希望を求めて切り裂いてⅨ

 フォシスが斬られようと目を閉じた瞬間、真は篝たちをペンダントに残したまま変身を解除した。無理矢理融合を解いたせいで彼女たちは意識を失ったようだが、これで痛みの同調は無くなる。なにより、少し身軽になれた。


 だから間に合い、彼女を突き飛ばせた。


「はや、まるなっ……て、の」

「マコトッ、おぬし、何をしておるのじゃッ、う、腕が……」

 横たわったまま、唯一動く眼球を動かして己の右腕を確認した。


 肩から先は無かった。恐らく近くに落ちているんだろうと、暢気に流れる血を見ていた。


「血、血がっ、と、とめなければっ」

 スカートの裾を破ったフォシスは、真の右肩にあててキツく結び、処置を施していく。


「このバカ弟! 命あっての物種と言うじゃろうが!」

「それは、こ、っちのセリフだっての……バカ姉」

 姉と言われ、一瞬手が止まるフォシス。だがすぐに自嘲しながら再開した。


「そうじゃの。まったく、バカな姉弟きようだいじゃ」

 フォシスと真は互いに弱々しくも笑い合った。


「なぁ、フォシス」

「なんじゃ。あともう姉を呼び捨てるな。フォシスおね――あだッ!」

 真はデコピンを繰り出した。

「何をするんじゃッ。姉は敬うもんじゃぞ」

「急に姉面されても困るだけだっての」

 こんな時にもブレないフォシスに、呆れた表情になってしまう。だが、すぐに引き締めた。


「もう、逃げるのは止めにしよう」


「へ? い、いや。妾、ここに来た時点でもう逃げるのは止めておるのじゃが」

「いいや、止めてない」

 真の言う事が分からないのか、フォシスは眉を下げた。


「本当に止めてたら、俺たちを庇うような真似はしない」

「何を言っている。なんじゃ、妾にマコトたちを見殺せというのかッ」

 激昂し、彼女は眉をつり上げた。だが真は動じない。

「死ぬ運命をただ受け入れる。そんなの、逃げだろ?」


「……じゃが。じゃがっ、そうしなければ! そうするしかないのじゃ!」

 残っている左腕を伸ばし、フォシスの頭に手を置いた。

「立ち向かおう。フォシス一人じゃ厳しかったから逃げて来たんだろうけど、もう今は俺が、俺たちがいる。一緒なら、そんな運命に立ち向かっていけると思わないか」


「い、っしょに」

「あぁ」


 フォシスは呆然と真を見つめる。そして、彼女が口を開いた時。

 突然、空から重いため息が降ってきた。


『……いつまでつまらん茶番を見せるつもりだ』

 アルコーンは心底苛立ったような声で、ミメシスに催促した。

 フォシスは両手を広げて庇ってくれようとする。が、真は彼女の肩に触れて止めた。

「どうせなら。一緒に」

「はぁ。あまり動かしたくないんじゃが、本当に困った弟じゃの」

 フォシスは真の左側を支え、共に立ち上がった。


 その様子をミメシスは黙って眺めていた。それが気にくわないのか、アルコーンは怒号を飛ばす。

『ミメシスッ! 貴様、いい加減に――』

「陛下。我が王よ。吾は貴方様に仕える騎士でありますが……同時に戦士でもあるのです。この煌めかしい想いを見せた戦士達が……更に煌めき輝く。吾は、その輝きを見たい」

『悠長なッ! さっさと殺せ!』


 何度怒鳴られても、ミメシスは動く様子を見せない。まるで、これから何が起こるのかを知り、期待し、待っているようだった。

 身長差で少し支えづらそうにしているフォシスが見上げてくる。


「そういえば、ドラマでもやっていたのじゃ。弟の叱咤で姉が立ち直るシーン」

「さっきから気になってたけど、一体なんのドラマだよ。大抵一緒にテレビ見てるけど、そんなドラマやってたか?」

「昼ドラじゃから、真は登校中じゃ」

「なんかドロドロしてそうなドラマだな……」

 いつも通り。喫茶店でくだらない雑談をしてるかのような、そんな雰囲気だった。

 そして、


「宇宙から逃げてきて。戦いから逃げてきて。そして己の運命から逃げる。そんなの、もう止めじゃッ! 変わらず死ぬ運命ならばッ、いっそ立ち向かい――斬り伏せてみせようぞ!」


