Ⅴ 瀕死の雑草には自己犠牲の精神を(一)

「──どうしたの、シモーロ? お料理、お口に合わなかった?」


 近海で獲れた魚介のアヒージョにフォークを突っ込んだままでいた僕に、対面の席に座るオダリスが不安そうな顔をしてそう尋ねる。


「……え? あ、い、いや、そんなことないよ……モゴモゴ……うん。とっても美味しいよ……」


 僕は慌てて小エビを口に放り込み、そう否定をしてみせるが……せっかくの彼女の手料理だというのに、僕は心ここにあらずで、ほとんど味もわからずにいた。


 飛び上がるほど嬉しいことにも、なぜか急にオダリスから夕飯を食べに来るよう誘われ、今夜は彼女の家で彼女の手料理をご馳走になっているのだ。


「フン! 誘ってもらっておいてその態度はなんだ! 金がないばかりか礼儀もなってないようだな!」


 一つ残念なのは彼女の父親である大家のマチャミックさんも同席し、オダリスのとなりでガミガミ言っていることだが、まあ、贅沢は言うまい……これは言ってみれば自宅デート。僕にとっては大きな進展だ。


 しかし、マチャミックさんが一緒だからでも、また、彼女の家に招かれて緊張しているからというのでもなく、僕はこの食事会を心より楽しむことができずにいるのだ。


 なんだか、嫌な胸騒ぎがする……。


 その原因は、昨日、店にやって来たあの怪しげな客だ。僕がついつい自慢してしまったのもいけなかったのだが、あの男は〝ペケーニャ・オダリス〟に対してやけに強く興味を抱いていた……。


 あの未知の植物を横取りするつもりなのか……それとも、僕が肥料・・にしたやつらの件で嗅ぎ回ってる衛兵の手先なのか……。


 男が帰った後、僕は彼女にも厳しく注意をされた──。



〝アレハワレラヲホロボスモノ……ヤツハキケンダ。ヤツヲハイジョシロ……イヤ、ヤツモニエニスルノダ〟


「ああ、わかってるよ。あいつを来週分の肥料・・にすることにしよう──」



 彼女の提案通り、一石二鳥にヤツも始末してから肥料・・に使うことにしたのだが、なあに簡単なことだ。昨日の様子からすると、こちらから捜すまでもなく、またのこのこと店にやって来てくれることだろう。そこを捕まえてしまえばいい……。


 そう、一時は気楽に考えたのであったが。


 ……店にまたやって来る……いや、もしも今この時にも店に来ていたとしたら……勝手に店へ侵入し、〝ペケーニャ・オダリス〟をどうにかしようとしているのだとしたら……。


 そんな不安が頭をもたげると、僕は居ても立ってもいられなくなった。


「そんなに娘の料理が気に食わんか!? 娘に懇願されて、嫌々ながらも同席を許してやったというのに……貴様の顔を見てるとこっちまで飯が不味くなる! 食う気がないならとっとと帰ってしまえ!」


 またもフォーク片手に止まっていた僕を、いつもの如くマチャミックさんが激しく叱責する……だが、今回は渡に船だ。


「い、いえ。そういう訳じゃないんですが……ごめん、オダリス。ちょっと大事な用を思い出した。今すぐ帰らなくちゃいけない」


 僕はマチャミックさんの言葉を逆手に取り、それを契機にフォークをテーブルの上に置くと、早々、帰りの挨拶を切り出す。


「え!? ま、まあ、大事なご用じゃ仕方ないけど、せめてお料理食べてからでも……」


 オダリスは目をまん丸くして、驚いた様子ながらもそう引き止めてくれるが、今の僕にとって、この心を満たす不安を消し去ること以外に最優先事項はない。


「せっかく誘ってもらったってのにほんとごめん。今度、この埋め合わせは必ずするから……それじゃマチャミックさん。失礼します」


「ああ帰れ! 帰れ! そして二度と来るな!」


「待って! シモーロ…」


 僕はそのまま立ち上がるとマチャミックさんの罵声に送られて、止めるオダリスにも振り返ることなく、彼女の家を後にした──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る