銅貨一枚の為に

椎尾光弥

プロローグ

「ねぇ、おじさん達! 冒険者だって本当!?」


 小さな村の宿。


 食堂で団欒としていた2人組の男女へと、話しかけた少年が1人。おじさんと呼ばれた男は、困ったような笑みを浮かべて応える。


「あぁ、まぁ、冒険者と言えなくも無いなぁ。今は、人探しと休暇中だが……いや、坊主に言ってもしゃぁ無ぇか」


 男は、歯切れの悪い回答をする。実のところ、彼らは冒険者では無く旅人であった。が、子供にその区別は付きにくいモノ。夢を見る少年に気を遣い、曖昧に濁したのである。


「わぁ! すごいすごい! ね、ね、冒険のお話聞かせて! ボクもね、冒険者になりたいの!」


 件の少年は、そんな男の気遣いにも気付かず冒険譚をねだる。小さな村の子供に娯楽など満足にあるはずもなく、冒険者の話などはそんな子供に最適な娯楽であった。


 故に、無理にでも聞かせてもらうのは特別おかしな事では無い。かく言う冒険者も、大抵は自分らの武勇伝を鼻高々に語り聞かせ、賞賛される事を好む。よって、自然と両者に利が生じる。少年もそれを本能的に理解っているのだ。


