希望を求めて切り裂いてⅩ
「…………む?」
「お、起きたか」
「なぜ、生きている」
「逆になんで殺されると思ってたんだよ」
「妾は殺すつもりじゃったがの」
「またそんな事言ってー。フォシスちゃんてば、ちょっと心配そうにチラチラ見てたじゃないのさ」
「……メスゴリラに人の気持ちは分からぬのじゃな」
「へーん。さっきボクの事をちゃんと名前で呼んだの覚えてるんだから。今更そんな煽り効かないよーだ」
「このッ」
「もう、わたくしたちも多少傷を負っているのですから、あまり走り回らない方が……」
やんやと騒ぐヒロイックアームたちを尻目に、真はミメシスの前で腰を下ろした。
「俺たちの勝ち。決着はついた。それじゃダメなのか?」
「敗者は、死ぬ運命にある」
ミメシスの言葉に対し、真はつまらそうに鼻を鳴らした。
「そんな運命、切り裂いただろ」
そう言うと、彼女は呆然したように口をポカンと開けていた。
「ははっ。お前もそんな顔すんだな。意外だ」
「……あまり見るな」
ミメシスは顔を背けて、恥ずかしそうに片手で顔を隠した。
「お、おう。本当に意外だな」
彼女の照れ顔に驚きながらも、真は立ち上がった。
「さて。お前に勝ったのは良いものの、まだ戦いは終わっていないんだ」
空を見上げる。今の時刻はまだ午後二時を回ったばかりだというのに、空は暗闇に染まっていた。
不思議な自然現象で夜になった訳ではない。
ただ、巨大な宇宙船が地球から近い距離で留まっている。それだけの事だった。
「じゃ、なんとかしてくる」
まるでおつかいに行くような、そんな気軽な感じでミメシスへ手を振った。
「待て。姫様たちはまだあそこに」
ミメシスは慌てて、公園エリアを走り回っているフォシス達を呼ぼうとする。だが、真は指を口に当てて止めた。
「しーっ。流石にさ、どうなるか分からない事に巻き込めないから」
「なに? しかし
真一人では大した力を扱えない。そう思い心配しているミメシスに、頭を掻きながら答えた。
「あぁ、うん。ほら、ミメシスが己を知れって言ってくれたじゃん。そのお陰で、自分に流れるメタモリアンの力を上手く扱えるようになったんだ。多分、今の状態でも普通の人間を超えてる」
そう言い、真は腕を横に伸ばしてデコピンのように指を弾いた。
すると、まるでそこからナニかが発射されたように轟音が響き、地面を抉った。
今ので気付いたのか、フォシスたちは驚き振り向いてきた。そして焦ったような表情で走ってくる。
「あ、バレちゃった。時間も無いし、もう行くか。――あ、そうだ」
背伸びし、凝り固まった体をバキバキと鳴らした真は、ミメシスを見つめる。
「あとの事、頼むな」
「なぜ
「お守りしてたんだろ。なら、安心して任せられる」
「……姫様のお守りは、とても疲れる。加えて厄介そうなあの二人もだと、キツい」
「ずいぶんハッキリ言うなーおい」
ミメシスは、苦笑している真の胸に拳をトン、と軽く当てた。
体にナニかが流れてくる。
「今残っている吾の力全てだ。メタモリアン同士なら分け与えられる……持ってけ」
「お、おうサンキュな」
感触を確かめるよう、グーパーと握る。全快とはいかないが、かなり動けるくらいになった。
「だから、ちゃんと戻ってこい」
「……おう、行ってくる」
グッジョブと親指を立て、真はその場で跳躍した。
下を見ると、どうやらフォシスたちがミメシスにへばりついて何か言っている。
無事に戻っても怒られるのは間違いなし、と溜め息をついた。
「発射まで、あと三分ってところか」
生身のままであっという間に成層圏を越え、地球の目の前に鎮座する宇宙船まで辿り着いた。
