油断大敵5
レティシアが務める冒険者ギルド キレネラ支部から徒歩15分程の町外れの場所に、その研究所は立っていた。
「これはこれはアンドレアス支部長殿、当研究所へよくお越しくださいました。私は研究所長のドミニクと申します」
「初めましてドミニク先生。急にお邪魔してしまい申し訳ありません」
応接室で握手を交わすドミニクとアンドレアス。ドミニクはメガネをした学者風の小汚い男だった。アンドレアスの後ろにはレティシアとフィーナが控えている。眠たげなレティシアの帽子は相変わらず傾いていて、転げ落ちそうだ。そんな様子のレティシアを怪訝な目で見つめるフィーナは、手に箱を抱えている。
ドミニクとアンドレアスは小さな机を挟んでソファーに腰掛けた。ドミニクが座る後ろの壁には本棚が並んでおり『スライム生態学』『スライムの生物学的特徴』等の学術書が詰め込まれていた。
アンドレアスが咳払いをして口を開く。
「本日お邪魔させていただいたのは他でもありません。我々冒険者ギルド キレネラ支部と、とある協定を結んで頂きたいのです」
「ほぅ、それはどういった?」
「ご存知の通りスライムは王国に広く分布する魔物で、同時に、冒険者が最も遭遇しやすい脅威でもあります。実は、冒険者の死因の2割はスライムだと言われており、冒険者ギルドでは昔からその対策に頭を悩ませておりました」
これは純然たる事実であった。スライムは弱い魔物であるため並大抵の冒険者なら群れを相手にしたとしても負けることは無いが、その遭遇率の高さから冒険者の直接的な死因になることが多いのだ。例えば、強い魔物との戦いや自然災害に巻き込まれることで大怪我をした冒険者がスライムに襲われて為す術なく殺されたり、野宿をして居る時に音もなく近づいてきたスライムにいきなり殺されたり等、低級の魔物だからといって侮れないのが現実だ。
「なるほど、それでスライムを専門に研究している我々と協定を結ぼうと言うわけですね?」
「はい、端的に言えば、我々が研究資金を援助する代わりに、有益な情報を教えて頂きたいというわけでございます」
「なるほど……少し考えさせて貰えますか?」
そう言って、ドミニクは顎に手を当てて考え始めた。レティシアは穏やかにその様子を見つめる。程なくして、レティシアは静かにドミニクに問いかけた。
「最近はスライムの大きさについて研究されているようですね」
「ん……ああ、ええ。王国全体でのスライムの大きさの分布からスライムが大きくなりやすい条件を調査しているのです」
「なるほど、この辺りのスライムは南のスライムに比べてやはり大きいですか?」
「ええ、よくご存知ですね。キレネラは王国の北の方、つまり寒い地域にあります。寒い地域に行くほど動物が大型化するという生物学の法則がありますが、その法則通り、この周辺のスライムも南側のスライムに比べて大きいですよ。やはり先人の知恵は偉大ですね」
「なるほど……」
それを聞いたレティシアは、静かに帽子を脱いだ。
次の瞬間、黒い影が凄まじい速さで窓ガラスを割って応接室に突入してくる。呆気に取られるドミニク。ドミニクをしかと見据えるアンドレアス。黒い影は瞬く間にドミニクに肉薄し、抜きはなった剣をドミニクの首元に突き立てた。
「動くな! フィーナ! ロープを!」
「任せて!」
黒い影の正体はルイスであった。フィーナは抱えていた箱からロープを取り出しドミニクを拘束する。
「ア、アンドレアス殿、これはどういうことですか!」
「ドミニク先生、あなたには人身売買への加担の容疑が掛かっているのです」
「っ……!?」
ドミニクの顔が険しく歪む。レティシアが帽子を戻しながら口を開く。
「一般的に、スライムのような変温動物は寒冷地に行くほど小型化する傾向がある。ここキレネラの街のスライムが例外的に大きいのは、ここ周辺の大気中の魔力が濃いことが理由だ。……ちなみに北側に行くほど大型化するのは熊などの恒温動物だ。学者のフリをするなら、本を飾るだけではなくしっかり読むべきだったな」
「ぐっ……ぐううぅ! お前ら! やってしまえ!」
ドミニクが叫ぶと、レティシアの後ろの応接室のドアが開き、人相の悪い男達が武器を持って突入してくる。
「下がれ! レティシア君!」
アンドレアスはソファーを飛び越えて男達の前に立ち塞がり、レイピアを抜き放つ。
「何だこのジジイ! やっちまえ!」
襲いかかるならず者達の攻撃をひらりひらりと躱しながら、その太腿や手の甲をレイピアで貫くアンドレアス。
「ぐぁっ!?」
「ぎゃあああ!?」
「気をつけろ! このジジイめちゃくちゃ強いぞ!」
「ルイスさん、こいつ押さえてるから加勢してあげて!」
「任せる!」
ロープでがんじがらめにしたドミニクをフィーナに任せ、ルイスもアンドレアスに加勢する。フィーナは書棚から取り出した分厚い辞書をドミニクの頭上で構えて鬼の形相だ。
突如として戦場と化した応接室で、レティシアは1人静かに書棚を見つめていた。その細い腕が1冊の本に伸びる。
「よせ! その本に触るな!」
「動かないで!」
急に慌て出したドミニクを、辞書で黙らせるフィーナ。レティシアの手には『王国魔物図録1』と書かれた箱付きの本が握られていた。
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