油断大敵6

「くそおおおおお!」


 飛びかかってくる男を剣の鞘で殴って気絶させるルイス。


「ん……この男、見覚えが……!」


 床で伸びている男をよく見れば、それは先刻荷物を持って依頼をしに来たあの男だった。


 その時、レティシアの穏やかな声が響く。


「証拠を見る前に、お前達の計画について私の口から説明してやろう」


◆◇◆


 歯ぎしりをしながらレティシアのことを睨むドミニク。レティシアは高らかに語り始める。


「お前達は外国の金持ち相手に商売をする奴隷商人だ。中央山脈の険しい山道で人を攫い、そのまま外国に売りさばく。あの山道は、熟練の冒険者でも遭難することがある危険な道だ。それ故に、中央山脈に行ったきり帰ってこなくなった者は自ずと『山で遭難して死んでしまったのだろう』と判断される。お前達は誰にも気づかれることなく人攫いができるというわけだ」


「くそ! お前ら何やってる! 早く何とかしろ!」


 吠えるドミニク、しかし仲間の男達はルイスとアンドレアスに為す術なくなぎ倒されていく。


「そしてお前達は奴隷商で得た莫大な利益を誤魔化す為に、様々な手段で資金洗浄を行っていた。この研究所もその為の施設だろう。高性能な研究設備の導入や、大規模な調査を行う際に大金が動くことは何ら不自然では無い。今日、荷物片手に依頼をしに来たあの男はお前達と内通し、スライムの体長の調査という報告書をでっち上げればそれで済む依頼を何度も受注して、多額の資金洗浄を行っていたのだ」


 そう、結果的にだがアンドレアスの『資金洗浄をしているのでは』という予想も当たっていたのだ。


「しかし、中央山脈で人攫いをしていた愚かなお前達は、いつしかあることに気づく。お前達は中央山脈を通る人しか攫えないのだ。美しい娘を攫いたくても、屈強な獣人を攫いたくても、彼らが山道を通らなければ捕まえようがない。そこでお前達は愚かなりに無い知恵を絞って考えた訳だ。適当な依頼をでっち上げて高く売れる人材に山越えをさせれば良いと」


「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! そんなの全部お前の妄想だ! 証拠だ! 証拠を見せろ!」


「証拠ならあるさ! 観念しろ悪党め!」


 そう言ってレティシアは『王国魔物図録1』の箱の中から本を取り出した。出てきたのは紙を紐で止めただけの簡素な本、いや、書類の束と言う方が正しい。明らかに『王国魔物図録1』ではない。


「やはり私の思った通りだ。恐らく帳簿か何かだろう。これがお前達の犯行の動かぬ証拠だ!」


 書類を見せつけるレティシア。


「なるほど。箱入りの本の、箱の中身だけ入れ替えて書棚に敢えて堂々と隠していたのね!」


「あぁ、木を隠すなら森の中という訳だ。しかも『王国魔物図録』は25巻まである大著。帳簿のようにナンバリングをして管理しておきたいものを隠すにはうってつけだ。巻の番号をそのまま利用できるからな」


 そう言いながら書類の束をめくるレティシア。


 しかしドミニクはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。


 レティシアの顔が驚愕の色に染まり、額に汗が滲む。


「っ……これは……!」


「くくく……帳簿だと? 何を言ってるんだこのお嬢さんは。それは正真正銘我々の研究成果をまとめた論文さ! もっとも、貴重なデータを盗まれないように暗号化してあるがね」


