油断大敵3
突拍子もない話ではあったが、レティシアが示したその可能性はルイス達を絶句させた。目を見開くルイス達を見て、レティシアは静かに目を閉じる。
「あくまで『最悪の可能性』の話だ。あの男の実家で本当に大麦を作っている可能性だって、完全には否定出来ないのだよ」
もちろん、あえて大麦を育てにくい土壌でビールを作ろうという果敢な農家も存在するかもしれない。しかしそれがまず有り得ないことは、その場の全員が重々承知していた。レティシアは、人身売買という重犯罪に繋がりうる糸を断ち切らぬように、あの時あえて男を見逃したのだ。
「なぜこの話が人身売買につながるのか……一応訳を聞こうか」
そう言うアンドレアスに頷いたレティシアは小さく咳払いをして話始める。
「まず、届け先が存在しない以上荷物はおそらくダミーだろう。中を改められた時のためにそれらしいものは入っているだろうが、そんなことはどうでもいい。すると、あの男の目的は荷物の中身ではないことがわかる。つまり、密輸の可能性が消える」
「密輸ってそんな……ねぇ、そもそもあの人が実家の
フィーナのお人好しな意見に眼を逸らすレティシア。だがそれはレティシアも考慮した可能性だった。
「九分九厘あり得ん話だ。男ははっきりと『王国一の温泉郷』と言ったのだ、それにあの男は駆け出しの鉄級冒険者、実家に仕送りをするには相当に切り詰めた生活をしなければならない。そんな親孝行な者が実家の場所も知らないなどあまりに不自然だ……だが、サクナの港町であれば大麦が育てられていても不思議はない。ゲルノーラ山からは随分離れているし、小麦より大麦の方が塩害に強いからな」
頷くアンドレアス。彼も、親孝行な冒険者の行動としてちぐはぐな男の振る舞いから、レティシアと同様に『男は何か企んでいるだろう』と考えていたのだ。
「密輸以外に配達の依頼を利用して悪巧みをするとなると……例えば、資金洗浄が目的の可能性は?」
アンドレアスのその言葉に少し声色を高めるレティシア。
「さすがはギルドマスター。うむ、あの男の目的が
資金洗浄の手口は様々で、アンドレアスはギルドの配達依頼を利用して男が資金洗浄を行っている可能性を指摘しているのだ。
「あの男がギルドに預けた依頼金のうちのいくらかは、手数料としてギルドが徴収するが、残りは全て依頼を受けた冒険者の手元に入る。あの男と”依頼を受ける冒険者”が内通していれば、違法な手段で入手した資金を『ギルドの依頼』というシステムを通して洗浄できる。これは十分にあり得る」
レティシアのその言葉にルイスがなるほどと唸る。
「そう言えばあの男は依頼を受けられる冒険者を獣族の人間に限定していた、これは内通者に確実に配達の依頼を受けさせるためだと考えれば納得がいく」
「そうね、このキレネラの街には獣族の人ももちろん住んでいるけど、そうは言っても獣族以外の人口が圧倒的に多いわ。獣族の人に依頼を限定するだけで、ほとんど確実に特定の人物に依頼を受けさせられるというわけね。しかも、これなら届け先が存在しなくても関係ないわ。荷物を運ぶフリをして、受け取りサインをでっち上げるだけでいいんだもの」
フィーナ達の言葉に頷いていたアンドレアスが、ふと顔を上げる。
「しかし、レティシア君。君は資金洗浄の可能性が『五分五分』だと言っていたね」
レティシアはソファーに深くもたれ掛かり、腕を組む。
「フィーナ、あの男が依頼金としてギルドに預けた金額を覚えているか?」
「詳しくは……けど、銀貨数枚だったわね。あ、そっか」
資金洗浄とは、闇取引で得た莫大な利益を不自然に見えぬように偽装する作業だ。男の依頼金はあまりに額が小さすぎる。
「……だが、少額の資金洗浄もありえるんじゃないのか? 例えば、あの男は麻薬の売り子だった、その手間賃として入手した違法な銀貨数枚を資金洗浄しようとした……とか」
ルイスのその言葉を聞いたレティシアは、首を横に振った。
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