第7話

(7)終わり 百日紅の下で



「それでいくら程、あのご一族から頂戴したんかね?」

 角刈りの髪をそろえた眼光鋭い年老いた男が若者を見ている。唯その眼光は鋭いが決して何か睨みつける様なものではなく、目の前に座る若者に対する尊敬と言うか、知性への叡慮を感じる。

 そんな男の目の前で腰かける若者は縮れ毛を気にしながら髪を掻くと、首に手を遣ってぴしゃりと音を立てた。どうもそれが若者の心の乱れと言うか精神を纏める癖なのかもしれない。 

 少し瞑目するようにして瞼を閉じると直ぐに目を開き眼光鋭い男に言った。

「いえ、いかほど何て…古賀さん、貴方が考えているほどこの四天王寺ロダン頂いてはいませんぜぇ」

 どこの訛りともいえない口調で若者は言った。


 ――四天王寺ロダン


 彼は自分の名を言った。

 それはまるで奇妙な姓に妙なる名。

 そんな縮れ毛の若者に男が言う。

「そうかい?しかしながらあれは二十年前、博多天神にある百貨店に貸し出された宮家所縁の宝石類。それが時を経て手元に返って来たとなれば…あのご一族から、手土産なし――つまり無料って訳はあるまいよ」

 男に言われて若者は髪を掻く。

 その仕草はもうこれ以上の質問は御免被るという誠実な態度が現れている。

 それに気づかない男ではない。男は大きく息を吐いた。

「まぁ良いさ。どちらにしても皆ハッピーエンドだ。あちらさんも…俺も」

 男は言うと若者を見た。

「…で、訊くがな?どうして盗まれた宝石類が万次の故郷にあると思ったんだ?」

 男はじろりと若者を見る。

「どうなんだい?四天王寺ロダン君よ」

 ロダンと言われた若者はアハハと笑いながら髪を掻く。掻きながらやがて人差し指、中指を立てVの字にして男の前に差し出した。

「古賀さん、僕ね。貴方が、そのぉ…小暮万次の捜査していた記録を見せていただいたでしょう?その時、色んな箇所を読みふけると実に小暮万次と田中日出夫の間に不可解な手紙のやり取りが在るのですよ」

 言ってからロダンは人差し指を折る

「一つは愛犬の死です。これは臭いなと思いましてね。手紙には愛犬が死んでそれを百日紅の木の下に埋めて欲しい、だが火葬はするな!!でしょう?」

 次に中指を折る。

「それと木地蔵の事です。木地蔵は毎日どんな時も願を掛けに拝みに行けでしょう?それって何だろうと思いません?何ゆえに万次自身がこしらえた木地蔵を拝む必要があるんです。それも毎日ですよ」

 折った指を拳のままロダンが言う。

「それって両方万次がムショを出るまでの互いの暗号的策略だと思ったんです。

 おそらく万次は弟弟子だった日出夫を抱き込んだんでしょうね。彼は強盗犯では無かったが、しかし二人であの地蔵の下に宝石強盗の仲間達を出し抜いて共謀して金庫を埋めたんです。まぁ万次が日出夫をそそのかしたんでしょう。いずれムショから出てきたら金を山分けするとか言ってね。

 日出夫も自分の手を汚さず、大金が入ればとどれ程のことかと魔が差したことでしょう。但しですが、金庫の鍵はどこかに万次が隠した。他の強盗仲間達に決して分からせないよう、自分だけが分かるように」

 若者はそこで大きな息を吐くと話しを続けた。

「盗難騒ぎの起きた直後では例え盗んだ宝石類であれば直ぐに裏を通じて現金化するのは難しい。だから時間をゆっくりかけて世間がそんな事件すら忘れた頃に現金化しよう。ではいずれかの時に隠した鍵を見つけた際の二人だけの暗号的手段を使う連絡場所として愛犬をあの百日紅の場所に埋めた。つまり骨としていつまでも残る様に。まぁ愛犬を埋めた事はある事実に対するフェィク、つまり『鍵』はこにあるぜ!という犯罪に加担したもの達への万次が施したミスリードです。