 レティシアが広げた書類に書かれていたのは、奴隷の売買の記録などではなく、意味不明な記号の羅列であった。フィーナがキッとドミニクを睨む。


「っ……そんなの無駄よ! あんたさっき『その本に触るな』って焦ってたじゃない! やましい事が書いてある何よりの証拠よ!」


「貴重な研究データの束をガキにベタベタ触られて汚されてはかなわんからな。焦るのは当たり前だろう」


「っ……!」


 震える手でページをバラバラとめくるレティシア。高笑いをするドミニク。


「ページをめくったって同じことさ! さぁ! 適当ないちゃもんをつけて私や仲間に暴行を加えたんだ! どう責任を取るつもりなのか教えてもらおうか!」


「そんな……レティシア……!」


 ならず者達を全員気絶させたルイスがレティシアに歩み寄る。レティシアは震える手でページをめくり続ける。


「……のつき……を……」


「あ? 何をさっきからブツブツと」


「5の月……6日、いやこれは8か……8だな。8日 2、5、2530000、これは価格か? ならこの記号は"ゴル"だな」


 レティシアが何をしているのか理解したドミニクは真っ青になって震え始める。


「やめろ……やめてくれ……」


 その様子を唖然として見つめるルイスとフィーナ。アンドレアスも思わず固唾を飲む。


「2530000ゴル……相場より随分高いな、獣人族か? うむ……この記号が獣人を表してるとすると……うむ、ほかの文章も意味が通じるな」


「まさか……まさかレティシアあなた暗号文を解読しているの!? 」


 青ざめるフィーナ。


「さっぱり分からんぞ……なんでこれが読めるんだ」


 頭を抱えるルイス。


「言っただろうこれは帳簿だと。正体に目星がついていればこの程度の暗号解読などどうということは無い……うむ、うむうむ、少し待て、もう少しで──────」


「や、やめろぉぉおおおおお!」


◆◇◆


「ギルドマスターが他の支部に掛け合ってくれて、近日中に中央山脈で大規模な賊の討伐作戦が行われるそうよ。しかし今日はお手柄だったじゃない、レティシア」


「あぁ、たったあれだけの会話からよくアイツらを捕まえたな。まったく尊敬するよ」


「そうだろうそうだろうそうだろうとも。十分に褒め称えてくれたまえ」


 ドミニクら奴隷商達を衛兵につき出したレティシア達はギルドの受付窓口に戻ってきていた。レティシアは、受付の椅子から転げ落ちそうな程にふんぞり返っている。


「しかしあの面倒臭がりのレティシアとは思えないくらいの行動力だったわね」


「あぁ、特にギルドマスターに声を掛けたのは意外だったな」


「そうね、でもそのお陰で後の流れがスムーズだったし。『年長者の意見を聞く』なんて、レティシアにしては殊勝な心がけよねー」


 フィーナのその言葉を聞いて、レティシアはふんぞり返るのをやめる。


「フィーナ、まさか君はこの私が本気でそんなつもりでギルドマスターに声を掛けたとでも?」


「何よ、違うの?」


 レティシアはやれやれとため息をつく。


「あの程度の厄介事、私一人で十分事足りる。ギルドマスターに声を掛けたのは、私の有能さを見せつける為に他ならない。そうすれば、多少居眠りをしてもお目こぼしを貰えたり、給料を上げてもらえたりするかも知れないからな」


「ふーん、意外と強かじゃない。けど、ちょっと油断が過ぎるんじゃないかしら?」


「は? 油断?」


 レティシアはハッとして、ダラダラと冷や汗を流しながら、油の切れかかったからくり人形のようにぎこちなく後ろを向く。


「やぁレティシア君。今日はお手柄だったね」


「ギギギギギギギギルドマスター!!!???」


 にこやかにレティシアに微笑むアンドレアス。絶望の表情で小動物のようにぷるぷると震えるレティシア。そんなレティシアの様子を見て、ルイスはあちゃーと頭を抱える。


「近日中に領主様から感謝状と報奨金が送られるそうだ。招待が来た時に領主様の屋敷に速やかに出頭出来るよう、心構えをしておきなさい」


「ひ、ひゃい……」


「うむ、そして────」


 レティシアはゴクリと固唾を飲む。


「今回の件の臨時ボーナスとして、1週間の有給休暇を与えよう」


「……はい?」

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受付嬢は受け付けない 酒春 @animasakaharu

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