終章

 本日は日曜日。飲食店にとっては書き入れ時だが、喫茶店アスピラシオンは珍しく閉店していた。

 その理由は。


「のじゃ! 地球に平和が戻った事を祝して、乾杯ッ、なのじゃ!」

『乾杯!』


 喫茶店アスピラシオンを貸し切って、祝勝会を開いていた。

 ショーンが作った祝いのフルコースを食べ、飲み、戦いの日々を振り返りながら語り合う。

 そんな楽しい祝勝会。――にもかかわらず。


「なぁ、そろそろこれ解いてくれよ」

 真は一人、カウンターの椅子に縛り付けられていた。


 美味しそうにケーキを頬張っていた篝は、真の方を向いて言う。

「だーめ。何も言わず勝手に宇宙に飛んでいったの、まだ許してないから」

 続けて遥もワイングラスに入ったブドウジュース(?)を飲みながら言った。

「ふ、ふふふ。まだ残っている罰がアレにコレに……ふへへ」

 最後にフォシスがカウンターから出てきて、真の隣に座った。

「まったく。森林エリアに残した妾の小型宇宙船が無かったら宇宙を延々と漂っていたのじゃぞ」


「ほ、本当にその節はお世話に――」

「ま! 手のかかる弟ほど可愛いもんじゃがのぅ!」

 そう笑うフォシスに篝と遥が詰め寄った。


「それだよフォシスちゃんッ。まんまと自分だけ美味しいポジションに座っちゃって!」

「というか、真さんは甥っ子なのでしょう? フォシス叔母さん」

「貴様ッ、間違えるな! 叔母ではなく、姉ッ。お姉ちゃんじゃ!」

 恒例行事のように騒ぎ出す三人を置いて、真は同じカウンター席の端っこで大人しくコーヒーを飲んでいる存在に目を向けた。


「これ、解いてくれない? ミメシス」

われとて、あの時マコト殿を大人しく送り出した共犯扱いされている。故に出来ん」

「そんなぁ」

 ガクリと首を落とした。


「ふっ。だが、無事に戻って来た事。喜ばしく思うぞ」

「あ、うん。ありがとう」

 そんな会話をしていると、ふと騒ぎが大人しくなっているのに気付く。


「ねぇ、本当に何も無いの? アレ」

「わからん。妾も問い詰めたのじゃが、ただ力を分け与えて見送っただけじゃと」

「でもあの雰囲気……まさか見送りの際にブチュっとしたのでは?」

「聞こえてるよしてないよ」

 円陣を組んで会話する三人へそう声を飛ばした。


『ほんとにぃー?』

 まだ疑ってる三人娘へ何度も頷く。そうしてやっと疑いが晴れたのか、縄が解かれた。


「あ、ショートケーキ最後じゃん。ボクが貰うね」

「わたくしブドウジュースのおかわりを……ひっく」

「相変わらず色気より食い気なメスゴリラじゃの。菓子ばかりでなく主食も食え。……ヨウはこっち、水じゃ」


 料理が盛られているソファ席に戻った三人。そんな姿を、縛られていた手首をさすりながら眺める。

「あんな感じに誰かの世話を焼くのも姉心が芽生えたからか?」

「料理や掃除、接客の筋は良いんだ。元々、世話焼きな気質なんじゃないかな」

 コーヒーが置かれ、顔を上げるとショーンが微笑んでいた。


「そうかもだけど。最初の印象がほら、とんだワガママ姫って感じだったから」

「ふふ、確かにね。泣き叫んだり、仕事をサボろうとしたり……真に負けず劣らず手が掛かったよ」

「俺はそんなに……いや、そうかもね」

 今日は何だか甘い気分だと思い、机に備えてある砂糖箱を開き、コーヒーに少し混ぜた。


「前にさ、ショーンさんに夢を話したの覚えてる?」

「あぁ。私のように世界を旅して、誰かを助けていきたいんだろう」

「そう。前の俺は、誰かになりたかった。何だか、誰かにならなくちゃいけないと思ってたんだ」

 スプーンで混ぜ、出来た渦を見つめる。


「多分それは、メタモリアンとしての本能、細胞から進化を促されていたんだ。今のままだと虚弱なまま。だから、貼り付けたような夢を語って、急いで誰かのようにと変身願望を持った」

