていた。癖になっていた。腕には常に絆創膏が貼られていた。


最初こそ親に隠せていた。隠すしか無かった。

親には私の気持ちは分からない。分かるはずがない。腕を切らなければならないほどの精神状態を理解してもらえるわけがなかった。


だから腕を切るんだ。理解されないから。苦しいから。自分を慰めるにはこれしかなかった。生きるためにはこれしか無かった。


その日も495円で買った小さいカッターの刄を肌に当てていた。



その時



扉が開いた。









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