 しかし、この2人組は違った。なにせ秘匿であり大切な旅の途中。子供は話を広げたがるのもあって、おいそれと自分らの旅の道中を語る事は憚られた。


「……ほぅ、冒険者か。なら、強くならなくちゃなぁ」


 男は、話を逸らす事にしたらしい。子供など、すぐに興味が移り、話が二転三転するものと考えての事であった。


「うん! だから、だからね! い〜っぱい走ったり、剣の練習をしてるの! この前なんて、お父さんにも勝てたんだよ!」


 上手くいったらしい。少年は自分の頑張りや出来た事などを鼻高々に言って聞かせる。


 側から見れば、子供と冒険者の一団の立場が逆転しているように見えるだろう。冒険者も、結局のところ子供と変わらないと言う事か。


「それは偉いですね。でも、冒険者になるには教養も必要ですよ?」


 それまで微笑ましく見守っていた女の方が、諭すように、しかし説教臭く無いように注意して言葉を紡ぐ。


「きょうよう?」


 少年は小首を傾げてオウムを返す。


「勉強もしなくてはいけない、と言う事です」


 少年は「ウゲ〜」という顔をして、舌を垂らして見せる。

 子供らしく、微笑ましい光景であった。


 実際のところ、冒険者は多様な知識を必要とする。

 武具の扱いから野宿、経済、文字の読み書き。

 モンスターや薬草に対する幅広い知識、魔法への理解……


 これらは自らの身の安全へと直結し、怠れば悲惨な末路を辿る。経済などもよく知らねば、それはカモにされるのみ。


 《冒険者とチェスをしろ》などと言われる程度には、戦略性、判断力、大局を見る力は高い。


 また、先の魔王が英雄によって倒されてかれこれ20数年。モンスターも弱体化しているとは言え、脅威には変わりない。


 とは言え、知識と実力さえあれば1代で財を成す事も可能。小さな村から英雄と呼ばれる冒険者が出たとなれば、国からの特別金により、村は数10年と安寧を手にする。


 意外にも、子供が冒険者になりたいと言って親が応援するのは、こういう背景があっての事でもある。


「……坊主、手ぇだせ」


 男が、イスの横に立て掛けてあった自分の鞄を漁り、少年に手招きする。


 女の方は、その男の行動を一瞥して何かを感じ取ったのか、はたまた往年の経験からか、少年を促した。


「? なになに? 何かくれるの?」


 少年はというと、少しの困惑と多量の期待を抱いていた。大人しく手のひらで受け皿を作り、男の前に差し出して見せる。まるで、エサを待つ雛鳥のようであった。


 男は握られた手を少年の手のひらの上で開き、その中身を受け皿に落とす。少年は、少しの重みとヒンヤリとした感覚を覚えた。


 手のひらを見ると、そこには革紐のついたペンダントと、金・銀貨が1枚ずつ乗っていた。


 余談だが、銅貨100枚が銀貨1枚。銀髪100枚が金貨1枚と同等の価値である。少年の小遣いはせいぜい銅貨5枚。金貨はおろか、銀貨すら見たことも無かった。故に


「きれ〜なメダルだぁ! このペンダントも! くれるの!?」


 少年の目には、ただの宝物にしか見えなかったのも納得である。ピカピカと光る丸い金属板を、少年はジっと見つめる。いつの時代も、人は金や銀の輝きに惹かれるようだ。


「あぁ、大切にしろよ? 特にそのペンダント。いつかきっと必要になるだろうからよ」


 男は軽い口調で首飾りを示す。涙型の石を金属の留め具にはめ込み、革紐を通した素朴なペンダント。一見するとどこにでもありそうなモノだったが、妙な魅力を持っていた。


「うん! 宝物にする! ……あ、ねぇ! お姉ちゃん! 着けて着けて!」


 少年は、女にペンダントを両手で渡し、後ろを向いて見せる。男に頼まなかったのは、そう言うモノに疎いだろうと子供ながらに思ってか、それとも小さいながらも少年も漢だったと言う事か。


「ふふ、良いですよ。ここをこうして……」


 頼まれた女はと言うと、"お姉ちゃん"に気を良くしたのか、ニコニコと少年に首飾りを着ける。男と女はほとんど同い年なのだが……


「はい、出来ましたよ。前になって見せて下さい♪」


「ありがとう! どう? どう? 似合ってる?」


 少年は無邪気にはしゃぎつつ、女へと向き直る。

 もし今、ここに都会の男女がいたら、彼らの目には、買い物で彼女が服を見せてくる光景に重なっただろう。


「ええ、とても。……私も、何か贈りましょうかね。何か欲しいモノ、したい事はありますか?」


 無垢な少年だからこそ、こういう聞き方ができるのである。男が心の中で"良いなぁ"などと思っていただろう事は、想像に難くない。


「んっとね、ボク、冒険者になりたいの!」


「ええ、そうですね」


 女はニコニコと少年の言葉に耳を傾ける。"先程に聞いた"などと言わない辺りに、女の優しさと人間性が垣間見える。


「物は今もらったからいらない! したいことは……剣とかは自分の力でやりたいし、勉強も楽しちゃダメだって言われたし……」


 女はウンウンと頷き、男の方をチラリと見る。言外に、"小さいのに、何処かの誰かさんと違って立派な考えですね"と言っているようであった。男は目を逸らした。


「……では、おまじないをしてあげましょう」


 女は横に立て掛けてあった杖を手に取り、膝に乗せる。


「おまじない?」


「ええ、おまじない。元気と、勇気が出るおまじない。どうですか?」


 女は、歌うように少年へと言葉を投げる。

 少年はと言うと、若干訝しんではいた。が、女の雰囲気から何かを感じ取ったのか、喜んで"おまじない"をしてもらう事にした。


「うん! それがいい! おねがい!」


 少年はワクワクとした様子で目を輝かせる。訝しんでいたのが嘘のようだ。やはり子供ということか。


「では……」


 女はゆっくりと椅子から立ち、少年の前にしゃがむ。少年の目と女の目がパチリと合う。一般の漢ならばドキリとするであろうが、そこは無垢な少年。一切動じない。


 女の顔立ちは整っており、神性を感じさせるものであった。肌、髪は共に白く透き通っているようで、白を基調とした服に溶けるよう。眼は金に輝き、宝石か太陽のようだった。


 要するに、美しかった。それなのに人が集まってこなかったのは、男が威嚇していたという理由があるのだが……子供にそんな事が分かるはずも無し。子供には勝てないと男は結論付けていた。


