Ⅳ 恐ろしい雑草には古の魔術を(ニ)

〝ソノチカラハ……キサマハダレダ?〟


「…!?」


 俺の頭の中に、突然、不気味な声が響き渡った。


〝キサマハテキカ? ……テキハハイジョスル……〟


「うおっ…!?」


 続けてそう聞こえたかと思うと、俺の脚に何かが絡まり、ものすげえ力で前方へと引っ張られた。


 俺は後方へと派手に転倒し、思わず『シグザンド写本』も投げ出しちまう……。


「な、なんだ!? ……うぐぅっ…!」


 なんとか受け身だけはとり、身体をぐるりとひっくり返して近くの柱に捕まって見ると、俺の右脚には太い蔓のようなものが巻きつき、ぐいぐいとカウンターの方へと強烈な力で引っ張っている……驚くべきことに、それはあの植物から伸びた枝だ。


「う、動くのかよ!? 草が動くって反則だろっ!」


 必死に柱に捕まりながら後を振り返れば、さらには牙のような棘の生えた花弁が大きく上下に開き、まるでワニが獲物を喰らおうと口をあけて待ち構えているようだ。


〝キサマモワガニエニナレ〟


 また、俺の頭の中にあの声が響き渡る……。


「ニ、ニエって贄のことか!? こ、こいつ、俺を喰おうとしてやがる!」


 やっぱり間違いねえ。こいつは食人植物だったようだ……て、んな悠長なこと言ってる場合じゃねえ! 俺は引き寄せられまいと必死に柱に捕まるが、それを上回る力でヤツは俺の脚を引っ張り続ける……もう脚と腕が引きちぎれそうだぜ。


「痛てててて……も、もう無理……うわっ…!」


 あまりの痛さに思わず手が緩み、瞬間、ものすごい勢いで床を引きずられた俺は、パクリ…と花弁の口の中へ吸い込まれた。


 これで、俺ももう終わりか……このまま俺は、このわけのわからねえ正体不明の滅茶苦茶な植物に食われて短え人生を終えるんだ……。


 と、思ったら大間違いだぜ!


 花弁が閉じたわずかの後、バァァァァーン…!と乾いた音が狭い店内に鳴り響き、弾けるように花弁が開くと白い煙とともに俺は吐き出される。


「ぐはっ! ……ヘン! ざまあみやがれこの野郎!」


 強かに床へ打ちつけられながらも俺が見上げると、上花弁に大穴の開いた植物が苦しそうに身悶えている……。


 飲み込まれた直後、俺は咄嗟に腰の短銃を引き抜くと、事前に込めてあった銀の弾丸を発射してやったんだ。


 銀の弾丸は魔物の天敵だからな。確証があったわけじゃねえが、どうやらこいつにも効いたらしい……。


 貧乏暮らしの中、もしもの時のために用意してある虎の子の高価たけえ弾丸だが、まあ、そのもしもの窮地ピンチだったんで仕方ねえだろう……んな金かけて事件解決してやるんだ。後で総督にはしっかり必要経費請求してやるぜ。


「さあて、仕切り直しだ。今度こそ地獄へ…いや、星の世界か? ともかくどっか遠くへ送り返してやるぜ……」


 それはそうと、ヤツが苦しんでる今こそ絶対の好奇チャンスだ。


 さっきのドタバタで蝋燭の火が何本か消えちまったが……まあ、なんとかなんだろう。


「ラアアエエの魔術によりて我は汝に命ずる! 邪悪なる魔物よ、とっととここから立ち去りやがれ!」


 俺は転がっている『シグザンド写本』を拾って立ち上がると、改めていにしえの呪文を魔法円の中央で唱える。


〝ウグゥ……オノレエ……〟


 すると、床に描いた魔法円が蒼白く輝き出し、傷ついた植物はよりいっそう苦しみ始める。


〝チガタリヌ……ニエヲ、ニエヲハヤク……〟


 そして、まるで体内の水分が急速に吸い取られるようにして、みるみる食人植物は萎んでゆくとやがて枯れ草のようになっちまった。


「フゥ……今回はマジでギリギリだったな。危うく食われるところだったぜ……」


 もう頭に響くあの声もまったく聞こえてこねえ……常識外れの食人植物も太古の魔術〝ラアアエエ〟の力によって、中に宿っていたモノが祓われると完全にくたばったらしい。


 ハードボイルドな俺としたことが、なんともハーフボイルドにもスマートじゃねえ闘いっぷりを披露しちまったが、ともかくもこれで事件の根本原因は排除できた。後は犯人のシモーロの扱いだが……ま、そいつは衛兵の仕事だな。この行方不明者の生ハム・・・がありゃあ、証拠は充分だろう。


「おっと。こっちも証拠バッチリだったな……」


 他人ひとの事言えず、俺も魔導書の魔術を使った痕跡を充分過ぎるほど残していることを思い出すと、床に描いた魔法円を足で掻き消し、蝋燭も回収して帰り支度を整える。


 これじゃあ総督に報告しても、金を貰えるどころか俺まで裁かれちまうからな……。


「んじゃ、あとは総督府にお任せして俺は帰るとするか……」


 さて、魔術の証拠も隠滅したし、ここまでやってやりゃあ、さすがにドケチな総督もそれ相応な報酬を支払ってくれんだろう……俺はジュストコールについた埃をパンパンと手で払うと、ハードボイルドに三角帽トリコーンを被り直し、人知れず恐ろしい事件の舞台となった花屋を颯爽と後にした──。

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