似合うドレスは
(爺やに言われて外へ来たのはいいけれど……)
「アスタロテ様、このドレスなどはいかがでしょう。このシーズンの流行のエメラルド色と背中の大胆なカットで殿方の視線は釘付けですわ」
「はあ……」
先ほどからこの高級ブティックの二階の特別室で、私はは店員の持ってくる高級ドレスを怖気づきながら見ていた。
外に行くと言っても、王太子や他の四人には絶対会いたくはないし、貴族令嬢という立場から気軽に街中のカフェなんかでお茶を、なんてできるわけがない。
仕方がないので、ゲームの中のアスタロテがしていたように、高級店でショッピングをするのが無難なのかと思って来たのはいいけれど、
「どれもこれも派手で露出が多いですわ……」
それがこの世界の基準なのだと思っても恥ずかしいのは恥ずかしい。
店員の営業トークを半分死んだ目で聞き流し、結局買ったのは、
「お姫さん、買ったのはそれだけ、なのか?」
外で待っていたトリスタンが驚いた目でこちらを見ていた。
「そ、そうですわ。何かおかしいかしら」
買ったのはリズの毛並みのような真っ白なショールを一枚。それを胸元を隠すように肩から巻いてみた。
「いや、いつもなら持ちきれないくらい買い物をするからさ、今日もそうなのかと思って」
確かにゲームの中のアスタロテは暇があると高級店に行って、そこで買った山のような荷物をトリスタンに持たせている、なんてシーンがよくあった。
「だって、もうドレスも靴も沢山持ってますし、これ以上買っても着られませんわ」
元の世界では二、三着をローテーションで着ていた私にとって、広いクローゼットに山程入っているアスタロテのドレスをみただけでもう目眩がするほどだった。
毎日違うものを着ても追いつかないほどズラリと並んだドレスの波に「これが貴族の悪役令嬢なのか…」と妙なところで感心してしまった。
(そ、それにどれもこれも胸がまる見えで恥ずかしいんだもの〜!)
とりあえずショールを巻いて胸元を隠してほっとした私は店を出た。このショールを買えただけでも今日はここに来た意味はあったと思うことにしよう。
「俺としては、このドレスをぜひ着てほしかったんだがなあ」
トリスタンが指さした先のショウウィンドウを見ると、真紅のこれまた際どいカットが沢山入ったそれこそSMの女王様なのかと言うようなボンテージタイプの派手なドレスで、私は、
「こ、こんなものとても着れませんわっ!!」
ここが街の大通りだということも忘れてつい叫んでしまった。とは言ったものの、似たような大胆なドレスはアスタロテのクローゼットにいっぱい入っていて、ゲームの中のアスタロテは当然のごとくそれらを着ていたのだが。
「違うって、そっちじゃなくてこっちの方さ」
トリスタンが指さしたのは隣にあった白いドレス。
隣にある派手なドレスとは対象的に、こちらはふんわりとした布をふんだんに使っていて、露出も控えめな、清楚さと華やかさを併せ持ったドレスだった。それこそ女の子ならため息をもらしていつかは着たいと思うような。
「……素敵、ですけど、私には似合いませんわね……」
こういうドレスはレティシアなら似合うんでしょうけど、キツい顔立ちで悪役令嬢のアスタロテには似合わない。
「そうかな?以外とこういうのも似合うと思ったんだけどな。確かに、以前のアスタロテ様なら似合わなかっただろうけど……」
「え?」
トリスタンの言葉に私はドキリとした。
それって、トリスタンは私の事をこのドレスが似合うような女の子らしい女性だと思ってくれてるってことかしら。
……まさか、ね。いつもの軽口よね。
「それよりも……、ちゃんとまともなドレスもあるんじゃない、なんで際どいドレスばかり勧めてくるのよ」
ついつい愚痴ってしまう。
「そりゃあ、今までそういうのばかり着ていたんだしな。もしかしてアスタロテ様は本当にこういうのを着てみたいとか?」
「こういうのというか、もっと際どくない普通のドレスが着たいですわ……、恥ずかしくて」
トリスタンにはつい本音が出てしまう。これから長い付き合いになるんだし、隠しておいてもしょうがないわよね。
「へえぇ……、やっぱり前とは違うんだな。急に乙女心に目覚めたのか、それとも恋でもしたとか」
「なっ?!こ、こ恋だなんて、そんな事ありませんわ!何言ってるんですの!!」
「そうすると、恋のお相手は、やっぱりこの俺ってことか?いかんいかん、今夜辺り俺の貞操が危ないかもな」
「な、何言ってるんですの!もう〜!!自惚れがすぎましてよ!」
トリスタンの口振りから冗談だと分かっていてもついつい反応してしまう。
「はは、冗談だって。それより、どうする?この白いドレス、せっかくだから買ったらいいんじゃないか?」
「素敵なドレスてすけど……、しばらくこういうドレスを着るような華やかな場所には行きませんし、何より私がこういうドレスを着たら笑われそうですわ」
トリスタンの勧めてくれるドレスはいかにも貴族のパーティーで着るようなものだ。普段着ではない。
「笑わないさ、誰も」
「トリスタン?」
いつもの冗談混じりの口調ではなくて、真剣な調子で言われて不思議に思った私はトリスタンの顔を見た。
「いや……、さてと、お姫さん、次はどこの店に向かうんだ?」
すぐになんでもない調子でトリスタンが言った。
今日はしばらくこの大通りでショッピングをして時間を潰す予定だったのだけど、さっきの店員とのやり取りでなんだか疲れてしまった。
やはり悪役令嬢の皮を被っているとはいえ、元が小市民の私には高級店はハードルが高い。
「少し予定より早いですけど……、トリスタン、公園に向かいましょう」
「いいのか?他の店に行ってそれこそ好みのドレスでも買えばいいだろうに」
「今日はなんだか疲れましたし、せっかく天気も良いのにお店の中に居てもつまりませんもの」
「じゃあ馬車で……」
「いえ、歩きで参りましょう。そんなに距離は離れてないはずですし」
「本気か?」
店の前に待たせていた馬車を帰らせる私にトリスタンがびっくりした表情で言った。
「ええ、沢山歩くと思って今日はヒールではなくてブーツを履いてきましたし。帰りは公園に来るように御者には頼みましたわよ」
「アスタロテ様がそれなら良いけど……、後で足が痛いなんて言わないでくれよ」
「大丈夫ですわよ、そんな深窓の令嬢じゃないですし」
「いや、深窓の令嬢ではないけど、一応令嬢だしさ……」
トリスタンはブツブツ言いながらも、歩こうとする私に当然のように腕を出してきたので、そこに恐る恐る腕を絡ませる。途端に近付く距離に心臓が高鳴るが、平気な顔をして歩き出した。
(これは、恋人のフリ、恋人のフリなんだから!)
油断するとこの前見たアレな夢の事を思い出しそうになって変な気持ちになりそうなところを、そう自分に言い聞かせて心を鎮めようとする。
爺やには出るときに、
「外へ行くのでしたら、周りに坊ちゃまと熱々の恋人同士だということをめいいっぱいアピールしなくては!行動で示さなくては口先だけの恋人だとバレかねませんからな。王太子を欺くならやはりラブラブぶりを見せつけるのが一番ですぞ!」
となんて力説されてしまった。
確かにあのタイミングで新しい恋人が出来たなんて言ってもただの当てつけや、負け惜しみじゃないかなんて噂されるだけかもしれない。
それじゃあダメだ。もう新しい恋人に夢中なんですって世間にアピールしなきゃ。なにせ命がかかっているのだから。
そう思って頑張ってフリをしてるのだけど、
(思うのとやるのとでは全然違うのよ……!腕を組んだくらいでこんなドキドキするなんて、男性に対して耐性なさすぎるわ……。だってそもそもこんなに男性と密着することなんてなかったし……。それだけじゃなくてやっぱり体が変だし……、うう、どうすればいいのよ)
さらにすれ違う人にジロジロ見られる気がして、うつむきそうになるのをこらえてぐいと顔を上げた。
私は悪役令嬢アスタロテなんだから、堂々としてなきゃ。そう思ってなりきってみるとなんだか力が湧いてくる気がしてくる。
の、だけど、
(やっぱりドキドキするのと体が熱くなるのは治らないわ……、うう、早く慣れなきゃ……)
意識すると歩き方が変になる気がしてなるべく心を無にして歩く。
そのままで恋人同士のように寄り添って歩く二人の後ろを、様子をうかがうようにつける怪しい黒い影があった。
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