「やるぞ、姉さん!」「やるのじゃ、弟!」

 互いの掌を合わせ、叫ぶ。


『――変身願望メタモル・フォーゼッ!』


 真とフォシスを囲むように、極光の柱が無数に地面から突き出てくる。

 そして二人の姿が見えなくなり、無数の柱が一本の巨大な円柱となって空へと伸びていった。


 ショッキングピンク、ロイヤルブルー、赤色、青色、白金色。様々な色に発光し、やがて黒く染まった。

 黒光の円柱は凝固し――瞬間、ガラスのように割れ散った。


 現れたのは、漆黒の戦士。四肢に見覚えのある色がアクセントとして使われているが、鎧も仮面も黒く染め上げられていた。複眼はフォシスの髪と同じ銀色で眩く発光している。

 失った筈の右腕を高く突き上げ、名乗りを上げた。


「つまらぬ運命など切り裂き突き進むッ、希望の戦士! メタモル・フォーゼス!」


 感覚で分かる。この姿こそ、完全に覚醒したフォーゼスなのだと。

『……逃げ続けてきた妾の弱い想いでは、無理じゃと考えていたのに。まさか、ヒロイックアームとして融合することになるとはの』

「今のフォシスは逃げる事を止めた、強くて素敵な女の子だからな」

「……の、のじゃ。うぅむ……不覚にもドキッときてしまった。まさか、昼ドラはフィクションじゃないのじゃ?」

 融合しているせいで、その昼ドラのイメージ映像が流れてしまい、思わず口元がヒクつく。余計な事は考えるな、と伝えようとした時、ミメシスの嬉しそうな声が聞こえた。


「伝説の戦士・フォーゼス。いいや、もはや伝説など興味がない。あるのは、今ッ、目の前で立っている戦士! 貴殿こそ、吾の求めた相手である!」

 彼女は歓喜し、大剣・シェイプシフターを地に突き刺した。


「吾も、負けていられぬ!」

『シフトチェンジ。バーサクモードに……モー、ドに。ガガガッ、――モードに移行します』


 シェイプシフターがノイズを発したと思えば、切り開かれるサイコロのようにガチャガチャと音を立てて分離し、ミメシスの体へと吸い付いていく。

 またもあの強力な獣形態になるのかと、身構える。

 だが、そこに立っていたのは、見た事のない姿だった。


「まさか、斯様な姿になるとは。吾も想定外だ」

 ミメシスの姿は黒い獣……ではなく、白だった。


 四肢を守るパーツ、胸当て、装具全てが純白に染まっている。なによりも、頭と腰回りにはホワイトベールが装着されていた。

 それはまるで、


『うぇ、ウェディングドレスじゃとッ!? ミメシス貴様、一体何を考えておるんじゃッ』


「ふむ。ただ純粋に、フォーゼスに……マコト殿に勝ちたいと想いながらですが」

 何となしにそう言う彼女に対し、フォシスは真の精神世界で暴れ散らした。

『き、気に食わんッ! というか、おぬしらは一体いつまで寝ておるつもりじゃッ! 起きろ、マコトが取られる危機じゃぞ!』

 瞬間、真の中にいる二人の意識がスッと目覚めた。


『真が!?』

『一体どこの泥棒猫ですのッ』

『妾が言うのもなんじゃけど、その反応速度はかなりアレじゃぞ』


 篝はシャドーボクシング、遥は銃を模した指で獲物を探していたが、今起こっている状況が目に入り、困惑しはじめた。


『え? 真が黒くなってるし』

『あれはミメシスですの? なんで白く――というかウェディングドレスッ!?』

『その下りはもう妾がやったのじゃ!』

 過去最大に頭痛を感じている真は、こめかみを抑えながらもミメシスに言った。

「その格好で戦えるのか?」

 抜群のプロポーションを誇るポニーテールの美女が、ただドレスを着ているだけにしか見えなかった。というか何故その姿になるのか分からなかった。


 戦いたい。本当にただ一つの純真無垢な想い、花嫁のように真っ白な想いだったからなのか、と邪推してしまう。どうであれ、ウェディングドレスは本当に理解できないが、ミメシスは何処か天然な部分があると疑っているので、もしかしたら正解なのかもしれない。


