エピローグ 世紀の冒険者
──愛稲の予想通り、僕たちが戻った後のギルドは、大混乱に陥った。
ギルドのお膝元で起きた冒険者狩り。さらにその犯行の被害に遭った活動一週間のルーキーが返り討ちにした──その情報は瞬く間にギルド内だけでなく他の冒険者にまで広がった。
ワープゲートがつながった先は、ギルドとダンジョンを繋ぐ通路の途中で、当然人が多く行きかう場所だった。
気絶した成人男性をひきずる冒険者を見た人々は即座にギルドに通報し、僕達はそれぞれ個別に聴取を受けることになった。
最初はギルド職員だけだったのだけど、その後警察官がやってきたりして、僕の心労はとどまるところを知らなかった。
はじめこそ僕と愛稲が風巻を狙ったのではないかと少しだけ疑われていたのだが、風巻のステータスカードにロックリザードの討伐記録があったことが発覚し、無事に疑いは晴れた。
そのおかげか、僕はギルドの人から治療のためにハイポーションを支給された。一本十万円する代物だ。これで傷を治せということらしく、僕はありがたく使わせてもらった。
しかし、これが罠だった。
その後は僕と風巻の関係や、突如上がった僕のステータスについて尋ねられ始めた。金は払わなくていいから情報は吐けや、ということなのだろう。
事前に決めていた通り、僕は正直に全てを話した。
風巻に追われていたコルを匿っていたこと。その後は家でコルと過ごしていたこと。コルを連れて一緒にダンジョンに潜っていたこと。
それに気付いた風巻にダンジョンのボス部屋で狙われたこと。風巻との戦闘中に見た夢の中で、成長したコルが僕に語りかけ、力を貸してくれたこと。
それを最後に、コルの姿が跡形もなく消えてしまったこと。
一切何も隠さず、全て。僕はこの一週間抱え続けていた秘密を、洗いざらい供述した。
しかし、正直に話したというのに、ギルドの関係者も警察も頭を抱えてしまった。
「それは本当に魔物だったのかね? 君が知らなかっただけで、ただの動物だったとか」
挙句の果てにはそんなことを訊かれてしまって、なおさら僕は困惑した。
「でも炎を吐いていましたよ」と僕が反論すると、刑事は困った顔を浮かべた。
「そっか……炎か……炎を吐いたら……魔物だよなぁ……」
彼の様子に、僕ははてなマークを浮かべることしかできなかった。
警察官の態度を疑問に思っていると、取り調べ後の立ち合いの場にいた山田さんが原因を教えてくれた。
「ギルドが管理するダンジョンの入り口には、魔物の反応を探知する魔道具が埋め込まれているんですよ。当然といえば当然の話ですけどね。しかし、進藤さんがダンジョンに入るとき、コル──でしたか? その魔物の反応は一切なかった。どの日も、どの時間帯も、例外なく、進藤さんはその身一つでダンジョンに潜っていたと──記録はそう告げていました。なのに、進藤さんもお仲間の我妻さんも、目を覚ました風巻容疑者も、みんなその謎の魔物について話す。こちらからしたら困惑せざるを得ません。一連の事件の中心にいた魔物が、姿も形もないのですから」
うーん……コル、本当に何者なんだろう。自分は普通の魔物とは違うとは言っていたけど。そもそも魔物ですらないのではないだろうか。
ただまあ、とどのつまり、「なーんもわからん」ということらしい。だから、「悪事の証拠」のない今回は、実質処分無し──風巻の自供待ちの保留状態──になったということだった。
苦笑交じりに語る山田さんに、僕は深く頭を下げて礼を言った。
頭を上げて「そんな重要なことを話してもいいんですか?」と尋ねると、彼は肩をすくめて。
「今のはただの独り言ですよ。自分の世界に入ると、どうもそうなってしまうのです」
そういう山田さんに、僕は伝えきれない感謝を込めて、もう一度深く頭を下げた。
──そうして、今に至る。
長い取り調べが終わって午後六時。年々激しくなる夏の暑さも、夜の予感になりを潜める頃。
僕はギルドの二階にあるバルコニーで、ステータスカードをぼんやりと眺めていた。
進藤行人
レベル32
攻撃:58→208 耐久:41→173 敏捷:107→308 器用:53→165 魔力:0→96
スキル:短剣術40 スライムスレイヤー 双剣術34
不撓不屈(レアスキル。恐怖恐慌不安に打ち勝ちやすくなる)
ウインドステップ(レアスキル。風属性を保有。魔力消費無し。軽装備時に敏捷に高補正)
念願かなって、僕はレベルアップを果たした。しかも、一つ二つ上がるのではなく、一気に三十以上上がってしまった。恐らく、エクススライムを倒したことが大きかったのだろう。スライムを何千匹と倒したのは無駄じゃなかったんだね……。