荷電粒子砲の準備は着々と進められているのか、巨大な銃口からバチバチとエネルギーが溢れている。
そんな場所の目の前に真は移動し、
『メタモル・フォーゼ……』
変身し、力を確認するように掌を見つめた。
「大丈夫、いける。もしもの時は、力の全部を使えば――」
『下等生物め。ノコノコとここまでやってくるとは。愚かの極みだ』
倒すべき敵の声が聞こえ、顔を上げた。
「よぉ。その玩具をぶっ壊しに来てやったぞ」
『ふんっ。これは私たちメタモリアンの決戦兵器。幾度も星を葬ってきた代物だ。いくら覚醒したからといって、一生物が止められる筈もないわ!』
「そんなんやってみなけりゃ、分かんないだろ」
『ほざけ。もう準備は済んだ。あとは私がこのボタンを押すだけだ』
ニヤニヤと嗤っているであろうアルコーンに対し、挑発するように指を動かした。
『――下等なッ、生物が! 消え去れッ』
強大なエネルギーが凝縮を始めた。
「思えば、俺が虚弱体質だったのってメタモリアンの血が流れてたから、なんだよな。子供の頃、篝をちゃんと守れなかったから折れた。普通のメタモリアンならそこで消滅する筈なのに、俺は半分人間だったから、虚弱になるだけですんだ」
今にも発射されるかもしれないというのに、真は取り乱さず過去の敵を振り返った。
「メタモル・オーネ。アイツは自分の美に満足しちまったから、消えた」
最期は穏やかな表情で消えて行った、最初の敵。
「メタモル・ガンマンは、撃ち負けたからにはガンマンでいられないと諦め、逝った」
予想外の敗因によってあっさりと消えて行った第二の敵。
「満足したり、諦めると消えちまう。メタモリアンってのは、生きづらい生き物だな」
その言葉が聞こえたのか、アルコーンが唾を飛ばしてるかの勢いで怒鳴った。
『今、誇りあるメタモリアンを愚弄したかッ!?』
「あぁ、聞こえちゃった? そんな事よりもさっさと撃ってきなよ」
返答は無く、ただ堪えるような荒い鼻息だけが返ってきた。
「ははっ。さて、挑発してないで、俺も備えなきゃ」
己の中にある力に触れ、一人一人の想いを寄せる。
「
黒い両拳が赤くなり、巨大化していく。頭上に掲げると、相手の銃口と遜色ない大きさになった。
「
巨大化した拳に相応のサイズの銃が握られた。
「フォシス。必死に足掻いて生きると決めたその姿は、弟として誇らしい。俺もそうありたい」
銃口から黒いビーム状の刀身が伸びた。
瞬間、目の前から膨大なエネルギーが射出された。先手は、アルコーンの荷電粒子砲だった。
合わせて握った武器を振り下ろす。
「ミメシスッ! 敵にも敬意を抱くその気高き精神ッ、同じ戦士として見習っていきたい!」
握っている武器と同じモノが、真の斜め上、下に二つずつ出現し、虹色のエネルギー砲を放った。
『おのれッ! もっと出力を出せ!』
王の命令にて荷電粒子砲の威力が増す。しかし、
「俺はッ、みんなのようになりたい! 憧れたみんなのようにッ、強くなって、大切なみんなをッ、守りたいんだーッ!」
真の叫びと呼応し、握っている刀身、そして四つのビーム砲の勢いが増した。
『なぜッ、これほどの力を下等生物如きがッ』
「俺たちは下等生物じゃないッ、沢山の可能性を秘めている人間だ!」
『人間なぞッ、メタモリアンではない存在なぞ、停滞しているだけの下等生物であろうが!』
「停滞……止まることの何が悪いッ」
『停滞は種を滅ぼす! 貴様に向けたメタモリアン達も、諦めや満足した結果、滅び去った! 私たちは進化を求めていかねばならぬというのにッ、あやつらはメタモリアンの恥さらしだ!』
真はわざと聞こえるように、大きく溜め息をついた。