 さて、その女は少年の頭の上に手のひらをかざし、呪文を唱え始める。魔法の詠唱ではなく、僧侶や賢者の神聖魔法と呼ばれる類の呪文。即ち、祝詞だ。


「遍く光の精霊よ、明日を夢見るこの者へ、その力を分け与えたまへ……」


 女の手のひらから淡い光が漏れ、雫が落ちるように少年の頭へと吸い込まれる。少年はくすぐったそうに目を瞑り、その温かく慈愛に満ちた光を心の奥底で感じていた。


「はい、良いですよ。いつもより身体が軽くなったでしょう?」


 女は祝詞を詠み終えると、やはり微笑みながら問い掛ける。


「ん〜、本当だ! なんか分かんないけどフワフワする! えと、これがからだが軽くなったって言うの?」


 若干、身体が軽いの意味とは物理的に違いそうであった。が、女は"そうです"と断言した。男は苦笑し、少年の頭を乱雑に撫でる。


「良かったなぁ坊主! 女神様に祝福して貰えて!」


 男は笑いながらそう告げる。


 女神様。現在の崇拝対象。魔王を撃ち倒した英雄に、加護を与えた存在。顕現した事もあり、存在は確かであるというのが一般的である。


 もちろん、英雄譚が大好きな子供らが知らない訳もない。


「めがみさま? このお姉ちゃんが? すごーい! こんな村で何してるの!?」


 少年がはしゃぐのも必然。確かに、女の顔立ちは女神らしくもあったので、信じてしまうのも無理は無い。


「はぁ……また貴方はそんな冗談を。幼気な少年が信じてしまったでは無いですか」


 女は口を尖らせて男を責める。タチの悪い冗談だ。ある一定の人々からは"万死に値する"という裁決を言い渡されそうである。


「めがみさまじゃ……無い、の?」


 少年の純粋な心が割れる音が聞こえる。これには男と女、双方に痛恨的ダメージ。


「あぁ! 悪い! 悪かったって! え〜と、ほら、飴! 飴やるから!」


 男は慌ててポーチを探り、行動食の麦芽飴を見せる。物で釣ろうという魂胆だ。大人らしく、汚い。


 が、しかし。少年のような農民の息子には、飴などは手を出さない贅沢品。気を良くして、男の手から麦芽飴の瓶を受け取る。


「じゃあいいよ! 許す! ありがとうおじさん!」


 受け取った瓶を繁々と眺め、ひと舐め。みるみる笑顔になる少年。飴色の麦芽飴を、近くの窓からの陽光に照らして目を輝かせてご満悦。


 男はホッと息を吐いた。


「あぁ、それと坊主」


 男は少し神妙になって、少年に声を掛ける。


「なぁに?」


 少年は瓶を下ろし、首だけを男へと向ける。


「俺はおじさんなんて歳じゃあ、断じて無ぇ」


 少年の目をしかた見て、"断じて"を強調して言う。


「じゃあ……お兄さん」


 少年は少しだけ考えて、男に聞き返す。


「あぁ。何だ?」


 男の声の調子が少しだけ上がり、女から見ればかなりの上機嫌と捉えられる。単純な男である。


「いくつなの? ボクは6つ!」


 小さいながらも《人に名を聞くときは、自ら先に名乗る》の精神に則って年齢を聞く。冒険者としての心得を、幾つか知っているのか、それとも人柄か。


「ええと、そうだな……アレが20と幾つだ?」


 男は女に視線を向ける。


「今年で23年ですね」


 意図を汲み取って、女が短く答えた。


「もうそんなにか……じゃあ、俺は59歳だな」


 男のは空をなぞりつつ、年齢を足し合わせて答えた。

 因みに、"お兄さん"と呼ばれる年齢を常識的に考えると精々25までである。故に


「ボクのお爺ちゃんと同じぐらいじゃんか!」


 こう言う返事が返ってくるのは必然と言える。村の平均的な没年齢が60という事実から考えれば、寧ろ高齢。冒険者はおろか、旅人として生活しているのが不思議なぐらいであった。


