船上のデート

「うーん、気持ちいい風ですわ」


私たちがやってきたのは王都の中心にある公園だ。街中で自然が残るここは今の時間も子供連れや散策する人で賑わっている。


「見て、季節の花が咲いてますわ」


うららかな日差しの中沿道には植えられた花たちが一斉に咲いている。そんな色とりどりの花たちを見ていると、ここに来て良かったと思う。


「アスタロテ様が花が好きだなんて、知らなかったな」


「え、ええ、最近好きになりましたの」


悪役令嬢のアスタロテはドレスや宝石は好きでも、花や自然を愛するなんて描写はなかったから驚かれても仕方がない。けど、私は自然を見ながら公園を歩くのが結構好きなのだ。

ゲームの世界でも出てきたここをせっかくだから見てみたい、そう思ってやってきたのだ。

ちなみにゲームの中ではレティシア、ヒロインは色んなルートでここに対象キャラと来るのだけれど、それはまだ先の話なので今は会う心配はないはず。

もしかしたらユーリスにばったり会う危険があるかもと思って公園内を歩く人を観察するけれど、ユーリスらしき人影はないのでひとまずホッとする。


「左のバスケットの中にはサンドイッチが入っていますの。しばらくしたらお昼にしましょう」


「サンドイッチ?お昼だって?まさかここで食べるのか?」


トリスタンが驚いた声で言う。


「そうですけど?そんなに変かしら」


元の世界ではサンドイッチではなくておにぎりだったけど、公園のベンチで自然を見ながらお弁当を食べるなんてよくしていたのだ。


「……いやぁ、アスタロテ様がねえ、公園でサンドイッチとは。今まではピクニックするにしても何かと派手だったからさ」


「も、もう以前の私とは違いますのよ!これからは心を入れ替えて堅実にいきますから」


その時食べものの話に反応したのか右のバスケットの蓋が開いた。


「ニャァ!」


「あらまあ、リズったら。危ないから大人しくしていてちょうだい」


バスケットに入っていた仔猫のリズが、蓋から顔をのぞかせている。


「外に連れてきて大丈夫なのか?飼ってすぐ外に出したら逃げ出してしまうかもしれないのに」


「この子は平気ですわ。とっても私に懐いてるんですもの」


リズをあのまま騒音が響くあの家に置いておけなくて連れてきてしまったけれど、今のところバスケットの中でとても大人しくて良い子にしている。


「これからどちらに行こうかしら、池の方か、バラ園の方にしようかしら」


どちらもゲームの中ではレティシアが各ルートで相手とデートしていた場所だ。まあ先に私が体験したっていいわよね?

……いやだわ、なんだかまた性格がアスタロテっぽくなってきた、でもまあこれくらいなら大丈夫かしら。


「バラ園か、まだ季節にはちょっと早いな」


そうトリスタンが言うので、公園の池に向かうと、池にはボートに乗ったカップル達が沢山いた。

ここの池のボートに乗るとこの恋が成就するというジンクスがあって人気のスポットなのだ、……と言うことをゲームの中でユーリスがヒロインのレティシアに語っていたのを思い出す。


トリスタンが池の貸しボート屋に銅貨で金額を払い、私たちもボートに乗り込んだ。


「お姫さん、揺れるから気をつけろよ。落ちたらドレス姿じゃ泳げないぜ」


先にトリスタンがボートに乗り込んで手を差し伸べてくれる。


「うっ、わかりましたわ。リズも居ますし気をつけないと……」


運動神経に自信のない私はトリスタンの手を取って恐る恐る乗り込んだ。


「よっと、……」


「あっ、きゃあぁっ!」


無事に乗り込めたのはいいけれど、揺れるボートにバランスを崩した私はトリスタンの方へ倒れ込んでしまった。

その衝撃で大きくボートは揺れて、池に落ちたらどうしようと思ってトリスタンにさらなしがみついた格好になる。


「……ってて…、お姫さん、無事か?」


「え、ええ……ってきゃあぁっ!」


「お、おい、急に動くなって!」


トリスタンの上に思いきり抱きついた体勢になっているのに気付いて、慌ててどこうとした私の動きでまたボートは大きく揺れ動いて、トリスタンが船体を両手で掴んでバランスをとって揺れを鎮めた。


