第6話 クソ田舎因習村夜這い編

 俺が十二歳になるころにはジュリアンが十五歳になったので、成人の儀式のために都会に行った。


 とはいえ俺たちのいる村は国家の端っこにある、ほんの二十年前ぐらいまでは『開拓村』などと呼ばれていた場所だ。

 ここから最寄りの『都会』は王都だとかいう場所なわけもなく、王都に比べればだいぶショボい、クソ田舎の限界児童たちが初めて入ると目をキラキラさせちゃうけど二回目以降は『あれ? そうでもなくね?』と思ってしまう、その程度の都会でしかない。

 いちっていうの? 市がね、出てるんですよ。すごいですよね、市。王都では毎日出てたけどね。ここらへんだと『ある』ってだけで『都会!』って感じなの。

『お祭りみたい!』とお目々をキラキラさせて語った若者が次に行くと『あ、そっかあ。成人の儀式ってお祭りだから、市、出てたんだ……』と気づいてがっかりする。そういう場所。


 まあそれでも二泊ぐらいはしてくるんじゃなかろうか。つまりジュリアンが戻るのは今から数えてだいたい七日後ぐらいになる。

『最寄りの都会』、徒歩約二日半かかるからね。クソ田舎がよ。早く王都で暮らしてぇなあ。


 しかし俺は将来王都に行くことを誰にも言ってないし、言うつもりもない。

 この村の人たちと縁を切りたいのはガチ寄りのガチだった。

 変態度とメス度をますます磨いていくジュリアンしかり、クソ田舎因習に骨の髄まで侵された両親しかり、なんか最近『ヤバい』としか言えない仕上がりになっているマリアしかり……


 特にマリアはヤバい。

 ここはクソ田舎なので成人の儀式終了とほとんど同時に結婚することになるわけだが、恋愛結婚クソ喰らえのクソ田舎ゆえにだいたい『子供のころから仲のいい人が男女だったら村中で圧力かけて子作りさせろ』というアリアドニアスの御代現代とは思えないクソ古い価値観の場所だ。

 よって俺の結婚相手はこのままだとマリアになる。

 やだ。


 いや、マリアは美人だよ。

 十二歳になった彼女は気弱そうな振る舞いこそそのままではあるけれど、浮かべる笑みになんとなく〝凄み〟が出るようになっていて、『にっこり笑う』としか表現できない顔だけでいくつもの種類の感情を人に伝える技能を身につけている。


 長く伸ばした桃色の髪、一部だけ編んでいるのがクソ田舎限界おしゃれ。

 それでもまあ行商人とかが『おたくのお嬢さんをうちに奉公に出しませんか』=『かわいいのでうちの息子のめかけか私の愛人にしたい』と言ってくるので、世間的に見てもかなり美人なのだろうなとは思う。

 うん、客観的事実では確かに美人なんだろうな。優しそうだし、どこかぽわぽわした浮世離れ感もあるし、あと十二歳にしては胸が立派だったり……うんまあ、よう似た親子だわ。


 客観的には『こんなかわいいお嫁さんもらえるなんてうらやましい!』と言われるんだろうな。


 でもね。

 ヤバいんだよ。


「ミド、いる?」

「いるけど……」

「家、入れて? 手首切っちゃった。血が止まらないよ」

「今月何度目ェ!?」


 夜中なんスわ。


 最近はちょっと離れたところに新しい村の候補地を探しに行くとかで、うちの両親なんかも家を開けることが多い。

 よさそうな場所を見つけたとなると細かい下見のために泊まり込みになる日もあって、そういう日を狙ったようにマリアが『たまたま』『うっかり』『不注意で』大ケガをして夜中に家をたずねてくる。


『コイツ絶対わざとだろ』と思いつつもケガをしているのは本当なので、留守に娘の無事を見ててほしいとマリアママから言われている俺としては、このクソ田舎であと三年は過ごさざるを得ない都合上、マリアの治療を請け負わなければならない。