 が、男の顔つきは30代の渋く精悍なソレ。この調子だと、女も幾つなのか……


「ヤメロォ! まだ俺は60じゃ無ぇ! よって"お・に・い・さ・ん"だ!」


 と、男の魂からの叫びと彼らの笑い声によって部屋は満たされた。




 それから10年———


 6歳の少年は16歳の逞しい青年へと成長していた。


 スラリと長い足。首からは少し古びた革製のペンダント。キラキラと輝く金髪。蒼い切れ目。優しそうな、整った顔立ち。


 一言で表すならば、聖人、イケメン……etc。


 因みに、"逞しい"と表したのは、細身ながらもシッカリとした肉が付き、外見以上に頼もしい背中だからである。


「あの時の2人組……今思えば本当に女神様と英雄だったのかも知れないな」


 ペンダントを手のひらに乗せて眺めつつ、少年あらため青年はひとりごつ。

 場所は王城、謁見の間の控え室。



 青年は、勇者であった。



 あの2人組と話して数日。少年の剣技、筋力、精神力が飛躍的に向上した。3年もした頃には、王都の兵士を負かす程に強くなったのだ。


 少年は、勉学にも勤しんだ。あの、白衣の女冒険者の言葉を理解したからだ。彼は、本気で冒険者になりたかった。


 又、父が"王都の兵士1人がなんだ、ゴブリン数匹と変わらん"と叱責したのもあって、少年は力を驕る事無く力を付けた。


 14となった年、晴れて冒険者となった彼はメキメキと腕を上げ、地方でも優秀な冒険者となった。


 が、それは長く続かなかった。


 と言うのも、彼が16になろうという時、魔帝と名乗る魔物が別世界より現れ、彼らの世界を侵略した。


 各国の軍や冒険者達の抵抗も虚しく、魔帝の軍団は大陸の半分を一夜にして掌握。彼の国以外はほぼ壊滅状態であり、魔帝による植民地化が始まっていた。


 既に青年の村はその波に飲み込まれ、地図から消えている。ちょうど王都へ納税しに来ていた為、彼の家族は無事であったが。


 ……その他多くの村人は食い殺されるか、動く死体にされた。幼なじみのあの子も、例外では無かったようだ。


 後に、魔帝の世界は"魔界"と称され、数多の討伐隊を飲み込むに至る。


 そして今年、王城から呼び出しの手紙を受け取った。宛先に"勇者■■■■様へ"という文字のある。手紙の内容はそれ以外に無く、"詳しくは王城で"との事だった。


 噂では、女神が顕現して勇者の存在を告げたのだとか。

 女神は、白髪に金眼、白を基調とした服装だったという。


 青年は覚えがあり、少年の頃の英雄への憧れを思い出しつつ王城へと向かった。


 そして、"お仲間を呼んで参ります"と言われてから、小一時間以上待たされて今に至る。


「暇だ」


 青年は手の上で炎の花を作りつつ、天井を見やる。

 ずっと1人で待たされて、そろそろ本当に暇になってきたらしい。


 しかし、その暇な時間も、けたたましい音とともに消え去った。


「ぃよう! 邪魔するぜ勇者様!」


 扉を乱雑に開きつつ、入ってきた筋骨隆々な男が放った言葉がコレだ。


 やはり自分が勇者なのかと、嬉しいような不安なような気持ちを抱きつつ、男へと言葉を返す。


「やあ、初めまして……って君か! 勇者様なんてやめてくれ」


 男と青年は初対面では無かった。魔帝侵攻の国境防衛戦で共闘した、顔見知りだった。


 巨大な戦斧を振り回し、敵を撃ち破る突破口を切り開いていた事は記憶に新しい。


「ぁんだよつれねぇなぁ。格好良いじゃぁ無ぇか勇者様。欲しくて手に入る称号じゃぁ無ぇんだぞ?」


 男はそう言いつつ、近くにあった丸椅子へと乱暴に腰を下ろす。椅子が嫌な音を立てたが、男は気にした様子もない。


「まぁ、そうだけどなぁ。ところで、仲間って言うのは……もしかしなくても?」


「俺の事だろうよ。戦士役ってとこか? 後はあの性悪女と、救済者様だってよ。豪華な面子だなぁオイ勇者」


 冗談めかして、戦士だという男が言う。


「性悪って……それは君に対してだけだろう? 自分にも他人にも厳しい、素晴らしい女性だと思うけどな」


