油断大敵4

「確かにその可能性はある。だが大の大人、しかも駆け出しとはいえ冒険者という食い扶持のある人間が、銀貨数枚を所持していることは何ら不自然ではない。怪しまれない。つまり、そもそも資金洗浄をする必要が無いのだ。だが、とてもとても心配性な麻薬の売り子が、念の為に資金洗浄をしようとした可能性は否定しない」


 確かにそうだ、と、ルイスは椅子に座りなおした。


「なるほど。するとレティシアの言う人身売買の線が濃くなってくるわけか」


「でも人身売買なんてやっぱりおかしいわ、そもそも王国ではもうずっと昔から奴隷商は禁止されてるじゃない」


「あぁ、だが王国の外は違う」


 フィーナのもっともな意見にレティシアが答える。王国では奴隷商は禁じられているが、それは多民族国家である王国ならではのむしろ例外的なルールだ。

 黙ってその話を聞いていたアンドレアスがゆっくりと顔を上げる。その表情には静かな怒りが湛えられていた。


「なるほど……だから獣人族の人間を……」


 何かに気づいた様子のアンドレアス。それを見たレティシアは『もう十分だろう』と言わんばかりに答え合わせを始めた。


「フィーナ、君は王国の外にどのくらい獣人族が住んでいるか知っているか」


「さぁ……でも北の方にはまだ住んでる人も居るんじゃないかしら。今、王国に住んでる獣族の人達は、魔神戦争の時代に北の森から南下してきた獣族の子孫でしょう?」


「これについてはロクな統計情報がないから『分からない』というのがオチなのだが、うむ、妥当な読みだろう。私も同じ考えだ。要するに、王国の外には獣人族の人間はほとんど住んでいないということだ」


 ルイスはそこまで聞いてレティシアに山の中で助けられた時のことを思い出した。レティシアはあの時こう言っていた。


「『需要に対して供給が減れば単価が上がる』……か」


 レティシアは微かに微笑んで立ち上がった。


「酷い話だがな。身体が丈夫で運動能力の高い獣人族は、奴隷としての市場価値が極めて高いのだよ。それこそ、たった一人の獣人族をこんな回りくどいやり方で誘拐しても儲けが十分出るくらいにはな」


「レティシア、どこへ行くんだ」


「文書保管室だ、今回の件はあの男単独では実行できない。奴の依頼履行履歴に背後組織のヒントがあるかもしれない」


◆◇◆


 レティシアとフィーナ、そしてアンドレアスは、地下にある文書保管室に来ていた。ここには、ギルドの周りで起きたトラブルの報告書や、会議の議事録、これまでに受けられたクエストの記録や、ここで依頼を受けたことがある冒険者の記録などが大量に保管されている。関係者以外の閲覧が出来ない情報が山積みであるため、ルイスは保管室の外で待っている。


「調べるのは構わないんだけど……あの人の依頼の履歴から何か得られる情報があるの?」


「フィーナ、あの男は受付で『自分で荷物を届けたいのは山々だが、依頼が立て込んでいる』と、こう言った。おかしいと思わないのかね? 素人同然の鉄級冒険者が『依頼が立て込んでいる』と言ったのだぞ?」


 それを聞いてフィーナとアンドレアスは眉をひそめる。銀級などの高ランク冒険者、例えばルイス等には名指しで依頼が来たりすることがあるため『依頼が立て込んでいる』という状況が発生することがあるが、素人同然である鉄級冒険者は、鉄級でも受けられる依頼を探すことすら大変な程に仕事がないのだ。


「言われてみれば確かに引っかかるわね……あ、見つけたわよ、あの男の依頼履行履歴!」


 フィーナが書棚から取り出した書類を覗き込むレティシアとアンドレアス。


「これは……同じ依頼主から定期的に同じ依頼を受けているな」


「依頼の内容は『スライムの生態調査』? あぁ、この依頼なら覚えてるわ、変な依頼だなーって思いながらスタンプを押したのよね。まさかあの人が受けていたなんて」


 受付嬢は、受付業務をする者、書類仕事をする者、トラブル対応にあたる者、休憩室で休憩を取る者等のシフトを交代制で回しているため、毎回同じ受付嬢が受付カウンターに居るとは限らない。あの男の受付をフィーナが毎回やっていればフィーナも違和感に気づけたかも知れないが、こればかりは仕方がない。


「30日以内にスライム600匹の直径を計測して報告する仕事か……なるほど、この依頼を受ければスライム探しで大忙しになって自分で荷物を届けに行く暇が無くなるというわけだ。しかし報酬金の金額がかなり大きいな。ギルドマスター、学術系の調査依頼の相場はどの程度のものなのだね?」


「調査機関によってピンキリだが、ただ単に討伐するよりも報酬金は高い傾向になる。しかし……どうもキナ臭いな」


「依頼主は『王国スライム研究所』。研究所はここのすぐ近くにあるみたいですよ」


 レティシアはしばらく目を瞑って考えていたが、程なくして口を開いた。


「十中八九黒だ。ギルドマスター、研究所に行くために何か依頼を発行してくれないかね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る