 夜中に家に入れてヒールをしてやると、マリアは「んぁっ、あふっ、ふあぁぁ……」と気持ちよさそうな声を出して(俺のヒールは超気持ちいいから)、熱っぽい瞳で俺を見つめてくるのだった。


 時刻は深夜で、家に入れるとマリアはまっすぐ俺のベッドに腰掛けるために二人してベッドに並んで座っている状況だ。


 しかもお互いの家に両親はおらず、俺たちはだんだん肉体が大人になり始めている。


 治療の終わったマリアはわざとらしくシャツの胸ボタンを二つぐらい外した状態でこちらに身を乗り出すようにして、ピンクの瞳で俺を見ると(身長は同じぐらい)、こんなふうに言うのだ。


「ミドがいないと、だめ……ミドがいないと、ケガしても治療してくれる人がいなくて……私なんか、すぐ死んじゃう……」

「いや不注意で切った切り方じゃねぇってコレ」

「ミド……私と研究と、どっちが大事?」

「人命と比べるようなものではないって」


 正直に言おう。

 研究です!!!!!!


 人命なんざ知るかよ!

 俺は魔術の深奥にいたりたいんだよ!!!!!


 ……だがこれを正直に叫ぶと『あるもの』が犠牲になる。


 そう、『世間体』が!


 俺は十五歳になったあとは儀式を終えた足ですぐに都会に出てこのクソ田舎とおさらばするつもりだが……

 それまではどうしてもこの因習クソ田舎で生きていかないといけない。

 このクソ田舎でちょっとでも『世間体』を犠牲にすると、やれ汗を流して心を清めろだの、お年寄りの世話をしてためになる話を聞けだの、まじめに生きるとはこれこれこういうことだから……とか言われて無駄に時間をとられ! 仕事が増え! 『経験という水』を溜めることも難しくなり! 『余計なこと』をしないように知らないあいだにさまざまな縛りを加えられて! 永遠にこのクソ田舎に囚われることになる。


 村社会!


 俺はこの社会に対し……あまりにも無力だ……

『社会』というものが徒党を組んで俺をここに閉じ込めようとしたら、抵抗する手段もなく従うしかないだろう。

 たとえば『魔術を使って力づくで逃げ出す』などは『抵抗手段』にはふくまれない。

 だって犯罪を働いて村から抜けたらお尋ね者にされるもの。


 国の警備隊は行方不明者にはやる気を出さないがお尋ねものにはやる気を出す。お尋ね者を出した村が賞金を出さねばいけないルールだからだ。

 そして犯罪を犯すような者を村の外に黙って逃がしたとなると村自体の評判も悪くなり、行商人が来なくなったりするため、村も必死になる。


 つまり俺の目指す『独り立ち』は━━


 理想。

 村のみんなが納得し、『この子を送り出して研究者にしよう』という意思で統一されて、大手を振って村を出ていく。


 現実的目標。

『ちょっと出稼ぎするわ』と言い残してそれを受け入れられ、そのまま行方をくらます。


 他の可能性。

 いなくなっても気付かれないぐらいの存在感を維持し、いなくなっても気付かれない。


 なんかジュリアンとかマリアが俺に超からんでくるせいで三番目は自動的になくなってる。

 ふざけんな。俺単体なら目立たない引きこもり少年でしかなかったのにお前らと親友扱いされてるばっかりによぉ……!


 そして理想はまあ理想なだけに無理だと思う。

『この子は天才だ! 研究者になってもらおう!』ルートは前回やったんだが、前回は光属性の探求をしていたし(光属性というのは神聖視されやすい)、結婚相手候補もいなかったのでみんなして『優秀だし村に残してもしょうがないし、いっそ研究者として立派になってくれ』という感じで送り出してくれた。


 だが今回、なぜか俺の魔術探求は誰にも褒められないし、そもそも俺の行為が魔術探求だというのが認められない。

 これはおそらく希少な小属性持ちはみんなこういう目に遭うのかもしれないが、やっぱ大属性の六つよりは何やってるかわからないし、比較対象もなくて優秀かどうかがおのおのの『心の樹』を見ないとわかりにくいからな。


