第10話:デートのお誘い

 今の彼女は雇用主である。失礼な行動は当然許されない。

 同時に、いったい朝早くから何用か。一颯は疑問を持った。

 いずれもその答えは、これから彼女自身の口から語られよう。招き入れた夜魅は――昨日とほんの少しデザインや小道具が異なるが、きちんとしたドレス姿だ。さっきが刺激的すぎたために、ホッと安堵の息をもらす。



「お、おはようございます夜魅お嬢様」

「おはようございます一颯さん。――、やっぱり普通に接してくれないのですね」

「いやぁ、健之助さんから釘刺されてますし、さすがに無理ですって……」



 クビになるのだけは、今だけは御免被りたい……。

 一颯は手を横にぶんぶんと激しく振った。

 夜魅はやはり、この接し方について不服があるらしい。ムッとした表情かおは外見年齢相応で、不謹慎ながらもついかわいいと思ってしまう。

 それはさておき。



「えっと、それで夜魅お嬢様。俺に何か?」



「えっと、ですね。その……」と、何故か急に口籠った。


 もじもじとしてなかなか先を話そうとしない彼女に、一颯ははて、と小首をひねる。

 だが、しばし観察してようやく「あぁ」と、納得の意を声に出した。

 よくよく観察すれば確かに、ソレは昨日にはなかったものだ。彼女の胸元にあるリボンに真紅のブローチが、窓から差し込む陽光をたっぷりと浴びてきらきらと美しく煌めく。おまけに昨日は下ろしていた自慢の長髪はポニーテールに整えられてある。

 以上から導く結論は一つしかない。


「今日は髪型を変えられたのですね。ポニーテルもすごくお似合いですよ」と、一颯は笑みをもって答えた。


 ちなみに、一颯の発したこの言葉に嘘偽りの感情はまったくない。

 何故こうもはっきりと断言できるかは、彼の性癖が関与しているからに他ならない。

 一颯は、大のポニーテール好きだった。



「そ、そうでしょうか……」

「えぇ、めちゃくちゃ似合ってます! 超似合ってます!」

「そ、そんなに褒めていただけたのならこれからずっと、ポニーテールにするのも悪くないかもしれませんわね……」



 頬をほんのりと紅潮して、どうやら正解だったらしい。

 もっとも、今回の事例はあまりにもわかりやすすぎる。

 逆にこれで感づけない方が鈍感極まりなく、女心をなんたるかを何も理解していないと言えるだろう。自然と撫でたくなる衝動を辛うじてぐっと抑え込んだ。

 やはりポニーテールは至高である……。

 美涙の一件で疲弊した一颯も、夜魅のポニーテールにすっかり癒されていた。



「――、ところで夜魅お嬢様。何か御用があって俺のところにきたんじゃないですか?」



「あ、そうでした」と、夜魅がハッとした顔を浮かべた。



「一颯さん、これから一緒にわたくしと来ていただけませんか?」

「はぁ……まぁ、俺は執事だから命令されればどこだってお供しますけど。でも、どこに?」



 時刻はまだまだ朝早い。

 仮に町の方へ赴く用件だとしても開店時間には少しばかり早すぎる気がしないでもない。

 それ以前に令嬢である彼女らが下々が暮らす町へ行くと言う姿が、一颯は想像できなかった。

 こればかりは彼の偏見もあって、令嬢は屋敷の中で籠っている。そんな歪んだイメージがどこか心の中にあったことを、一颯は素直に認めていた。

 いずれにせよ、これは雇用主からの正式な命令だ。

 ならば一介の執事に拒否する権利なんてものは最初ハナからない。

 言われたとおり、黙って従えばそれでよいのだ。



「わたくし、日課としていつも朝は屋敷の周辺を散歩しているんです。今日はせっかく一颯さんが来てくださいましたので、是非一緒にと思って」

「なるほど。承知いたしました」



 ようやく合点がいった。

 日常生活視線と身辺警護、それが自らに課せられたここでの使命だ。

 いつ、どこで、誰が狙っているかわからない状況下での散歩なのだから護衛が付き従うは至極当然のこと。自分らしい仕事とだけあって心もふっと軽くなる。

 やはり、この手の方が性に合っている……。

 服越しから、懐に忍ばせた相棒にそっと触れて一颯は小さく口角を釣り上げた。



「それでは、行きましょうか。しっかりと護衛の方させていただきます」

「あ、ちょっとお待ちください一颯さん」



「え? あ、はい」と、一颯は小首をひねった。


 心なしか夜魅の表情が険しい。

 視界は黒い包帯――よくよく見やると、こっちも花柄が追加されたりとちょっとしたオシャレが施されていた――で閉ざされているにも関わらず、まるであたかも見えている・・・・・かの如く。鋭い視線が容赦なく一颯を突き刺した。



