Ⅲ 怪しい雑草には地に足のついた捜査を(ニ)

「──ここかあ……ま、見た感じなんの変哲もねえ花屋だな」


 そこは、裏通りにある小さく古い煉瓦でできた店だった。開け放たれた店頭には様々な切花や鉢植えが並べられ、一見して怪しいようなところは見当たらない。


「んじゃ、ご本人に当たってみるとしますか……ちょっと邪魔するぜ……」


 そこで、今度は客を装って店の中へ足を踏み入れてみる。


「いらっしゃい……」


 すると、鬱蒼と繁る密林の如く草木や花々で埋め尽くされる狭い店の中、カウンターに座るパッとしない小男が、覇気のない声であいさつをしてきた。


 猫背の小柄な体型に茶色のエプロンを着け、髪はボサボサの根暗な感じのする野郎だ。


 聞いてた風貌と一致するし、まあ、こいつがシモーロで間違いねえだろう。


「さて、ハードボイルドな俺様の部屋に似合う鉢植えはねえかなあ……」


 俺は斜目にシモーロを観察しつつ、客を装う名演技で店内を見回そうとしたんだが……。


「熱っ…!」


 突然、ジュストコールの内ポケットに、俺は焼けた鉄のような熱さを感じた。


 そこには、魔導書『シグザンド写本(巻末付録『サアアマアア典儀』付き)』を隠し持っているんだが、どうやらそいつが何かに反応したらしい……。


 だが、こんなことは初めてだ…… この『シグザンド写本』は少々特殊な魔導書で、普通、魔導書は悪魔を召喚して使役するためのものなんだが、こいつは反対に「魔を祓う」ことに特化している。ま、そのおかげで市場じゃ人気がなく、俺のような貧乏人でも手が出せる安値で売られていたわけなんだが……そのことと、何か関係があるのか?


「……如何なさいました?」


 突然声をあげ、懐の中を覗き出すいかにも不審客な俺に、シモーロが怪訝な顔で尋ねてくる。


「あ、いや、別になんも……っ!?」


 ハードボイルドな俺としたことが予期せぬ事態に慌ててしまい、これ以上疑念を抱かれぬよう取り繕おうとしたのであったが、シモーロの方へ視線を向けた俺はその目を大きく見開くこととなった……。


 ヤツのとなり、カウンターの上には、他のものとは明らかに異質の、実に奇妙な植物の鉢植えが置いてあったのだ。


 ここらの熱帯雨林ジャングルに自生する食虫植物のようではあるが、これまでに見たこともねえような種類だ……それに、以上にデケえ……小さな子供ぐれえの大きさはゆうにありやがる……。


 茎の天辺に付いた人の頭大の蕾らしきものからは鋭い牙みてえな棘が生えていて、虫どころか小動物ならペロリと食べちまいそうだぜ……。


 いや、それよりも何よりも、懐の『シグザンド写本』がやっぱり俺の心に囁くんだ……マジでこいつはヤバイ存在だって……。


 眼があるわけじゃねんだが、睨みつける俺に対して向こうも何か威嚇して来ているような気もする……。


「お、おい、見たことねえ種類だが、こいつはなんて草だ?」


 俺は鉢植えとガンをつけあったまま、傍にいるシモーロに尋ねる。


「なに。ただの雑草ですよ。でも、少々おもしろい来歴がありましてね。なんでも、星の世界からやって来た神を祀っていた原住民の古い神殿遺跡でこの種は見つかったんだとか。その種から芽を出したのがこの子・・・ってわけです」


 俺のその質問に、シモーロはどこか自慢するような声の調子で、そんなまた想定外の答えを返して寄こす。


 星の世界から来た神の神殿? 星の世界ってのはあの天に輝くお星さまってことか? つまりは天界のこと言ってんのかもしれねえが、天の神さまにしちゃあ、こいつは禍々しすぎるぜ。むしろ悪魔だ……。


 だが、それを聞くと俺の『シグザンド写本』が反応したのもなんとなく得心がいく……闇本屋のジジイに聞いた話だと、こいつも太古の昔に失われた異教の経典を写しとったものらしいからな。古いもん同士、なんか関わりがあんのかもしれねえ……。


この子・・・ねえ……店にあるってことはこいつも売りもんか? いくらだ?」


 俺は期待半々に、今度はそうシモーロに尋ねてみた。


 十中八九、このヤベえ植物が行方不明事件に関わってんのは間違いねえ……なら、こいつを買い取って処分しちまえば、それで少なくとも被害者が増えるこたぁもうなくなる。事件の半分はそんで落着だ。そういうことならドケチな総督も金出してくれるだろうよ。


「い、いえ! これは売り物じゃありません! この子は特別なんです! 生育にはここに置いとく方が便利なんでそうしてあるだけです!」


 だが、やはりシモーロは難色を示し、慌てて俺と鉢植えの間を手で遮ると、余計なことを喋りすぎたというような顔をしてみせる。


「そうか。そいつぁ残念だ……ところで、なんか生ハムみてえな臭いがしてるけど、もしかして作ってんのかい?」


 ま、さほど期待はしてなかったし、そんなら仕方ねえ。また別の手段を考えるまでだ……そこで、さっきから気になっていたもう一つのことを俺はシモーロに質問した。


「……え? ええ。まあ、趣味でちょこっとやってるぐらいのものですけどね。なんで、そっちも売り物じゃないんであしからず」


 すると、今度は落ちつきを取り戻し、今の問いには特に焦る素振りもなく、一見、もっともらしいような答えを口にする。


 だが、俺の脳裏にはあんまし想像したくねえような推測が頭をもたげていた……もしも行方不明になったヤツらを、防腐処理するとしたら……。


「やっぱりハードボイルドな俺の部屋に花は似合わなそうだ……邪魔したぜ……」


 あの鉢植えをどうにかする手立てを考えなくちゃいけねえし、今日のところは出直した方が良さそうだ。


 とりあえず探りを入れてヤツが犯人であるという確信を得た俺は、焦らず一時退散することにすると、言い訳を口にシモーロの店を後にした。


「あ、すみません……こんにちわ。シモーロ」


 と、その時。俺と入れ違いに店を訪れる若い女がいた。


 ご令嬢ってほどでもねえが、それなりに裕福な庶民の家の娘って感じだ。


「お、オダリスさん! こ、こんにちわ……きょ、今日はいいお天気ですね……」


 ちょっと気になって店の外から眺めていると、その娘に対するシモーロの態度が明らかに妙だ……野郎、その娘に惚れてやがんな?


 これは使えるかもしれねえ……。


「ちゃんとご飯食べてる? しっかり食べないとダメよ? それじゃあね」


「あ、ちょっとすまねえ。あの花屋… シモーロ・モラーニョスのことでちょっと話があるんだが……」


 花束を買い、店を出た彼女をこっそり追いかけると、ヤツから見えねえ距離にまで充分離れるのを待ってから、俺は彼女に声をかけた──。

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