「ご、ごめんなさい……」


「いや、転覆してないから良かったけど、あんまり急に動かないでくれよ」


焦った声でトリスタンに言われて私は反省する。

そんな私たちを、貸しボート屋のおじさんが店の中からニヤニヤしながら見てるのに気付いて恥ずかしくなった。


「ほら、猫も居るんだから大人しくしてろって。犬と違って猫は犬かきができないんだから、さすがの俺も溺れた一人と一匹を両方いっぺんには助けられないぜ」


「にゃ!」


トリスタンに言われてリズの入ったバスケットを確認すると、あれだけボートが揺れていたのに平気な顔で顔を舐めていたのでホッとした。


「うう、気をつけますわ……」


「そうそう、猫を抱いて大人しくしててくれよ」


そう言ってトリスタンはオールを手に取って漕ぎ出した。その力強い動きでボートはみるみると岸から離れていった。

私はリズの居るバスケットを抱えて、言われた通りボートの反対側で大人しく座っていることにする。水面を滑るように進むボートの上で、仔猫のリズはバスケットから顔を出して興味津々という感じで周りを見ていた。


「さてと、この池をここから時計回りに回ると恋が成就する、んだってか」


「ええ、そう聞きましたけど……」


言っていてちょっと恥ずかしくなった。

ゲームの中ではそんなことをキラキラした目でユーリスがレティシアに語っていたのだ。


(恋人も多いここでボートに乗ったら、恋人っぽく見える上に、そこそこ距離もとれて腕を組んで歩くよりマシかと思ったのに、しょっぱなからあんなに抱きついてしまうなんて!)


さっきの事を思うと顔が赤くなってくる。

ちょっとトリスタンと接触しただけで反応してしまう自分の体が恨めしい。

ふと周りを見ると、辺りは恋人同士が乗ったボートばかりなので、あちこちで身を寄せ合ったり、なんならキスなんかしてイチャイチャしている。


「え、ええと……」


爺やに「恋人っぽくアピールしなくては!」なんて言われたけれど、もしかしてこれくらいしなきゃダメなのかしら。で、でもユーリスはレティシアの手を握ってキラキラ語っているだけで終わったし……。


「さてと、船上には二人だけな訳だけど」


「ニャア」


「……一匹いたか。どうする?アスタロテ様、恋人のフリをするんだろう?」


そう言ってトリスタンに手を握られて私はビクッとしてしまった。


「ひゃあ!」


手を握られただけでこんなにドキドキするなんて。

だけどトリスタンはすぐに手を離してしまった。


「ト、トリスタン?」


「アスタロテ様、やっぱり俺と恋人のフリなんて無理なんじゃないか」


トリスタンがそんなことを言うので私は目を見開いて言った。


「な、なんでそんな事を言うんですの?!」


「だって手を握っただけでこの反応だしさ、俺が近くに居るとガチガチに緊張するし、本当は嫌なのかと思って」


「い、嫌なんじゃありません!ただどうしても緊張してしまって……、慣れなきゃとは思ってるんですけど……」


「うーん、あんなに王太子とイチャついてたのに手を握ったくらいで緊張するのか?」


「ゔっ!!」


そう言われると困ってしまう。でもそれは私が転生する前の悪役令嬢のアスタロテの話だし………。


『アスタロテ、お前は本当に素敵だ』


『いやーん、王太子様ったら、どこを触っているんですの?』


……アスタロテとしての王太子とイチャついていた記憶はあるのだが、


「うっ、うううぅ……」


思い出したら泣けてきてしまってトリスタンをギョッとさせてしまった。


「お、おい、何も泣かなくても……」


「だって、王太子のことなんか全然好きじゃありませんもの……、なのに、なのにあんな……」


記憶はあっても王太子を好きだ、なんて感情は湧いてこなかった。それなのにアレコレしてたかと思うと、


「言い方が悪かったよ、悪い……」


その時、にわかに周りが騒がしくなった。


「お、おいなんだアイツ?!」


「こっちに向かってくるわ!」


「何で鎧なんか着てるの?」


「見るからに怪しい……」


周りのカップルたちが騒いでいる方向を見ると、猛然とボートを漕いでこちらに向かって来る黒い影があった。


「漆黒の騎士ディラン?!なんでここに?」

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ハードな乙女ゲーの悪役令嬢は大変です! ワルヤレコ @oimochannel

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