第7話 いい位置にある小屋

『大人になったら同棲する』という噂によって外堀は埋められましたが、村から出ること自体は好意的に捉えられているのでOKです。

 いやOKじゃねぇんだわ。なんで同棲することになってんだ。


 十五歳になりました。


 麦刈りが終わってようやく一息つける時期になるとそのまま成人の儀式が始まり、普通のガキどもはそこでようやく『心の樹』を認識し、己の進む方向をなんとなく定められるようになっていく。


 まあだいたいのガキは初めて『経験という水』を樹に注いだ時に得られる全能感から溜めた水の注ぎ方を間違えて調子に乗り人生を台無しにしたりするし、そういうガキが多いので結果として田舎村は存続できていると言える。

 都会というのは成人の儀式の直後から、むやみやたらに全能感にひたって十五年ぶんの経験を無駄遣いすることなく、しっかりと行くべき場所へ向けて枝葉ツリーを伸ばせたやつが行ける場所なのだった。


 そして俺は、しっかりと枝葉を伸ばしてきた。


 十五歳になった俺の『心の樹』は根も幹も枝もその太さは申し分なく、全体がつやめくピンク色で、太い血管のようなものがビキビキ走り、それらがドクンドクンと脈動し、枝の先からはトロトロの樹液がひっきりなしにこぼれ、細長い葉は蛇のようにうごめき、たまに先端から白い液を噴き出している。


 ここまでご立派な樹は前回までの最大成長時でも見られなかった。

 もしかしたら俺の『淫』属性は天性のものなのかもしれない。そして天性のものということは、『世界樹の実』をつける可能性も……


 この世界の根幹たる謎にたどりつける可能性に日々興奮し、しかもその才覚を活かす日が近づいているとなるとただでさえ切り詰めている睡眠時間はますます少なくすることができ、一晩中全裸で森を走り回って体中を傷だらけにしては自分のヒールをかけて絶頂する日々を送っていた。


「せっかくだから王都に行く? でも私たちみたいな若い夫婦が借りられる場所はあるかな? 王都だと出産は神殿でするんだよね。子供の名前は最初の子を『モモ』にして……」


 なんか幸せな脳みそしてるピンク髪は心底怖い。ウザいではなく怖い。

 あとジュリアンから送られてくる手紙も怖いので無視してる。


 一番縁を切りたい二人のうち一人がついてきそうな感じだが、まあ生活が安定したと思って油断したころに失踪したらいいかな……などと思いつつ、いよいよ成人の儀式の当日が来た。


 この時期は運がいいと行商人の巡回と重なって『都会』まで荷馬車に相乗りさせてもらえたりもするのだが、行商人も決まったルートを旅してるとはいえ『決まった期間で巡回している』とは言いがたい。

 なんとなく『成人の儀式に合わせた日程で儀式のある街に行けるようにしてやるか……』みたいな大人として当たり前の気遣いはありつつも、あちらさんも商売だからガキの都合を優先するわけにもいかないし、まあ、今年もどうやらうちの村からは徒歩で行くことになりそうだった。


 俺たちの年代は俺とマリアだけで、多くは去年とか来年になる。


「二人きりだね」


 マリアが『にっこりと微笑む』。

 たぶんこの微笑みは意識低い連中が見たら人生を恋愛とかいう意味不明イベントのためになげうつぐらい魅力的なものなんだろうな……という気持ちを抱きつつ「そうですね」とだけ答えた。

 二人きりで旅を始めたのは事実なので否定する要素が何もなかったからだ。


 朝早くに村の人たちに見送られながら出発して、夕方ぐらいになると途中で眠って、また歩く。

 それを二回繰り返してさらに半日歩いた先が『都会(田舎)』だ。


 村から『都会』までの道行きには途中に宿泊所というか、休憩所みたいなものがあり、そこを目安に休憩をとることになっていた。

 これは俺たちの村が『開拓村』と呼ばれていた時の名残であり、俺たちの村が『開拓村』と呼ばれる前に『開拓村』と呼ばれていた場所の跡地でもある。


 こうやって人類は魔獣を駆逐しながらだんだんと領土を広げていったのだ。

 皇帝(王様複数人を束ねる人。大昔にいたとされる故人)の発したルールによれば『魔獣を駆逐し確保した土地は、その国家のものとしていい』となっているので、各国家はいまだにこれを根拠として『開拓行為』を行い、国土を広げている。


