Ⅳ 恐ろしい雑草には古の魔術を(一)

「──フゥ……よ、よし行くか……」


 日没後、店を閉めたシモーロがランタンと花束を手にして、暗い小路を大通りの方へと向かって行く……いつもはボサボサの髪を今は撫でつけ、幾分、身形を整えているようにも見える。


 今夜、彼はオダリスから、家に夕飯を食べに来るよう誘われているのだ。


 シモーロがすっかり姿を消すまでその背中を見送ると、俺はヤツの花屋へと近づき、誰も見ていないか辺りを警戒しながら、鍵のかけられた裏口の扉を針金を使って開けにかかる。


 なに、昔とった杵柄というか、悪ガキだった頃にはよくやったもんだ。俺はお育ちがいい・・・・・・んで、こういう芸当もけっこうお手のものだったりする……。


 やがて、カチャリ…と微かな金属音が響き、ドアの鍵が外れたので、俺は静かにそれを開けて、真っ暗な建物内へと滑り込んだ。


「とりあえず、ここまでは予定通りだな……」


 手にしたランタンで室内の様子を覗いながら、俺は裏口から表の店舗側へとゆっくり進む。


 こうしてシモーロが店を留守にし、俺の侵入する絶好の機会が訪れたのは、なにも俺が幸運に恵まれていたからじゃねえ……じつは、昨日、俺の帰り際に店を訪れたあの女──この物件の大家の娘だとかいうオダリス・マチャミックに、ちいとばかし協力してもらったんだ。


 彼女を捕まえ、とりあえずヤツに不審な点はないかと探りを入れてみたところ……。


「──ええ。それが最近、なんだか様子が変なんです。前と違って眼つきが怖くなったというか……それに、あのカウンター脇にある鉢植えもとっても不気味で……異常な早さで大きくなっていってるんです」


 やはりシモーロとあの鉢植えには、何か怪しいところがあるようだった。彼女もそこはかとなく、その異常さに気づいているらしい……。


「わたし、シモーロのことが心配で……ますます顔つきも変わってきた気もしますし……誰に相談していいものか、じつはわたしも悩んでいたんです!」


 加えて、彼女の方もシモーロに対して多少の好意を抱いているような感じがする。


「そんじゃ、その鉢植えから彼を救うために、ちょっと力を貸してもらいてえんだが……」


 そこで、俺はあの植物をなんとかするための時間を稼ぐべく、何か理由をつけて、彼女にシモーロを連れ出してもらうことにした。


 この前のあの様子だ。ヤツのいるとこで植物を処分しようとすれば、当然、暴れまくるに違いねえからな……ま、彼女の家で手料理をご馳走してくれるとなりゃあ、ぜってえに断るこたぁねえだろう。


 案の定、シモーロはのこのことそのお誘いに乗って店を留守にしてくれた。これで、俺は心置きなくあのヤバイ植物を始末できるってもんだ。


 まあ、さすがに彼の大切にしてるものを処分するとは言えないので、そこは「調べるだけだ」とオダリス嬢には濁しておいたが……やはり、アレを野放しにすることはできねえ……。


 店舗スペースに入るとランタンの仄かな明かりに照らシフト出され、様々な草花達が異様な影を朽ちた煉瓦の壁に映し出す……。


 昨日、昼間来た時とは異なり、まるですべてが禍々しい存在のようにも見えてきちまう……あのヤベぇ食虫植物となりゃあ、もちろんなおさらだ。マジで今にも襲いかかってきそうだぜ……。


 今回の連続行方不明に関しての俺の推理はこうだ……おそらく、あの植物にはその星の世界からやって来ただかいう神──古代に原住民が祀っていた悪魔か何かが宿ってるんだろう。


 闇本屋のジジイの話だと、〝星の精霊〟を操る魔導書ってのもあるらしいので、それに近え存在なのかもしれねえ。


 んで、そうして超絶ヤベえ植物になっちまったこいつは、たぶん虫じゃあなく人を喰らって生きてるんだな……そう思った根拠は『シグザンド写本』のもたらした感覚に加えて、この前もしていたこの〝生ハム〟みてえな臭いだ。


「…クンクン……ここか……よっこらせっ…と」


 俺は鼻をひくひくさせて臭いのもとをたどると、カウンター裏の床に設けられた地下倉庫の扉を開けてみる……そして、狭い長方形をした暗闇に収まる大きな甕の蓋を開け、中をランタンで照らし出すと……。


「うっ……見なけりゃよかったぜ。生ハム食べれなくなりそうだ……」


 俺は、壺の中を見たことを後悔した……そこには、バラバラにされた人間の腕や足、スペアリブなどのパーツが塩漬けにされていたのだ。


 さほど赤い色はしてねえんで、どうやら充分に血抜きがされていらしい……もしかしたら、その血も与えてるのかもしれねえな……。


 一週間ごとに行方不明者が一人……なるほど。こうして一週間、餌を保たせているわけか……。


「これでもう決まりだな。んじゃ、バケモノ退治をおっ始めるとすっか……」


 この〝生ハム〟がシモーロの酒の肴じゃなかったら、こいつがこの植物の食い分なのは明らかだ。俺は肩から掛けていた鞄を下ろすと、いよいよ悪魔の植物退治を開始した。


 まずは鞄から手製のコンパスと白墨を取り出し、古い木製の床の上に大きな円を描く……コンパスは鎌に紐を付け、その先に白墨を結んで使うもんだ。


 そして、円ができるとその中へ巨大な五芒星も描いてゆく……こいつが『シグザンド写本』に載ってる魔法円だ。


 だが、これだけじゃ終わらねえ……敵は手強そうだからな。俺はさらにそこへ、今度は巻末付録の『サアアマアア典儀』にある魔法円の強化方法を施した。


 まずは白墨の円内に水でもう一つの円を描き、その二重の円の間に小さな三日月をいっぱいに描き込む……その三日月のくぼみに蝋燭を立てて火を着け、五芒星の五つの先端には麻布で包んだパン切れ、五芒星の谷部分には水の入った五つの壺を置く……。


 さあ、これで儀式の準備は整った。後はこの魔法円の力を発動させるだけだ。


 俺は魔法円の真ん中に立つと懐から『シグザンド写本』を取り出し、それを掲げていにしえの呪文を唱えようとする。


「ラアアエエの魔術によりて…」


 だが、その時だった。

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