「ほんっと、オーネたちが可哀想だ。求めるばかり考えて進む……そんなの、しんどいだけだろ。さぞ立派な願望を持って歩いても、いつか絶対立ち止まる日が来る。そんな時は、一度足を止めて休めばいい。満足するなり、諦めかけた願望をどうするか考えたりして。そんで答えが出たら、また歩き出す。その繰り返しで進んで行った方が、いい成長……進化をすると思うんだ」
『……下等生物が、戯れ言をッ――』
「たった一度の休憩で死ぬとか、オーネたちが可哀想だし、メタモリアンは生きづらい生き物だなって言ったんだよッ! だぁッ、んな事よりフォシスもミメシスもメタモリアンだし、この先もしポッキリ折れそうな時が来たらどうしてくれるんだよ!」
感情の昂りと同時に、真は前進した。
「絶対、誰もッ、死なせないからなッ。その為にもまずは――帰る! それが、今の俺の願望だコラぁッ!」
『しゅ、出力をもっとッ、なにッ、これ以上は無理だと!? くっ、緊急脱出ポットを――な、貴様ら私を置いて先に逃げるなど――』
なにやら揉めている様子だが、真は知ったこと無いとばかりに加速した。
『ひぃッ、待て! フォーゼスよ、お前の力と私たちメタモリアンの力を合わせれば、どんな星だって――」
「聞く耳、持つかぁーッ!」
『話を……あ――』
刀身が荷電粒子砲を押し消し、宇宙船に突き刺さった。同時に四つのビーム砲も命中し、巨大な宇宙船は爆破に飲まれていった。
地球に被害が及ばないよう、展開していた武器たちを咄嗟に盾へと変化させた。
「……ふぅ。終わった、かな」
船は消え去り、遠くの方に破片が飛んでいくのが見える。
そして、意図せず変身が解けた。
「あーあ、ガス欠か。今の願望、わりと達成しやすい部類だと思ってたんだけど。まぁ、とりあえずゴメン」
不思議と呼吸は出来るが、地上に戻れる力は残っていなかった。あまり悲壮感のない謝罪は、別れを言わなかったフォシスたちと、あとを託したミメシスに対して。
「メタモル・フォーゼ……うんともすんともだな」
もう一度の変身を試みるが、やはり何も起きなかった。
いくら超人的なパワーを持っていたとしても、この宇宙では無力だった。
「はぁ。宇宙人なんて居ないと思って生きてきて、今は半分宇宙人として宇宙にいる。……ずいぶん遠くに来たもんだ」
体に力が入らないせいで何も出来ず、ただ腕を組んでどうするかと考える。
「うーん。宇宙ロケットとか打ち上がらないかな。いや、近いうちに発射するとこなんてテレビでやってなかったしな。……運良く衛星に映って助けが来るのを待つしかないか。でもそうなったら俺は囚われの宇宙人として解剖……やっぱり他の手段を……」
ふよふよと浮いている真は、地球を見下ろし、ポツリと言った。
「地球って本当に蒼くて、こんな大きいんだな。旅、したいな」
そして後ろを向く。
「んで、地上の旅が終わったら宇宙。父さんの願望、俺が受け継ぐんだ」
半分宇宙人である自分なら、もっと遠くまで行ける。そんな確信を持って笑う。
「だから早く戻り――ん?」
再びどうするかと考え込んだ時、地球のとある所から点が見えてくる。それが徐々に大きくなって……、
「ロケット? いや、あれはッ!」
確実に真の方へ向かってくる物体。見た事はないが、たった今壊した宇宙船と類似している。
『――ト』
「ははっ。皆がいるから俺はフォーゼスになれるんだってこと、忘れてたよ」
『――真ッ(真さんッ〉(マコト!)』
予想外の迎えに、真は手を大きく振って応えたのだった。
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