「うむ。見た目よりも硬い装甲であり、なによりも得物が使いやすく、馴染みのあるものだ」

 そう言い、ミメシスは手を軽く振るった。すると、蒼い薔薇が装飾されているサーベルが出現し、剣先を向けてきた。


「この姿は、ただ貴殿に勝ちたいとだけ想った結果だ。どうか受け止めてくれ」


 ニコリと微笑まれ、つい狼狽えてしまう。

 そんな真の機敏な変化は当然、融合している者に伝わるので、ヒロイックアームたちが更に騒ぎだすが、真は無視して手を掲げた。


「なら、遠慮なく戦えるな」

 頭上に剣が出現した。カラスの片翼を模したような剣を握り、ミメシスへ向ける。

「今度こそ決着を――」

『貴様らッ、私を愚弄しおって! ミメシスッ、貴様が愚鈍なせいで下等生物は覚醒し面倒な存在に――』


「黙れ」


『――ッ!?』

 いざ戦いが始まるという所で、アルコーンの罵声が割り込んできた。だが、それはすぐに一蹴された。

 ミメシスの言葉によって。


「この戦は、如何様な存在であっても邪魔立ては許されない。この場に存在して良いのは、吾ら二人のみッ。王はただ玉座でふんぞり返っていればよいのだ!」

『貴ッ……様ァッ! 我慢の限界だッ。もうこの星諸共、貴様らを滅ぼしてやる! 私が直接手を下してなぁッ。おいッ、最終手段を使う! 準備しろ!』

 部下に命令したのか、遠くへ呼び掛け、やがて声は聞こえなくなった。

 そして、空から顔を出していた船首が引っ込んでいく。


「お、おい。ミメシス。いいのかよ、主に逆らって」

「吾の願望は、貴殿と戦う。その一点のみ。この後の事など考えてはいない」

『おぬし、散々妾の事を向こう見ずとか扱き下ろした癖に。人のこと言えんのじゃ』

「ふっ。慣れぬお守りのせいで移ったのでしょう」

『妾のせいにするな!』

 微かに笑うように、口元を歪めたミメシス。そして彼女は上空を仰ぎ見た。

「今頃、地球へ向けての攻撃準備を開始しているだろう」

 その言葉に、真たちはざわめく。


「最終手段――対星決戦兵器である荷電粒子砲を撃ち込む気だろう。時間は十分も無い」

『はぁ!? じゃ戦ってる場合じゃないってば』

 篝はそう叫ぶが、真は慌てず剣の柄を握りしめる。それを見て、ミメシスは嬉しそうに口角を上げた。


「分かっているではないか。そう、吾は簡単に行かせない。貴殿と戦って、果てたいからだ」

「……はぁ。本当に戦闘狂だなぁ」

『今更じゃろ』

「照れますな」

「褒めてないんじゃが」

 そして、緩んだ空気が締まっていく。冷やされ、張り詰めていく。

 向き合っている両者の体が浮き始めた。地面から足が離れ、宙を足場に互いは構える。


「それじゃあ――」

「――始めるとしよう」


 仕掛けたのは、ミメシス。

 目に見えぬ速度で、真後ろまで回り込んできた。

 真は剣を背へ仕舞うようにし、背後からの斬り掛かりを防いだ。


「フォシス。最初は任せる」

『任せるのじゃ!』

 体の主導権をフォシスに渡すと、意気揚々にミメシスへと剣を振りかぶった。

『ちょ、フォシスちゃんに預けて大丈夫なの? いや、ここでボクに任されても剣なんて振れないけどさ』

『わたくしも銃しか……あら? 篝さん、どうやら心配無用みたいですわ』

 遥の言葉通り、フォシスはミメシスと互角に打ち合っていた。


「ふっ、姫様。いつの間にか腕を上げましたね」

『マコトの体とは相性が良いみたいなのじゃッ。お主に稽古を付けて貰っておった時と違って、妾自身の筋力不足は解消されておる。お陰で絶好調なのじゃーッ』

「だがまだ脇が甘い」

『のじゃ、のじゃのじゃのじゃのじゃ! 負けんのじゃーッ!』

 光速の動きで剣を振るい合い、空を飛び交う。


 地上から見れば、まるで黒と白の流れ星が踊っているかのように見えるだろう。

 このまま続けても、タイムリミットで全滅してしまう。ならばと、フォーゼスは動いた。


「かつての弟子との打ち合いは楽しいだろうが、俺たちは勝つために全力を尽くさせてもらう」

「望むところだ」

『別に弟子とかじゃないのじゃ! ただ姫としての義務をやっていただけで――』

 フォシスの文句は聞き流し、今度は篝へ主導権を渡した。

 複眼が赤くなり、所持していた剣は二本のダガーとなって手甲に装備された。


『ボクにまっかせて!』

 右、左、下、上。様々な方向から打撃を繰り出し、乱打で攻めて行く。

なぐって、ぐって、なぐるッ!』

「ぐっ、ふぅっ、それで、こそだ!」