「え、えっと……夜魅お嬢様?」

「一颯さん、これは護衛の任務ではありません。わたくしは一颯さん、あなたと一緒に散歩がしたいのです」

「えぇ、ですから――」



 そのための護衛だろう。

 この際、命を脅かさんとする不逞な輩の詳細については一颯はさして興味がない。

 もちろん、事前に敵を把握しておくことは戦場においてはとても重要なことだ。

 無知ほど愚かしいものはないし、知ることであれこれと対策も練れよう。常に莫大な価値を生むほどに戦場では情報が何よりも生きる。

 しかし、知りすぎるというのも諸刃の剣であった。

 過度の情報は時に要らぬ予想を生み出し、結果として真の敵を見誤る。

 誰であろうと向かってくるならば、それは等しく敵で一颯はただ討てばよいだけのこと。



「ですから! デ、デートするのに護衛っていうのはおかしくありませんか!?」

「デ、デート……ですか?」

「そ、そうです! もう、女の子の口から言わせるのは執事以前として殿方としてどうかと思われますわよ……!」

「は、はぁ……」



 さっきよりも更に頬を赤々とする夜魅だが、対照的に一颯はぽかんとしている。

 デートというのはさすがに予想すらしていなかった。

 親しい男女がするもの、それがデートであるわけだが主人と執事との間に果たしてそれは成立するものだろうか――なくは、きっとないとは思う。


 それでも現実で起こり得る可能性はそれこそ限りなく0に近いだろうし、ことこの二人の間にデートするだけ親密かとなるとそうでもない。あくまでも雇用主と執事、よくしてもらっている感謝こそあれど一颯は夜魅に対して恋愛感情の類はなかった。


「一颯さんは……わたくしとのデートはご不満ですか?」と、そう口にした夜魅の口調は目に見えてわかるぐらい深く沈んだ。



「あ、いやいや。不満とかはまったくないですよ!? えぇ、それは本当に……」

「……本当、ですか?」

「神……は普段まったく信じてないから、この命に懸けて」

「――、それでは。一緒にデートしてくださいますよね?」

「あくまでもデートなんですね……わかりました。それでは改めて、デートのお誘いを受けさせていただきます」



 一颯が深々とお辞儀をして承諾の意を示したことで、夜魅の顔に笑みが戻った。



「それでは、一颯さん。早速着替えてください」



「えっ?」と、一颯は小首をひねった。



「デートに行くのに、執事服では格好がつかないと思いませんか?」

「……デート行くのに相応しい服じゃないですよ?」

「だからいいんです。ありのままの一颯さんと、わたくしはデートがしたいので」

「……了解しました。それじゃあ着替えますので少し待っててください」

「ふふっ、お願いしますね」



 そう言った夜魅は優しく微笑んだ。

 一颯もふと小さく笑みを返して――何故か一向に退室しようとしない彼女を、訝し気に見やる。



「あの……今から着替えるんですけど」



「はい」と、夜魅は終始にこやかなままだ。



「いや、はいじゃなくて……部屋から出て行ってほしいいんですけど」

「一颯様、わたくしは目が見えないんですのよ? せっかく一颯様の素敵な肉体が目の前にあると言うのに……ですからここにいても何も問題はありませんよね?」

「ま、まぁ確かにそうですけど……」



 気になるものは、気になって仕方がないのだが……。

 夜魅が動く気配は微塵もないので、一颯は諦めて着替えることにした。


「――、ところで一颯様」と、不意に夜魅が口を開く。



「どうかされましたか?」

「一颯様は、身長はどのぐらいおありなんですの?」

「身長、ですか?」



 一颯はしばらくうんうんと悩んでから――


「う~ん、はっきりと測定したことがないんだけど、多分……178cmぐらいはあるんじゃないですか?」

 と、答えた。


 何故いきなりそのような質問を投げたのか……。

 ここで一颯の脳裏に、健之助との約束事項が蘇る。

 視覚に障害を患う夜魅からの質問には必ず、できる限り詳しく説明すること。

 一見するとどうでもいい質問だが、夜魅にとっては重要な情報なのだろう。

 目に見えずとも想像することはできる。断片的な情報からソレが何であるかを把握する。そのために詳しい情報が必要なのだと、一颯は実感した。

 夜魅からの質問は、まだ続く。



「体重は……あ、殿方でも体重のことを聞かれるのは失礼でしたでしょうか?」

「いや、俺は別に気にしてないんでいいですよ――体重は……あ~多分73kg前後?」

「なるほど……失礼ですけど、お腹を触ってみてもよろしいでしょうか?」



「お腹を?」と、一瞬だけためらった一颯だったが素直に彼女の近くで腹部を晒した。


 次の瞬間、ひんやりとした指先がつっと腹筋をなぞる。



「すごく……固いですわね」

「ま、まぁ一応鍛えていますので」

「……もう少しだけ触っていてもよろしいでしょうか?」

「……どぞ」



 氷で腹部を撫でまわされる、そんな感触に一颯が解放されたのは五分後のことだった。



「な、なんだかわたくし、とてもいけないことをしてしまった気分ですわ……!」

「さ、左様ですか……。と、とりあえず着替え終わりましたんで、そろそろ行きますか」

「え、えぇ。そうですわね。それじゃあ一颯さん――デートに行きましょうか」

「了解です」

「あ、最後に一つだけ。この洋館から出て二人きりになった際は、敬語はやめてくださいね?」



 いたずらっぽく微笑む夜魅に「わかりました」と、一颯は困ったような笑みを少し浮かべた。

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ウチのお嬢様達は不安定~お嬢様、とりあえずその触手っぽいの下ろしてもらえますか?それから浮気ってなんですか? 龍威ユウ @yaibatosaya7895123

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