油断大敵2
「噓ですって!?」
「どういうことだレティシア」
レティシアは顎に手を当ててしばらくカウンターのナラの板を見つめていた。が、何か思い立ったように立ち上がる。専用のお子様椅子から降りたレティシアの頭が、カウンターからひょこひょこと動いて行き、ギルドの壁に掛けてある地図の前で立ち止まる。
「なぁレティシア。教えてくれ。アイツはいつ噓をついたんだ?」
「あの男の言う届け先は
フィーナは首をかしげ、レティシアの見ている地図のもとまで歩み寄る。
「ユドの街ならほら、ちゃんとあるわよ」
レティシア達の居るキレネラの街からずっと南西、地図の左下をフィーナは指差す。そんなフィーナのことを見上げてむくれるレティシア。
「フィーナ、ギルドマスターに会いたい」
◆◇◆
冒険者ギルド会館の2階。赤い絨毯と壁掛けの旗に施されたコンパスの意匠。どっしりとした机の向こうで、窓を背負って座る隻眼の老人。冒険者ギルドキレネラ支部の
アンドレアスの前に並ぶ3人。ルイスが口を開く。
「お久しぶりですギルドマスター」
「久しぶりだね、ルイス君……して今日は何用かな?」
「フィーナ、説明してくれたまえ」
レティシアにそう言われ、フィーナはさっきの出来事を説明した。もちろん渋々。説明を静かに聞いていたアンドレアスは穏やかに口を開く。
「ふむ……親孝行な若者ではないか」
「レティシアは彼が噓をついていると言うんです」
「ほう、それは
レティシアは、支部長室の壁に掛けられた地図に向かって歩きながら口を開く。
「……ユドの街に大麦農家は存在しない。彼の言う届け先は存在しないのだよ」
眉をひそめるアンドレアス。レティシアは目もくれずに話を続ける。
「ユドの街はゲルノーラ山の麓にある。そして、ゲルノーラ山は今も火口から噴煙が上がる活火山だ。ところで諸君。諸君は土壌酸度というものを知っているかね?」
「どじょうさんど?」
フィーナは首をかしげる。地図の前で優雅に振り返るレティシア、その青い瞳がフィーナを捉える。
「酸と塩基はわかるかね?」
「ええ。酸っぱいのと苦いのでしょう? 前に錬金術師の友達から聞いたことがあるわ」
レティシアが頷く。
「土壌酸度とはつまり、その土がどのくらい酸に傾いているか示すものだ。そして麦は強い酸を嫌う、大麦は特にそうだ」
アンドレアスが何か気付いたように目を見開く。
「アクアヴィット!」
アンドレアスのその言葉に強く頷くレティシア。
「火山の噴煙は雨などに溶け込むと酸になる。酸の雨に降られた土は当然、酸性を示す。つまり、噴煙の上がる活火山の近くでは麦を育てられない。大麦なんて論外だ。その一方で、火山の近くの土壌は火山灰の影響で水はけが良い。酸に強く、水はけの良い土地を好む
◆◇◆
「その冒険者が噓をついていることはよくわかった。しかし、彼はなぜそんな噓をついたのだ?」
「分からない、だからこうして年長者の意見を聞きに来たのだよ」
ソファーに腰掛けるレティシアと見つめ合うアンドレアス。
「……本人に聞くのが1番だ。だがそれは君もわかっているのではないのか?」
頷くレティシア。レティシアは、あの男の話が終わった直後にはもう嘘に気づいていた。その時点で男を呼び戻して問いただしておけばよかったのだ。
(なぜ、なぜレティシアはそうしなかったんだ?)
ルイスの背筋に悪寒が走る。あの時と同じだ、レティシアは何かとんでもないことに気づいている。あの半開きの深い青で、起こりうる最悪の結末を見据えている。ルイスは何故かそう確信した。
「……レティシア、確証は無くていい。今お前に見えている最悪の可能性を教えてくれないか?」
ルイスの方へ、ゆっくりと振り向くレティシア。
窓から射し込む日が陰る。レティシアはその澄んだ青を床に落として、ぽつりと呟いた。
「人身売買」
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