ステータスも大きく伸び、もう初心者とは言えない領域になっていた。特に敏捷が凄い。我ながらちょっと引く。
風巻にボコボコにされたからか耐久も大きく伸び、さらにはついに魔力が上がった。いつか魔法系のスキルも覚えたいなぁ。
そう、スキル──。
二つのレアスキルに、ユニークスキル。いつの間にか僕に発現していたものだ。
風巻戦で冷静に思いっきり戦えたのは、この『不撓不屈』があったからだろう。
『ウインドステップ』も、戦いのときに体が軽くなるのを感じていた。
ユニークスキルの
そして──
きっと、このスキルこそが、僕の中にコルが居ることの、何よりの証拠なのだろう。戦闘中に使う機会は少なそうだし、なんならまだレベルが上がりにくい状態なのかと誰かさんに文句を言いたいところだけど──このスキルが僕の中にあることが、堪らなく嬉しい。
結果として、死闘に見合った対価は得られたという感じだ。
レベルは大きく上がって、スキルも強力なものを覚えて、魔物を隠していたことへのお咎めも受けなかった。
ダイアウルフの短剣を始めとした芳樹さんのお下がりが無くなったことは非常に痛いけど、もっと上のランクのダンジョンを何度か攻略すれば取り返せるだろう。それだけ、今の僕のステータスは強力だ。
これで、なんの心配もなく冒険者を続けられる──といいなあ。
「僕、続けられるかなあ」
すでに日が落ち始めている西の空に、鳥の群れが羽ばたいていく。
冒険者狩りに巻き込まれた被害者ということで、僕と我妻さんの家にはギルドが連絡を入れた。入れてしまった。
さすがに「証拠がない」コルのことは伝わっていないと思うけど、それでも僕が襲われたということは伝わってしまったわけで。
これから前田家総出で僕のことを迎えに来るらしい。
今回の話を聞いたら、美紀子さんだけでなく美晴も、ひょっとしたら芳樹さんも僕に冒険者をやめさせるよう言ってくるかもしれない。
『行人くん。今後のことで話があります』
気付けば美紀子さんからそんなメッセージが入っていて、僕は震え上がった。いつも朗らかな彼女が怒るととてつもなく怖いということを、美晴から聞いていたからだ。
そんな彼女に、僕は負けずに主張できるだろうか。
冒険者を続けたい──と。
わかっている。間違っているのは僕の方だってことは。
美紀子さんの心配は至極当然のもので、危険な目に遭ってなお冒険者を続けようとする僕の方が、おかしいのだ。
けれど──コルは言っていた。
僕の器が完成したときに、また会えるはずだって。
器が完成する──それが何を意味しているのかは分からないし、何を達成すればいいのかもわからないけど──なんとなく、予想はついた。
レベル100──大多数の冒険者の限界とされる数字。
コルともう一度会うためには──レベルを限界にまで上げなければならない。
そのためには、もっともっと色々なダンジョンに潜って──強くならなければいけない。
だから、僕の中に冒険者をやめるという選択肢はない。
どんなに危険な魔物が待ち構えていても、僕はダンジョンに潜り続けるだろう。
……心配してくれる美紀子さんには、本当に申し訳ないけど。
決意を新たにしていると、スマホが小さく震えた。
美紀子さんかな、と思って恐る恐る覗くと──そこには愛稲の名前が出ていた。
「──あ、ユッキー! お待たせ」
愛稲に二階のバルコニーにいることを教えて数分。館内につながるドアを開けて、彼女が現れた。
「うわあ、結構いい景色じゃん。知ってたの?」
「さっき、ギルドの職員の人から教えてもらったんだ」
愛稲が表情を輝かせながら、僕の隣に並ぶ。ふわり、と制汗剤の香りが漂ってきた。
愛稲は「ぐへえ」と柵に体をもたれさせて、溜息を吐く。
「いやあ、何人もの大人に取り調べされるの緊張したね……」
「確かにね」
「打合せ通り、コルのことはちゃんと話したよ」
「最後までごめんね」
「共犯者だからいーって。お咎めもなしだからね」
どうにも共犯者という言葉に魅力を感じているように見える愛稲は、にかっと笑った。
「ユッキーも、家の人が迎えに来てくれるの?」
「うん。正直、ギルドの人や警察の人より怖いかな……」
「わかる……冒険者辞めさせられそうだよね……」
愛稲の言葉を最後に、僕たちは互いに無言になった。
夕暮れの風が、夏の匂いを運んでいく。
「……でも私、絶対に冒険者をつづけるよ」
「愛稲……」
「怖い思いもたくさんしたけど……それ以上に、ダンジョンと冒険者に魅力を感じちゃってるし……それに、目指すものが出来たから」
そう語る彼女の表情は、夏の日差しの様にまっすぐで眩かった。
「……僕も、絶対に美紀子さんを説得して、冒険者を続けようと思う」