 崩壊の魔法使い。


 戦士の言う性悪女とは、おそらくと言うか確実に彼女だろう。性格が真面目というか、合う人が少な過ぎてパーティーに属さない魔法使い。


 "崩壊"という不名誉すぎる二つ名も、彼女の使う"崩壊"魔法とパーティー"崩壊"を掛けた洒落である。因みに、本人は結構気に入っていたりする。


「ないないないない! 何で"素敵な"って形容詞がアイツに付くのか、理解できねぇ」


 戦士は手と首をブンブンと振る。


「本人に聞こえるよ」


 チラリと勇者が扉を見ると、戦士が反射的に身構える。

 そこに居たのは、三角帽子を被った不機嫌顔の女。


「悪かったわね、性悪で。ねぇ脳筋さん?」


 魔法使いはニッコリと笑って見せる。後ろから黒いオーラが見えるのは気のせいだろうか、いや、気のせいでは無い。


「わ、悪かっ」


「問答無用ぉう!」


 魔法使いの目には戦士しか映っていないらしく、火の玉魔法を連発している。魔法使いにしてはかなり手加減しているらしく、当たっても火傷で済むぐらいだろう。


「ギャアアァァァァアアア!! テメッ、それ本気で撃ってくん、ヤメッ、勇者! おい! 笑ってんなよ!」


 戦士は火球を斧で捌きつつ、勇者に助けを求める。

 が、まぁ、酒場や冒険者ギルドでもあんな調子なので、勇者に止める気はさらさら無かった。


 よって傍観。一応、城の調度品などを壊さないように、火球の動きを警戒していた。が、あの2人がそんなミスをするはずも無く、杞憂に終わる結果となるのは明白であった。


 それに、勇者は2人を簡単に止める方法を知っていた。

 故に、あと1人が来たら止めれば良いか程度にしか考えていなかった。


 しかしそこで、虫の知らせと言うか、扉をふと見ると、白い修道服に身を包んだ少女が見えた。もう1人の仲間、救済者と呼ばれるレジェンドの冒険者だ。


 特定のパーティーに属さない点では、魔法使いと同じであるが、理由が違う。レジェンドにも関わらず、初心者から中級者のパーティーに補助として加入し、冒険者の生存率向上に尽くした、言わば英雄である。


 "救済者"と言う二つ名も、彼女に敬意と尊敬の念を込めて親しまれている。まぁそれに比例して、彼女の本名を知る者はそう多く無いが。


(……そろそろ止めるか)


 勇者はそんな事を思いつつ、必死の攻防じゃれ合いを続ける2人へとある言葉を投げかける。


 それは———


「2人とも、相変わらず息ピッタリだね」


 さて、こんな言葉で2人が止まるわけが無い。冒険者に関わらず、ほとんどの者がそう思うだろう。して、結果は


「「それは無い!」」


 2人が声を揃えて否定すると即座に互いに距離を取り、口論を始める。

 どう見ても息ピッタリである。


(わかりやすいなぁ)


 何を隠そうこの2人。幼なじみである。犬猿の仲ではあるが、2人の会話をよく聞くと、所々に相手を思いやる感情が見え隠れするのである。


 非常に初々しく、冒険者ギルドでも一部の層に人気がある。その為、書籍化されてベストセラーとなっているのだが……本人達は気付いていない。


 因みに、先に挙げた救済者。彼女はその書籍の作者である。勇者の仲間がこの2人であると知った瞬間、王城に突撃して土下座で編入を希望したという経緯があるのだが……それは別の話。


「すみません〜! 遅れました〜!」


 と、2人の熱い攻防じゃれ合いが終わったところで、救済者の少女がパタパタと部屋に入ってくる。遅れた理由は旅の成功への祈りと尊さであるのだが……まぁ、後者の理由が大きいのは想像に難く無い。


「やあ、久しぶりだね。■■■」


 勇者が、救済者の名を呼ぶ。彼が名を知っている理由は、単純にギルドへの編入日が同年同日だからである。何なら、最初期の頃はパーティーを組んでいた。


 それから2人のパーティーは腕を上げ、2人とも一年でレジェンドとなった。しかし、それが元で賞賛の声に嫌気が刺し、パーティーは逢え無く解散。勇者は生まれ故郷へ。救済者は、冒険者の生存率向上の為に各地を転々とした。


