1-17.呼び名変更
「なんだかどっと疲れた」
「それならゆっくり出発しても良かったんじゃ……」
独り言に対して、独り言のような突っ込みが入ってアレクサンドラは驚く。連れがいるってこういうことなんだなあ、などと。
アレクサンドラとシスター・ロザベラは次の場所へと向かうため、〈転移門〉へと墳墓の中の通路を進んでいた。大げさにされたくないと、挨拶もそこそこにユナリアの家を出てきたのだ。
ユナリアは残念そうに涙ぐんでいた。シスター・ロザベラも寂しそうだった。
とはいえ、どんなに感謝されたところで貧しい場所なわけだし、やっと男手が戻って活気が出るのと同時に冬支度で忙しい村に長々と滞在するわけにもいかない。
河口の船着き場の街もごたごたしているだろうし、ターニャとして出会った面々に勘繰られるのもやっかいだ。
街の礼拝堂で会って話を聞いたユナリアの父親は、さすがにターニャ=聖女アレクサンドラだと確信しているようだったが何も言わずにいてくれた。
彼としてもまわりの注意を誘いたくはなかったのだろう。ヘンリックさんの息子が中心となってしていたことを洗いざらい話してくれたのはユナリアの父親なのだから。
村の男たち全員が意思を同じくしていたのではなく、意見の対立があったのだ。
実行犯たちが木材と一緒に奪ってきたユナリアの刺繍のクロスが売りに出されているのを見て、娘に顔向けできないと罪悪感を刺激されたものの、強硬派を説得することもできずにいたところへ訳知り顔のアレクサンドラが現れ、懺悔するようにぶちまけたというわけだ。
商人オドネルは怪しいという情報ももらい、他の商人たちからも証言を集めてみれば、オドネルは真っ黒な人物だった。
だから自信を持って領主の元へと向かったのだ。領主が単純で話の早い人物だったのも助かった。今後、手練れの司祭が出向いてくればあっという間に〈大聖堂〉主導の教区ができあがるだろう。
そういうややこしい諸々、非常にメンドクサイのでとっとと移動するに限る。
「ユナリアと仲良くなったみたいだものね、もっと居たかった?」
「え…と……。どうでしょう?」
戸惑ったように眉根を少し寄せてシスター・ロザベラはつぶやいた。非社交的な性格ゆえに相手に対して自分がどの程度の感情を向けているのかもわからないのだろう。
それでも、数日前に村を訪れたときにはびくびくおどおどとアレクサンドラの背中に隠れていたことを思えば大成長といえる。
問答無用で別行動したおかげだな、と誰も褒めてくれないのでアレクサンドラは自分で自分を褒める。
この調子で、自分が遊んでいても彼女は彼女で任務をこなすようになってくれるのが望ましい。くふふ、とアレクサンドラは悪いことを考える。
「ねえ、ロージー」
「え!?」
「え?」
機嫌よく呼びかけてみれば飛び上がるほどにびっくりされて、アレクサンドラは眉を顰める。
「ダメなの?」
「え…と…………え⁇」
「いいかげん、シスターとかって呼び合うのも疲れたし。ふたりのときは砕けたっていいでしょう。ね、ロージー。私のことはサーシャで」
「な、なるほど。え、と…………じゃあ、シス」
「シスター付けるな」
「…………え、と。サ、サーシャさん…………」
なんでこの子はこんなに恥ずかしそうなの? と首を傾げつつアレクサンドラはとりあえず満足した。
淡い緑色の光に包まれたドーム内に踏み込み、石造りのアーチを見上げる。今度はどんな色になるのやら。ぜひぜひ華やかな都市に連れていってもらいたいものだ。
「ロージー、お願いします」
「はい」
アーチの真下に進み出てロザベラは胸の前で両手を組む。寄り添いながらアレクサンドラは都市へと都市へと念じる。
緑色の光が強くなる。アーチが光が発する。すると、ふたりのシスターの姿は天幕を落とすようにストンとかき消えていた。
さあ、次はどんな空の下へ――――。
第一話 END
顔だけ聖女の豪遊譚 ついでに世直ししちゃいます 奈月沙耶 @chibi915
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