「そうこなくっちゃ」
僕の答えに、愛稲は嬉しそうに笑った。
「もしどっちも冒険者を続けられるようだったら、今度こそ一緒にロックリザードを倒そうよ」
勇気を出して、そんなお誘いを彼女に伝える。
「……あー、ごめん、それはいいや」
が、愛稲は気まずそうに断った。
……そ、そうだよね。僕なんかと何度も一緒に薄暗いダンジョンに潜りたくはないよね……。
「ちょ、表情から何考えてるか大体察せるけど、違うからね!? 別に、ユッキーのことが嫌になったとかじゃないから‼」
「え、じゃあ、どうして……」
「……変なこだわりは、捨てようと思って」
「拘り?」
「うん。ロックリザードに勝てないから、勝つまで同じダンジョンに潜り続ける、それまでは別のダンジョンに潜らない──なんて、ただの我が儘だった。自己満足だった。挙句の果てには、倒しきれないからユッキーに力を借りる……それも、妥協の産物だった」
だからね、と愛稲は言う。
「私は、もっと色々なダンジョンに潜って、地道でもいいから、ちゃんと強くなりたい。自己満足でも妥協でもない、私自身の手で、成長したい。そうでもしないと追いつけない目標が──憧れが、できたから」
愛稲は潤んだ瞳で僕を見つめた。
彼女の顔が赤く見える。それは、夕日のせいなのだろうか。それとも──
「そっか……わかった。僕もそっちの方がいいと思うよ」
僕が頷くと、愛稲ははにかんだように笑った。
「それにしても、すごい心境の変化だね」
「まあ、私もいきなり意見を変えすぎかなってちょっと思うけどね。でも──」
「──地区大会が世界につながってるって、気付いたから」
愛稲は僕のことを見据え、そう言った。
相変わらず彼女の例えはよくわからなかったけど、その真剣な瞳を見ると、それを指摘する気にはならなかった。
「……僕なんかでよければ、応援してる」
「あはは、むしろめっちゃ嬉しいよ! 絶対にわかってなさそうなのがシャクだけど!」
「えぇ!?」
何か失言してしまっただろうか。戸惑う僕を見て、愛稲は全然怒ってなさそうな満面の笑みを浮かべている。
ますます謎だ……。
「それは置いておいてさ……ユッキーも、ちゃんと強くなってね。次会った時に弱くなってたら、怒るから」
「あはは……大丈夫、そうならないように頑張るよ」
僕が笑うと、愛稲もまた笑った。
そして、彼女のズボンのポケットからピロン、と音が鳴る。
「わ、やば。ママがもう来てるって。じゃあ私、行くね」
「うん──またね、愛稲」
「──えへへ。またね、ユッキー」
走り去っていく背中に、小さく手を振った。
バルコニーに取り残された僕は、また柵に身を預けてただぼんやりと空を眺めた。
それにしても、愛稲が憧れる冒険者かぁ……一体どんな人なんだろう。
考えてみたけど、候補は思い浮かばない。こんど会ったら訊いてみようかな。
──それにしても、たった一週間で、色々なことがあった。
事件は終わっても、その間に積み重ねた経験や、誰かと交わした会話は、僕の中に残っている。
何も持っていなかった僕は、いつの間にか色々な人からたくさんの物を貰っていた。
変わりたかった。弱い自分を、臆病な自分を変えたかった。未来に希望を持てない自分を、変えたかった。
だから、僕は冒険者になって──変わった。
積み重ねた経験が、僕を変えて強くしてくれた。
明日はどんな日になるだろう──不安にならず、素直に楽しみに思えるぐらいには。
「──義兄さぁーん」
ふと、下から声が聞こえた。
見ると、手を振る美晴を先頭にして芳樹さんと、彼に付き添う美紀子さんの姿が見えた。
美紀子さんの表情は……いつも通りかな? いや、それにしてはなんだかいつもより迫力がある気が……背中に何か見え……え、何かのスキルかな……?
美晴の表情もなんだか引きつっていて、僕に同情しているかのような……。
あ、芳樹さんが冷や汗をかきながら苦笑いしてる。
…………。
僕は考えるのをやめた。
迎えに来てくれた三人に手を振って、バルコニーから駆け出す。
心配させてしまったことを、まずはちゃんとみんなに謝って、それからしっかりと僕の気持ちを伝えよう。
大丈夫。きっとできる。だって僕はもう、一人じゃない。
決して燃え尽きない確かな約束が、ここにあるから。
ドクン──と。心臓が、大きくはねる。
「行け」──と、誰かさんに言われたような気がした。
猛き聖火のファンタジア~カースト最下位の成り上がり迷宮譚~ 浦田 阿多留 @jojutsu708
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます