二人と一匹

「はぁ、可愛い♡」


私の視線の先には、ネズミの駆除部隊こと、八匹の猫たちが思い思いの格好で伸びをしている。

あの後すぐにリチャードが手配してくれた駆除の業者の人がランベルグの屋敷に来たのだけれどまだ若くて少年にも見える彼が猫を沢山連れて来てドアに立っていたので応対した爺や共々びっくりしてしまった。

そんなので大丈夫なのかと心配になったけれど、勇敢な猫たちは屋敷に入ると、あっという間に家に巣食ったネズミ達を退治してくれて、今はご褒美のミルクを飲んでいる。


「なんとか一匹飼えないかしら…」


猫を飼うのは元の世界に居たときからの密かな夢だった。家族に反対されたり、独立してからは経済的、時間的な理由で飼えなかったりしたので、目の前にいるふわふわでモコモコした猫たちを見てると衝動が抑えられなくなる。

ダメもとで業者のまだ15、6の少年に見える彼に一匹貰えないか頼んだら、あっさりと譲ってくれることに同意してくれた。


「ネズミってのは、退治してもまた餌の匂いを嗅ぎつけてやってくることがありますからね。一匹飼うのは良いと思いますよ」


歳の割に大人びた表情で答えてくれた。


「ありがとうですわ。でもその前に……」


まずはこの屋敷の主人に飼うことに了承をもらわないと。

トリスタンがどこにいるのか探しに行くと、外で改修工事を請け負ってくれたリチャードとドリスの二人と書面を片手になにやら話し中だ。


「トリスタン、ちょっと来てくださる?」


私は猫たちの中で一番小さい真っ白なふわふわの毛並みの仔猫をぎゅっと抱きしめたままトリスタンにお願いしてみた。


「お願い、またネズミ達が居着かないように、この子を飼うことはできないのかしら?」


「猫を?まあ別に良いけど」


「本当に?やったわ!」


トリスタンからあっさりOKをもらって、嬉しさのあまりその場でぐるぐる回ってしまった。

そんな私を遠くからリチャード達がびっくりした目で見ているのに気付いて、慌てて身繕いを正した。


「飼うことに同意してもらってありがとう。ま、まあ当然ですわよね」


なんとかアスタロテらしく尊大な態度を取り戻して私はギクシャクしながら屋敷の中へ戻った。が、やっぱり嬉しくて小走りに階段を駆け上がる。


「トリスタンから飼うことに同意してもらいましたわ!」


嬉しさのあまり台所で猫たちにミルクをあげていた爺やに報告すると、帰り支度をしていた駆除業者の少年もこれまたびっくりして顔をする。


「それはようございましたな。では名前を決めませんと」


「そうですわね。それと……」


さすがに商売道具の猫を無料ただで譲って貰うわけにはにはいかない。


「あの、譲ってもらってありがとうですわ、少ないけれどこれはお礼です」


任務を果たした猫たちを連れて帰ろうとしている少年を呼び止めて金貨を三枚手わたすと、少年の顔が驚きと嬉しさでパッと明るくなった。


「こんなに頂けるんですか?!さっすが侯爵令嬢、気前がいいや!」


「これ、少年!言葉遣い!」


爺やが少年の無邪気な発言を注意する。


「うふふ、いいんですわよ」


「仔猫一匹で金貨三枚もくれるなんて、アスタロテ様はいいお方だなぁ。あ、また何かあったら俺を呼んでくださいよ。ネズミ駆除から生活全般なんでも請け負ってるんで」


嬉しそうな少年が鼻歌まじりに帰って行くと、私は早速仔猫の名前を決めようと台所のテーブルに座ってうんうん考え込んでみた。

女の子だから何がいいかしら、白いからスノウとか、マシロとか。って、日本語だとやっぱりダメかしら……。

その間に爺やがお茶を淹れて私の前に置いてくれる。

お茶を飲みながら散々悩んで、結局、


「決めましたわ。女の子ですしリズって名前はどうかしら」


悩んだ末に、我ながら安直な名前かと思ったのだけど、爺やは、


「リズてすか、とても良い名前かと思います。先々代の国王の賢妻と知られていた夫人が、確かリズという愛称で知られてましたな」


「まあそうですの」


昨日から話していて思っていたとおり、爺やはこの国の歴史やら貴族達に関してとても詳しい。と言ってもトリスタンいわく、「カビの生えた昔話」らしいのだが、この世界の事はゲームの中での知識しかない私にはとてもためになる話しばかりだ。


「そのリズと言う第三夫人の事もっと聞かせてほしいですわ」


猫と同じ名前の女性の「賢妻」と言う響きに興味を惹かれて聞いてみた。


「ほうほうお知りになりたいと!では昔話を、このリズという夫人が賢妻として名を馳せたのは、先々代で今の国王陛下の祖父に当たられますヨアキム陛下の時代でございます。当時ヨアキム陛下はニ十代も半ば、男盛りの頃でございました。その時陛下には由緒正しい公爵家出身の婚約者と、美貌で知られた男爵家令嬢の愛人もいらっしゃったのですが、ある日領地に狩りに訪れた際のこと……」


滔々とうとうと淀みなく語られる爺やの話に聞き入ってると、


「なんだ、どこに居るかと思ったら、侯爵令嬢が台所で茶を飲みながら爺やのつまらん昔話を聞いているなんて。これがエルフリーデ侯爵に知られたら説教だけじゃすまないな」


トリスタンが台所に入ってくるなり、爺やの話に耳を傾けている私を見て言った。


「私がどこに居ようと勝手でしょう。それに、私と爺やだけではなくて、リズも居ますわよ」


「リズ?誰だ?それ」


不思議そうな顔をするトリスタンに、私はテーブルの下で毛玉にじゃれつく仔猫を見せた。


「この子の名前ですの。女の子だからリズなんですわ」


「リズねぇ、また安直な名前だな」


トリスタンの言葉に爺やがゴホンと咳払いをした。


「坊ちゃま、お言葉ですが、アスタロテ様がこの猫に付けたリズという名は、先々代の国王陛下の賢妻と名高いリズ様から取られた由緒正しい名前なのですよ」


今聞いたばかりの話なんだけど……、爺やがそんなことを言うので私は恥ずかしくなった。


「いや猫の名前はなんでもいいんだ、それより改修工事の事だ。明日から早速取りかかってくれるらしいぜ」


「まあ、本当に?」


「ほう、えらく仕事が早いですな」


爺やも感心している。現代日本と違うゲームの中のファンタジーの世界で、こんなに早く仕事に取りかかってくれるなんてきっと異例なんだろう。


「ちょうど他の依頼が入っていないらしくてな。それにエルフリーデ侯爵令嬢たってのご依頼なんだ。あっちも気合いを入れて仕事するだろうよ」


「べ、別に脅迫も強要もしていませんわよ」


以前のアスタロテならどちらも普通にしてそうだけど。

そう思うと、前に会った時にそうとうアスタロテにビビらされたかしら、と申し訳ないような恥ずかしいようななんとも言えない気持ちになった。


「それと、勝手なんだが、改修は必要最低限にした。残った金は返すよ」


「坊ちゃま!」


「え、何故ですの?」


やっぱり不快に思われたのかしら、私は暗い表情になりそうになる。


「どうせ三ヶ月しかここには居ないんだから本格的な改修をしてもそれが終わる前に帰る事になってしまうだろう?だったら見苦しくない程度にしてさっさと終わらせた方がいいだろう」


「確かに、それはそうですけど……」


トリスタンにそう言われると、三ヶ月という期間が短いように感じられた。

まだここですごして二日目なのに、またあの侯爵家に帰るだなんて考えたくない。あの冷たいお屋敷の空気を思い出して寒気がした。


「…でも何もお金は返さなくてもいいんですのに。残りは取っておいてください」


「さすがに金にはがめつい俺も報酬以外の金は受け取れないよ。あちらもお姫さんの持った来た金が多すぎるって言うんで困ってるしさ」


「でも……」


「まあまあ、そこはそれ、残ったお金はおいおい使い道を考えましょう。なにせお二人は恋人同士、これからやりたいことも沢山あるでしょうし」


爺やがまとまらない話を引き取って言う。


「こ、恋人って……、フリですわよ、フリ!」


私は昨日からのあれこれを思い出して顔を赤くした。


「まあその話は置いておこう。さて明日から忙しくなるぞ」


◇◇


「う、うるさいですわ……」


翌日、ネズミが頼もしい駆除部隊に一掃されたので、安心して自室でふわふわとリズを抱きしめたままぐっすりと寝られた私は、このままリズと遊びながら引きこもっていたら三ヶ月なんてあっという間にすぎていくかも、なんて思っていたのだ。

けれどその考えが甘いのだとすぐ知ることになった。


「今日は早くから工事の皆様方がおいでになっておられます。なにやら皆張り切っておいでですなあ」


爺やがお茶を淹れながら言った。

早くもランベルグの屋敷の中は改修工事の騒音が鳴り響いていた。アスタロテは知らないが、前のエルフリーデ侯爵の改修工事の際に散々アスタロテに遅いだのなんだのキレ散らかされた思い出から、リチャードとドリスは早く仕事を終わらせたかったのでこんな早くから仕事に取りかかっている。


「こ、こんなにうるさくなるなんて予想外なんですわ……」


せっかく仔猫と楽しく引きこもり生活をおくれると思ったのに!

なにしろランベルグの家はだだっ広い侯爵家の屋敷と違って逃げ場が無い。どこにいても騒音と人の気配を感じるのだ。


「落ち着かないわ……」


「ニャウゥ……」


リズも私がそわそわしているからか、なんだか不安そうな声で鳴いた。


「それは困りましたな、しばらくは工事も終わりそうにありませんし……」


爺やは茶菓子を出しながら困ったように言う。


「そうです、お二人で工事をしている間出かけられたらどうでしょう」


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