Ⅲ 怪しい雑草には地に足のついた捜査を(一)

 総督府より内々に連続行方不明事件の依頼を受けたその日、俺は早々に捜査を開始した。


「──ここ三月で16人か。確かに多いな……ん? このオレン・クスリレロって、あのイカれた歯医者か?」


 受け取った行方不明者リストを眺めていた俺は、その一番下にある最新の人物の名に心当たりがあった……前に歯が欠けて痛むんで行ってみたら、いきなり全部の歯を抜こうとしやがった頭のイカれた藪歯医者だ。


 心の広い俺でさえ、マジで銃弾を土手っ腹に撃ち込んでやろうかと思ったほどだ。まあ、恨みを買ってぶっ殺されてても不思議じゃねえ野郎だが……。


「とりあえずそっから当たってみるか……」


 ともかくも、まずはそのイカれ歯医者から俺は聞き込みを始めることにした。


「──先生とトラブルになってた人ですかあ? そんなのいっぱいいますよお」


 ダメもとでヤツの医院を尋ねると、なぜか入口の掛け札は「開業」になっていて、中へ入ると雇っていた看護婦がまだ残っていた。


 どうやら歯医者がいなくなった後も行く当てがないので、勝手に店開きして薬の販売なんかをしてるらしい。


「いや、そうだろうと思ったけどさ。んじゃあ、あの藪医…じゃなかった、先生がいなくなる直前に揉めてたヤツとかは?」


 気怠そうな様子で、案の定の答えを口にするその看護婦に、俺は質問を変えて再び尋ねた。


 彼女はなぜか顔中あざだらけで、片目には眼帯をすると、両手首にはキツく縛られた縄の痕が残っている……いったい何があったんだ?


「そうねえ……だったら最後に来たあの患者さんかしら? そうとう先生に怒ってたから」


「そいつの名前わかるか? 藪医…もとい、先生の行方を捜す手がかりだ。ちょっと教えてくれ」


 天井を見上げ、思い出しながら言う看護婦に、俺は前のめり気味になって食らいつく。


 一応の第一容疑者登場だ。ま、あの藪医者のことだから、揉める患者なんざいつものことだろうが……。


「ええと……シモーロ・モラーニョスさんね。初めて来る患者さんだったけど、確かお花屋さんしてるとか言ってたかしら。ま、うちは二度目以降来る患者さんいないんですけどね」


「シモーロ・モラーニョスね……花屋か。あんまし犯罪の臭いはしねえな」


 カルテを探して看護婦が読上げてくれるのを、俺は手帳にメモりながら当てが外れたかと内心落胆する。


 花屋と行方不明事件じゃあ、まったく結びつくような気がしねえ……ま、そんでも心の片隅に留めておくかな……てか、やっぱりこの歯医者、リピーターは皆無だったか……。


「どうもありがとよ。参考になったぜ。ま、名残り惜しい気持ちもわかるがよう、医者がいねえんじゃ、さすがにこの医院もやってけねえだろ? 薬も無尽蔵にあるってわけじゃねえ。いやむしろ、この街にはもっといい医者がいっぱいいるし、あんたも次の職場をいい加減探しな」


 聞き込みを終えると、俺は礼を述べるついでに要らぬお節介にも説教を垂れてみる。


「ええ。わかってるわ……でも、世間的にはキチガイだとしても、あたしにとっては一番の先生だったわ……先生の治療・・が忘れられないの……そうだ。あなた、先生の代わりになってくださらない?」


 だが、看護婦はうつろな眼をして遠くを見つめると、不意に思いついたかのように顔色を明るくし、何処からか黒革製の鞭を取り出して俺に手渡そうとしてくる。


 この身体中の痣や傷……そうか。この看護婦とあの藪歯医者はそういう関係だったのか……。


「い、いや、俺にそういう趣味はないんで……そ、そんじゃ失礼するぜ!」


 鞭の柄を差し出し、すがるような眼で見てくる看護婦が怖くなった俺は、逃げるようにしてその医院を後にした。


 ちなみに後で聞いた話によると、どうやらあの藪歯医者は人を痛めつけることに無類の快楽を感じる、ガチな真性加虐性的嗜好者サディストであったらしい……どうりで患者の歯を無駄に抜こうとしてたわけだ……。


 さて、それはそうと、その後も探偵らしく足を使い、リストにある行方不明者の周辺捜査を進めていった俺であるが、すると一見無関係に思われていた行方不明者達に、思いもよらねえ共通点のあることがわかってきた。


「──え? 花屋のシモーロが出入りしてた?」


「はい。毎日お店に飾る花を持って来てもらってたんです。気難しい店長の要望にもよく応じてくれてましたよ? ま、その店長もいなくなって、お店も閉めることになっちゃいましたけどね」


 店主が失踪した高級料理店レスタオランテの元従業員へ聞き込みに行った際、なんとなくシモーロ・モラーニョスの名を出してみたところ、意外やその店にもシモーロは関係していたのだ。


「そんで、店主とシモーロはなんか揉めてたか?」


「さあ? まあ、なにせ店長って人は気難しい人でしたからね。いいお得意様なんで表立っては下手に出てましたが、腹に据えかねてたことはあったかもしれませんねえ……」


 加えての俺の質問に、新しい店で皿洗いをしながら従業員はそう答える。


「そっか……邪魔したぜ。ありがとよ」


 その店の厨房を後にし、まさかと思いつつも聞き込みを他でもしていったところ、ほんとにそのまさかな状況になり始めやがった。


 行方不明になった者にはそれ以外にも、バラなどの店で売る生花を仕入れていた市場の卸しだったり、ヤツが行きつけにしていた酒場の常連で、失踪直前の夜にヤツと口論をしていた客だったりと、シモーロ・モラーニョスとなんらかの関わりのあった人物が異様に多いのだ。


 そして、極めつけが植物学者のパストリク・マルティンだ。パストリクは以前、シモーロが弟子入りしていたそれなりに名のある学者で、何か揉めごとがあって弟子を辞めたことが関係者への聞き込みで明らかになった。


 こうなると、最早偶然とは言えねえだろう……と言っても、花屋と行方不明事件とじゃやっぱりピンと来ねえが……店の費用ケチるために人攫って肥料にしてるとか? いや、それじゃ費用対効果が悪いにもほどがあるな……。


 いろいろと疑問は残るものの、とりあえず俺はそのシモーロがやってる花屋へ行ってみることにした。

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