イコン(聖像画)

文重

イコン(聖像画)

「イコンを描く時には感情を籠めてはならない。画家の名が表に出てもいけない。神が我々画家の手を通して描かせるものだからだ。イコンは精神世界であることを肝に銘じておくがよい」


 冷え切った石造りの修道院の工房で、修道士ディミトリは板絵に向かって黙々と筆を動かしていた。絵の才能を見出してくれた亡き師の言葉が頭の中でこだまする。しかし、神が与えたもうた才能ならば、選ばれし者の名を絵に刻んでもよいのではないか。名声を轟かせた先人もいないわけではないのだから。このところディミトリはそんな考えに取り憑かれていた。


 完成した生涯最高傑作とも言える聖母子像の視線から目を背けつつ、ディミトリは深く息を吸い込むと再び絵筆を取り上げ、聖母が纏う衣の縁模様に擬して幾つかのキリル文字を書き込んだ。


 1579年、「カザンの生神女(聖母)」と呼ばれ数々の奇跡を起こし、その後再び姿を消す1枚のイコンが1人の少女によって発見される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イコン(聖像画) 文重 @fumie0107

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