第3話 ③狂愛
「こんなもの...身に纏うな!!」
「や、やめてっ!」
破れてしまうのではないかと思うほど、強い力でマントを剥がそうとするルシファー。
マリアは必死に抵抗する。
その時、部屋の扉が勢いよく開いた。
シュヴァリエだ。
「姫様!」
襲われているマリアを見て、シュヴァリエはすぐさま間に入った。
ルシファーはマントから手を離すと、シュヴァリエの髪の毛を強く引っ張る。
頭を自分の方に寄せると、耳にかじりついた。
痛みに逃れようとするほど、歯は耳に食い込む。
耳を食いちぎられてしまいそうだ。
シュヴァリエは咄嗟に、アルムの紋章で剣を出し、ルシファーの脇腹につき刺した。
堕天使はすぐに離れて、刺さった剣を抜く。
かなり苦しそうな顔を見せて、脇腹を抑える。
「...っ...く、くそ...よくも...!」
血が流れ、腹を抑える手が真っ赤に染まった。
「もう嫌っ...!!」
マリアが叫んだ。
普段見慣れない血に、恐怖で足が震える。
涙が止まらない。
「...あなたを、怖がらせたいわけではないのですよ」
そんな彼女を哀れに思ったのか、ルシファーは後悔が混ざった優しい声で言う。
マリアを見つめる彼の瞳には、深い愛情があった。
それは傍から見ても、誰もが感じられた。
シュヴァリエは震えるマリアを抱きしめたかったが、出来なかった。
ここで彼女に少しでも触れたら、ルシファーを刺激してしまう。
彼自身が怒りを抑えようとしているのに、わざわざ火に油を注ぐ行為は出来ない。
何故?
何故彼はこんなにもマリアを愛しているのか?
ただの一目惚れでは無い、もっとずっと昔から想っていたような、そんな雰囲気がある。
遅れて部屋に入って来たシエルですら疑問に思った。
ルシファーは部屋を見回した。
戦う力が無いマリアを除けば三対一だ。
「今は私が引こう。ここではお前と全力で戦うことが出来ないからな」
ルシファーはシュヴァリエにそう言って、バルコニーから外へ逃げていった。
「なんだよあの言い方。まるで俺とネージュは眼中にないみたいな」
シエルが不満そうに言う。
口ではそう言ったが、内心はほっと安堵していた。
何千年も生きた天使に勝てるとは思っていない。
「姫様、大丈夫ですか?!」
ルシファーがいなくなってすぐに、シュヴァリエは王女を抱きしめた。
「私は大丈夫...二人も無事で良かった」
マリアはミカエルのマントで涙を拭う。
シュヴァリエは王女に怪我がないことを確認する。
我が子を案ずる父親のようだ。
「で? どういうことか説明してくれよ」
シエルはネージュに事情を尋ねる。
シエルもマリアと同じように、ネージュとは昔からの仲だ。
ネージュはいつも無表情で冷たい印象だが、実際は誰よりも争い事を嫌う、心優しい人だ。
彼がウェインライトを滅ぼそうとするはずがない。
とはいえヴォルフィードの皇帝なのだから、敵である可能性もある。
「マリア、すまなかった。俺は何も知らなかったんだ。謝って済む話でもないが...」
マリアはすぐに返すことが出来なかった。
彼の言う通り、知らなかったと謝って許されるものではない。
しかしネージュはマリアを助けに来てくれたのだ。
「一体何が起こってるの?」
結局、シエルと同じことを聞いて返した。
「母上は...皇太后リュヌは、この地上を支配しようとしている。逆らう者は皆殺しだ。
ウェインライトが襲われたのは...見せしめだ。すまないマリア...こんなことになってしまって」
ネージュはその場で土下座する。
マリアは皇帝に近寄り、顔を上げさせた。
「ネージュは悪くないわ...もし知っていたら、私に教えてくれたはずだもの」
シエルは腕を組んで、部屋の中を円を描くように歩きはじめる。
「リュヌは先代の皇帝からヴォルフィードを奪って支配したように、今度は世界を支配するつもりか? 何様なんだよ...おっと、ごめん。母親を悪く言って」
ネージュは目を伏せた。
「母上は...人間ではないから。むしろ、支配する権利はある」
グッド騎士 袴田一夜 @itsuya72
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