 ここで付け加えておくが、彼らが冒険者となったのは14の時。僅か1年と半年程でレジェンドとなった事は、異例中の異例である。


 確かな腕と、その人柄。さらにはかなりの幸運を持ち合わせていなければ、そんな事は不可能であった。それも、彼が勇者故か。はたまた運命の神がそうするように仕向けたか。


 真実は神のみぞ知る。


「お久しぶりです■■■■さん。……それと、これからは僧侶と及び下さい、勇者様」


 救済者は勇者の名を呼び、それからあえて"勇者様"と呼ぶ。語弊がありそうだが、嫌味も他意も感じさせないのは彼女だからだろうか。


「僧侶呼びは分かったけど……敬称呼びはよしてくれないかい? 仲間なんだから、立場は同じだろう?」


 昔から僧侶は、人を敬称で呼んでいた。が、流石に勇者も、様付けはむず痒くなったらしい。若干顔を顰める。


「いいえ勇者様。勇者とは特別な称号であり、女神様の御力を与えられた尊き存在。それを敬称も無しに呼ぶ事は、孤児院で育った私には憚られます」


 僧侶はフルフルと首を振り、彼女にしては珍しくハッキリと拒絶する。


 まぁしかし、女神信仰の盛んな教会。つまるところ孤児院育ちであれば、それも納得できるというもの。


「そうか……」


 頭では納得できるが、どこか腑に落ちない気持ちでそれだけを返した。


「おう、全員集まったな! 俺と面識が無いのは……救済者様だけか! よろしくな、戦士だ!」


 と、戦士が魔法使いへの口撃をやめて僧侶へと話しかける。後ろの魔法使いは負けたのか、片頬を膨らませている。


「ええ、よろしくお願いします戦士さん。私の事は僧侶とお呼びください」


 僧侶は微笑みつつ戦士と握手を交わす。戦士の頬が緩んでいるのを見てか、魔法使いが両頬を膨らませた。


(なんでこれで付き合って無いのかなぁ……)


 勇者どころか、事情を知る冒険者達は皆そう思っている。

 いるのだが……戦士が魔法使いを、良くも悪くも幼なじみとしか捉えていないのだ。それに加えて、色恋沙汰には鈍感というのも挙げられる。


(罪な方ですね……尊いです。今回の旅道で何か進展があれば良いのですが……)


 僧侶はそんな事を思った。


「それと……貴女も、顔を合わせるのは初めましてですかね。よろしくお願いします」


 又、同時に、魔法使いから嫌われるというのはファン精神的にも、パーティー的にも良く無いと考えた僧侶。魔法使いへと歩み寄りの精神。


「……魔法使いよ。よろしく」


 が、案の定というか何と言うか、魔法使いの返事は素っ気ない。そこで僧侶は魔法使いに近づき、こう耳打ちする。


『邪魔立てする気はありませんよ』


「なっ……なぁっ……そ、そんなんじゃ! 無い、わよ……」


 魔法使いが分かりやすく照れる。勇者と僧侶の目からは、魔法使いの頭からの湯気が見えていた。


「?」


 もう一度言うが、戦士は鈍感だった。




「皆様、お揃いでありますか! これより、謁見の間にて王様より直々にお話があるとの事! ご案内いたしますので、私めについて来て下さい!」


 一頻り、パーティーで顔合わせが終わったところで、城の兵士が迎えに来た。勇者が待たされてから、実に1時間後の事であった。


「じゃあ皆んな、行こうか」


「やれやれやっとかよ。王様がおめかしでもしてたのかね」


「待ちくたびれたわよ」


「まあまあ皆さん。あちらも勇者様一行を迎える、準備というものがお有りでしょうし……」


 勇者が皆に声をかけると、戦士は皮肉を。魔法使いは文句を。僧侶はフォローを入れる。この中で1番待たされた勇者は、特に何も言わなかったあたりに人柄の良さが伺えた。


 それはさておき、彼らは兵士について部屋を出た。

 だだっ広く長い廊下に、5人の足跡だけが響く。


 やがて兵士は、装飾のされた大扉の前で立ち止まる。


「こちらであります! 失礼ながら勇者様方、王様にくれぐれも御無礼無きようお願い致します!」


 兵士はそう言うと敬礼をし、扉をノックする。

 良く訓練された、キビキビとした動きからただの一兵士では無い事が伺える。


「ああ。約束しよう」


「ありがとうございます! とばっちりを受けるのは我々近衛兵でありますので!」


 兵士は図太い神経をしていた。


(現金な人だなぁ……)


 勇者がそう思っている間に、大扉が開き始める。

 この先は謁見の間。扉の隙間から赤い絨毯と豪華なシャンデリア、そして玉座に座る男が見える。



 今、物語が始まろうとしていた!

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