 砂糖で甘くなったコーヒーに口を付け、喉を潤してから続ける。

「でも今は違う。しっかりと自分の願望として言えるんだ」

 カップを置いて、ショーンを見上げる。


「俺は世界を、そして宇宙を気ままに旅するってね。うん、心の底からワクワクしてる!」


 その時、ショーンは大きく目を見開いた。

「ショーンさん?」

 呼び掛けに、ハッとなったショーン。


「そうかい……真は、猛の、父の夢を継ぐんだね」

「あぁ!」

 すると、ドタバタと後ろからフォシスたちがやってくる。


「今、旅って言った!? いつ行くの!? ボクも一緒に行くからね!」

「当然わたくしもですわ。山荷家の力を使って、快適な旅をお約束しましょう」

「宇宙なら任せるがよい! 隣の隣の銀河までなら案内出来るのじゃ!」

「……学校を卒業してからだし、極力は自分らの力で旅するし、宇宙は純粋に楽しみだ」

 勢いのままにあれこれと言ってくる彼女達に対し、嘆息する。

 だが、真の口元は笑っていた。


 そして、学校と聞いたミメシスは思い出したように声を上げ、立ち上がった。

「そういえば、準備があったな。吾はこれで失礼する」

「え、準備?」

 扉に手を掛けた所で、ミメシスは真へと振り向いた。


「うむ。明日からマコト殿の通う学校の教師として就任するのだ。スーツなど色々――」


『えぇーッ!?』

「な、なんだ!?」

 真たちは驚き立ち上がり、ミメシスも大声に驚き肩を揺らした。


「いつの間にッ、いやいつから!」

「い、いや。先日の戦いが終わった帰りに、教員募集の張り紙を見てな」

「そ、そんな。いや教員免許はどうしたんですのっ」

「教員と言っても、英語の授業を補佐するALT(外国語指導助手)だ。幸い、この星全てに存在する言語は使えるからな。是非にと誘われた」

「いやいや。妾だって日本語をちゃんと読み書き出来るようになったの最近なんじゃが」

「この星に来て暫く経った頃、吾は存在する言語をマスターするため、宇宙船に籠もって勉強していたのです」

「夏あたりに襲撃が無いと思っておったが、おぬしそんな事をしていたのかッ!」

 何やらショックを受けているフォシス。ミメシスは訳も分からず、腕を組んだ。


「星を侵略するためには、その星を理解する必要がございますので」

 物騒だが正論を言われたフォシスは膝をついて、床を殴った。

 真は転がり始めたフォシスを避けて、ミメシスに聞いた。

「教師になるのって、願望みたいなもの?」

「……分からぬ。だが、元々何かを教えたり鍛えたりというのは、嫌いじゃなかった。ふっ、あぁそうだ。他者の成長を望む。形は違えど、根の部分は変わらずの願望であろうな」

 ミメシスの視線はフォシスへと向いた。


「狡いのじゃ狡いのじゃ! マスターッ、妾も学校行きたいーッ」

「構わないよ」

「行きたい行きたい行きた――今なんて」

 駄々っ子のように転げ回るフォシスだったが、ピタリと綺麗に止まった。


「妾、学校行っていいのじゃ?」

「あぁ、構わないよ。でもフォシス君。キミは何歳なんだい?」

「のじゃ?」

「いや、学校に行きたいなら年齢を記入する必要があるんだよ。キミ、真の姉らしいけど、同じ学校に行きたいならせいぜいが一個上の先輩として入るしか無いよ?」

 フォシスは何も言わない。喫茶店に飾られた鳩時計の針が刻まれる音だけ響き、やがて三時を告げる鳩が鳴いた。


「妾、この通り幼い見た目じゃし。妹として一年生に……」

「姫様の年齢なら――」

「言うなミメシスッ」

 瞬間、篝と遥がフォシスを襲った。


「さんざん姉面しといてそれは無いよフォシスちゃん! というか実際いくつなの!」

「姉の次は妹ですかッ、ずいぶんとキャラ属性がおありの様子ッ、まさかロリババァも」

「のじゃじゃーッ、頬をひっぱうなーッ」

 そして二人の猛攻から抜け出したフォシスは真の背中へと隠れた。


「マコトーッ、何処か遠くまで妾を連れてくのじゃーッ」

「……やれやれ」


 やっぱり姉よりも、ましてや妹よりも。

 ワガママ姫、というのがしっくりきた。

 だから真は今日だけ、そんなワガママを素直に聞いた。


「それは、フォシスが今抱えている願望?」

「もちろんじゃッ! マコトと共に宇宙の果てへ! それが妾の願望じゃ!」

「……仰せのままに、お姫様」

「のじゃ?」

 フワリとフォシスを持ち上げ、お姫様抱っこで抱えた。


「気晴らしに公園にでも行こうか。初めて会った時みたいに、跳んでね」

 喫茶店アスピラシオンから飛び出した真。振り返ると、呆れた顔のショーンが手を振り、ミメシスが無表情のまま手を挙げて見送り、篝と遥が修羅の形相で追ってくる。


「旅をしたい。みんなとずっと一緒に。この平和な日常を過ごしたい。欲張りだけど、願望は一つじゃなくても良いよな。だって俺、フォーゼスだし」

 黒い戦士は、青空へと跳び上がった。


 変身願望メタモル・フォーゼ


 誰もが持っている想いの力を、その心に宿して。

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英雄武装の変身願望《メタモルフォーゼ》 サトミハツカ @satomi20k

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