 重要な開拓地は『辺境』などと呼ばれて強い者がどんどん送り込まれて要塞化したりもするが、うちの村は一般元開拓村なので、精鋭と呼べる人材はいなかったような気がする。

 あんま村人の情報を覚えてねぇんだよな……クソ田舎のクソ因習に盲目的に従うクソバカどもとしてひとくくりにしてたから……


 そして開拓村はどんどん『外側に』移動する性質を持つため、村ごと移動した場合にはそれまで村だった施設が残されることがある。


 これはそこに残る人が多ければそのまま『村』として運営されるが、基本的には一つか二つの家屋を残して取り壊される。犯罪者の拠点にされるのを防ぐためだ。


 というのも開拓村というのは『近くに魔獣が出ること前提』の場所のため、それなりに危険であり、ある程度要塞化した作りになっているからなのだった。


 ちなみにうちのクソ田舎は『開拓産業脱落者たちの村』であり、現代はあの村よりも国の外縁に近い部分に本当の『開拓村』が存在する。

 なのでうちの村は現在、開拓村とは呼ばれていないのだ。


「二人きりだね」


 マリアが『二人きりだねという言葉を繰り返すだけの何か』になってしまったので俺は適当に相槌を打ちながら歴史など思い返していたわけだが、こうして夕闇が差し迫り今日の宿泊先が見えてくると、いよいよ『二人きりだね』という言葉がとんでもない重圧を持ち始めている。


 こいつ、ヤる気だ。


 いやおかしいでしょ。なんで俺の方が貞操の心配しなきゃならねぇんだよ。世間で美少女と十五歳の少年が二人きりだったら心配すべきはお前の方なんですよ。


 まあ世間のド田舎出身者がこうしてたまたまひと組の男女ペアで儀式に臨むことは少なくないのだが、そういう男女はだいたい『結婚候補同士』なので問題なかったりもする。いや問題ですが?


 なので成人の儀式途中の小屋などで既成事実が作られる例もかなり多いらしいと聞きたくもないのに伝え聞いている。

 たぶんうちの親が遠回しに『だから、いいよ。孫ができても』と言いたかったんだと思います。全然遠くねぇんだわ。


 いや獣か? ってぐらい子作りさせようと圧力かけてくるんだけど、普通に人口増加は国が奨励してて、村で子供ができた数に応じて国からお祝いが来るからね。そら必死ですよ。子供ができたらお金もらえるんだもん。


 わかるよ。俺だって生活費の悩みとか、豊かな暮らしへの願望とかあるもん。ほしいよねお金。余裕があるといいよね、暮らし。うん、わかる。すごくわかる。


 でも俺、魔術以外には興奮しないんだよな……


 逆に申し訳なくなってくるんだよ。最近は本当に圧が強くて……なんかマリアに手を出さない俺が悪いことしてるみたいな空気? 本当に最悪ですねクソ田舎。それも俺が出て行きたがってるけっこうデカめの原因になってるんだってわか……わからないんだろうな……


「二人きりだね」


 もう言葉が両肩にのしかかってきて重苦しいわ。

 どうしてその美少女フェイスでそんな重圧のある笑顔ができるんですか? そもそもさあ、


「マリア……その……別に俺じゃなくてもよくない? 歳上とか歳下とか……それこそ行商人とか……お前、かなり選びたい放題だと思うよ……? もしかしたら王都で貴族にみそめられるかもしれないし……美人だし、おっぱいっていうの? 男はみんな好きでしょ? 自信持てよ。俺なんかで妥協するなって」