 ちなみに十二歳になった俺の『心の樹』は前回を軽く追い抜いてご立派な姿になっており、ごんぶとの幹にテラテラした肉色の樹皮を持ち、ピンク色の枝葉からは樹液がとろとろしたたり、さらに風もないのに(心の中なので無風)ウネウネゆらめいている生命力あふれる姿だ。


 だがこれは本人にしか見えないので他者に『こんなに成長してます、樹』とうったえても『まだ樹の認識もうまくできない年齢で何言ってんだ。夢見てんなよクソガキ』という視線を向けられるだけだ。


 あと。


 今の俺には結婚相手候補がいる。


 さっきから真横で熱っぽい息をついて「ねぇ、生きていけないよ」「マリアといっしょにいよ?」「いっしょにいてくれなきゃ手首切っちゃうかも……」と耳にささやき続けているコイツだ。


 俺も健康な男の子なのでおっぱいのでっかい美少女に言い寄られればどうなるかわからない━━

 というのだったらどんなによかったか。


 マジで魔道を極めること以外に興味がねぇんだよな……


 客観的に見て『美少女に言い寄られている』という状況なんだけど(本当にそうなのか? 人に言い寄られた経験がなさすぎてよくわからない)、俺はなんかもう『ウザいな……』としか思えない。


 心の底から『女体』『恋愛対象』としての興味がなんにもわかなくて申し訳ないぐらいなんだよね……

 普通、普通さあ、なんか、あると思うんだ。こう、興奮? 喜び? そういうのが。

 でも、ないんだよ。

 睡眠時間をくれとしか思えない……


 俺、おかしいのかな……不安になってくるわ……

 お前といても枝葉ツリースキルがついた時ほどの喜びも興奮もないんだよな。いや……マジで申し訳ないな……こんな(ここに来る行商人とかの反応から分析すると)美少女だっていうのに……どうして……


 だから俺はマリアの肩を押して突き放した。


「マリア、僕は……研究が大事だ」

「舌噛むね……」

「聞いてください」

「三十数えるね?」

「君は美人なんだと思うし……君の肉体は一般的な観点から言えば、かなり魅力的なんだと思う。でも……魔術の探求ほど、魅力を感じないんだ」

「そのうち感じるようになるよ」

「ごめん、言葉のあやだ。俺は……魔術の探求以外には、興奮しないんだ」

「……」


 マリアがそっと、俺の体に手を触れさせた。

 体っていうか、股間に手を触れさせた。


 そしてびっくりした顔になる。


「……本当だ……」

「だからお誘いいただき申し訳ないんですが、たぶん、君と既成事実が作られることはないよ」


 っていうか両親とかマリアの親とかさあ!

 もう俺とマリアに『そういうこと』させる気満々なの、見てて笑っちゃうぐらい明らかなんだよねぇ!


 クソ田舎因習村がよ!

 その手に乗るか!

 俺はこんなところとおさらばして設備の整った都会で魔術探求するんだよ!


「マリアだって、きっと、君のお母さんとかから、俺を村に繋ぎ止めるように言われて、こんなことしてるんだろう? そういうのは……よくないよ。ここは……この村は……クソ田舎因習村で……自由恋愛もないし……何か失敗すれば永遠に話のネタにされるし……住人全員が子供の失敗をネタとして消費する目的で目を見開いて監視してるクソ監視社会だけど……」

「ミド、もしかして、この村が嫌い?」

「どうだろう。嫌いだと思ったことはないかな……」


 ここがクソなのはただの事実なので、嫌ってるからクソ扱いしているということは全然ない。ただ事実を並べているだけです。


「……とにかく、君は自由に恋愛していいと思うんだ。それこそ都会にでも出てさ」

「……そっか」

「うん」

「わかった。ミドがそう言うなら……そうする」

「うん。わかってくれたか」

「……じゃあね」


 そう言ってマリアはベッドから立ち上がると、家へ帰って行った。


 そして後日━━



「ミド、あんた、成人したらマリアちゃんと都会で暮らすんですって?」


 母親にそんなことを言われた。

 ……いや。


 そうじゃねぇよ!!

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