 サーベルを手元でグルリと回転させて防いだミメシスは、一度距離を離すつもりなのか大きく後方へ飛んだ。

 逃がすつもりは無い。複眼の色が青くなると、両手で抱えるほどのライフルが手元に出現した。


『逃がしませんことよ!』

「――ッ!」

 撃ち出されたビームは真っ直ぐミメシスへ伸びていき、命中する。

 だが、辛うじてサーベルの刀身で受けられ、逸らされた。


「ふぅ。複数の武器、体術を使いこなす。貴殿たちだから出来る事。実に滾るというものだ」

 ミメシスはサーベルを頭上に掲げると、


「祝福あれッ。最高の戦士に巡り会えたこの日に、祝福あれ!」

 瞬間、ミメシスの周りに無数の高密度エネルギー弾が造り出された。


われに、そして彼らに祝福を!」

 サーベルが振り下ろされると同時、全てのエネルギー弾が発射され襲いかかってくる。


「ライスシャワーのつもりかよ!」

『なんか本当に結婚式みたいでムカつくんだけど』

『わたくし、こうみえてドレスよりも白無垢派なんですの』

『こんな時に何を抜かしとるんじゃーッ』


 フォーゼスの複眼を銀色に戻し、剣を乱雑に振り回して弾を防ぐ。

「はぁッ、はぁ……」

「ふぅ。はぁっ、意外と疲れるものだな」

 なんとか防ぎきり呼吸を整えていると、ミメシスも慣れない攻撃をしたからか、肩を揺らしていた。


「互いに姿が新しくなろうとも、最初の戦いで失った体力が戻った訳ではあるまい」

 ミメシスの言う通り、戦いの連続で体力はもう残り僅か。辛うじて勝利したとしても、そのあとは宇宙船をどうにかしなくてはいけない。


 故に、決着の時が来た事を互いに悟っていた。

「名残惜しいが、次の一手で最後だろう」

「そうだな。だからその前に言っとくけどさ。俺、ミメシスの事別に恨んでないから」

「……何?」

「ミメシスはさ、自分の事を父さんの仇だとか言ってたけど、ハッキリ殺したとか言ってなかったじゃん」

 ミメシスは確かに、真の父を斬り殺したかのように話していた。だが、それは話の流れでこちらが勝手に推測した事。ハッキリと『殺した』とは言っていなかった。


「……ああ。吾は、確かに斬っていない」


「ほら、恨む理由が無い。お前は戦士として、敬意を抱いた相手に何かしらのチャンスを与える。俺にもそうだったし」

 かつて、フォシスを守るために立ちはだかった事を思い出す。

 だが、ミメシスは無表情のまま言った。


「しかし同じ事だ。早まった兵士を止められず、死に体をただ見つめていただけだった。吾が殺したのも、同じ事」

「なぁフォシス。ミメシスって、もしかして天然に加えて頑固な性格?」

『その通りじゃ。お陰で昔は苦労したもんじゃ』

「それ、フォシスが言える事じゃないだろ。さて、俺が言いたかったのは、それだけ。決着の腰を折って悪いな」

「構わん。吾ももう少し、貴殿と話していたかったからな」

『さぁッ、さっさと倒すのじゃ!』

『そうだそうだ! 決闘の空気に桃色を挟むなんて許さないよ!』

『帰ったら急いで書類に記入させませんと』

 想いが同時に流れこんだせいで彼女たちの声を正確に聞き取れず、ただ頭痛に悩まされる真。


「終幕だ。剣を取れ、希望の戦士よ」

「終わりにしようか。誇りある騎士」

 互いに切っ先を向け、深呼吸した。

 そして、


「……フォーゼスーッ!」

「――ミメシスーッ!」


 叫び、突きの構えを崩さず突進した。

 剣先が衝突。白と黒。二つのエネルギー体が激しく揺れる。


「吾のッ、全身全霊を! 受けてみよッ」

「ぐぅッ、負・け・る・かーッ」

 僅かに圧していた真だが、徐々に押し返されていく。


かがりッ!」

『うん!』


ようッ!」

『ですわ!』


「フォシスッ!」

『なのじゃ!』


 真の声に応え、複眼がそれぞれの色へ入れ替わり発光する。

 剣を支える拳が一回り大きくなり、背中から銃口が飛び出て極光のエネルギーを噴射する。そして、剣が黒く煌めき、刀身が伸びた。


「これがッ、俺たちの――想いの力だ!」


 拮抗していたエネルギーが、ゆっくりと……黒が白を塗りつぶしていく。

 ミメシスは瞠目し、やがて敗北を悟ったように穏やかな笑みを浮かべた。


「――その黒は、様々な想いが混ざり合った色、か。見事也みごとなり

 そう呟いた瞬間、ミメシスは黒い波に呑まれていった。

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