 そりゃ三億円相当の宝石類ですからね。仲間が躍起になってムショを出て探しに来るかもしれない。三億ですよ、ムショから出て来ても未練があるに決まっていますよ。だから簡単には分からぬよう愛犬の死と埋葬は鍵の所在を伝える為の二人の暗示的場所に仕立てたのです。まぁその暗示方法はいつか時が来たら愛犬の死に場所に万次…つまり自分が隠した鍵についての暗示を日出夫に示すというね。

 日出夫はそ知らぬふりをしていましたが、万次は既に獄中にいた訳です。だから彼の役目は金庫が誰かによって荒らされないか、そのガードマンに徹したのですよ。つまり足を曳きづる様に跛行して彼は二十年毎日真言の願の成就を成す為に地蔵祠に行っていた訳じゃない。彼は地蔵祠が誰かによって荒らされていないか、その確認をするために毎日、雨の日も風の日もまるで宮沢賢治の本の一節の様に健気に通っていたのです。まぁ彼が僕に話したのは彼が作り上げたフィクション。呪法なんてありませんよ」

 そこまで一気に話すとロダンは沈痛な面持ちになった。それはまるで誰かを憐れむ様に。


 ――それは誰か?

 犯罪者へか?

 それとも偽善なる悪魔の様な策略者への哀悼か。


「…ただ、意外な事が起きた。それは新聞に小暮万次が捕まったこと、そして彼が…警察署で自死したことが書かれたことです。おそらくそれを見た日出夫は驚いた事でしょう。何年も地蔵の下で眠る金庫の番人として生きて来たのにここに来てそれが暗礁に乗り上げた。 

 だが、そこに突如僕が現れた。

 そう暗示的記号である、南蛮錠――鍵の無い錠を持って。

 それが言わんとすること、つまり鍵は何処にあるのかと言う事です。日出夫は瞬時に僕の言葉の内に閃くものがあったでしょう。あいつにも不思議だった筈です。

 何故、愛犬が死んだのか?

 それは何かを食べて胃の中の物を吐いたからだ。

 ではそれは何を飲み込んで吐いたのだろう?

 その答えを思うと自分は神か仏に選ばれたのだと叫びたくなるのも分かります」

「つまり鍵だな…」

 ロダンは頷いた。

「そして日出夫は遂に僕が消えた夜中、百日紅の巨木の下で愛犬の骨を探し、見つけ出してその亡骸を探ったが、しかし鍵は無い…その瞬間ですね。古賀さん、貴方が再び背後から鋭い手刀一撃を首に打ち込み、彼を気絶させて御用にした」

「まぁあれもイチかバチかだ。もし無害な事であれば俺がムショ行きだった」

 刑事がふぅと息を吐いた。

「しかしながらそれでやっと二十年前に盗まれた宝石類が保管されていた金庫が見つかった訳です」

 ロダンが刑事の心労を思わんばかりに言う。しかしその口元には笑みが浮かんでいる。

「しかしながらだ、ロダン君。何故地蔵に金庫があると思ったんだ?愛犬の死に何場所じゃなくて」

「人の執念です」

 きっぱりとロダンは言った。

「執念」

「ええ、執念の強い場所こそ、何かある。例え邪であっても強い信念がある場所に何かがある。僕はそう推理のプロットを立てただけで、そして結果としてそうだっただけです。

 万次の隠した鍵は僕が幸い持っていた訳ですから、少しばかり一足先に地蔵下の金庫を見つけ出し差し込んだところ、金庫は開いた。そしたら後は古賀さん、あなたの刑事として長年追い続けた事件と言う執念を実らせようと思って連絡した訳です。

 まぁ結果として古賀さんの執念もまた百日紅の花の様に実って咲いた訳ですね。そして百日紅の言葉の通り、木登り上手な猿共は見事木の枝から滑り落ち地に落ちた訳です。

 さて…古賀さん。僕は未だ旅の途中です。これからどこに向かうかしれません。唯、何処かでまたお会いすることが出来たら、今度は是非何か御馳走して下さい。

 それでは、さようなら、古賀さん。僕はこんな終わりを思うと横溝正史の小説金田一耕助を思いますよ。

「百日紅の下」って作品知っています?そうですか、知らないのですね。では、是非次合う時迄には読んで欲しいですね。そう、互いに今度会う時迄にはね」


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百日紅峠 / 『嗤う田中』シリーズ 日南田 ウヲ @hinatauwo

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