「知らない人怖いから」

「俺は知ってるお前のこと怖いよ……」

「それに、私のこと一番心配してくれるから」

「いや、君のご両親には負けますよ」

「どんなに傷ついても……どんなに血を流しても……すぐに癒してくれて……すごく気持ちよくて……私がケガするとすごく真剣な顔をして……治ると心の底から嬉しそうにしてくれて……大事なお人形も守ってくれて……もうミド以外ないよ……ミドだけだよ……ミド以外と結婚するならその人を半殺しにしてミドのところに連れてくる……」

「俺、共犯みたいになってるじゃん!? 一人で処理してくれよ!」

「私じゃ不満? 私、いっぱいケガするよ……? 毎日だって、たくさん血を流して……あっ、腕とか、もぎった方が好きになる……?」

「別にケガしてる人に興奮するとかじゃねぇから!!」

「でも……魔術を使ってる時は……興奮するでしょ……?」

「しねぇ……………………するけどさあ!」


 俺はクソ田舎因習村の連中に嘘をついても心は痛まないが、魔術に嘘はつけない。


「だから、今度、いっぱいケガして……ミドに治してもらってる最中に……」

「世間で女性から男性への性欲は大丈夫みたいな風潮あるけどさあ、取り締まるべきだって!」

「でも……ミドに嫌われたくないから……ミドが許可するまで、我慢する……私でよくなったら……言って……? 私、ミドが興奮できるように……がんばるから……」

「あらゆる意味で許可することはねぇよ!」


 俺の許可が『ヤってやってもいいから全身にケガしてこい』って意味になっちゃうじゃん。どんな外道だよ。


 おかしい。いやおかしいのは俺か? 俺はただ魔術にこの身を捧げたいし、魔術以外の何ものにも捧げられそうもないという……人が人を好きになる? のと同様? に魔術のことを愛してるってだけなのに……

 そういやこいつ、昔も魔術から俺を寝取ろうとしたことあったよな? ということは単純に他人のものが好きなだけなのか……? わかんねぇな。助けてくれ。


 そうこうしてるあいだにたどり着いてしまったな、小屋。


 今日もいっぱい歩いて疲れたね。さあおやすみして明日もがんばるぞー! っていう感じで使う小屋のはずなのに、もう入るの怖いよ。横にいるの美少女に見えるけど猛獣だからな。こいつの育成してる枝葉ツリー、遠距離職かと思ったらどうにも暗殺系っぽいし……


「あ、ミド、先客がいるよ」

「気配察知能力よ。ドア越しでもわかるんか」

「もっと遠くからでもわかるから、ゆっくり歩いてきたんだよ。いなくなっててくれるかなって思って……」

「いやまあ誰が利用しても構わない小屋のはずなんだけどね」

「でもミドと二人きりになるためには手荒なまねをしないといけないでしょ?」

「そこまで熱烈に二人きりになろうとしなくていいです。すいませーん、今から入りまーす」


 わざと大声で言いながらドアを開ける。


 すると、中には汚いみなりのおじさんが五人いた。


 その装備は血で汚れており、テーブルも何もない、壁沿いに長椅子があるだけの小屋の中に立てかけられた武器の光沢は、『ろくな手入れがされていないこと』と『使い込まれていること』をうかがわせるものだった。

 つまり。


「お、今回は二人か」


 おじさんたちがどう見ても好意的ではない笑みを浮かべる。

 その視線は主にマリアの方に向いており……


「この時期は成人の儀式に向かう田舎の子供たちがよく釣れるねぇ。お嬢ちゃんの方は高く売れそうだから抵抗しないでくれると嬉しいなあ。傷つけたくないからねぇ」


 ねっとりしゃべるおじさんたちは、この時期に国境沿いに出るある意味で名物━━そして誰かが遭遇したらしい話はそこそこ聞くが、実際に身内が遭遇した者は誰もいないという、『成人の儀式に向かう子供をさらう野盗のみなさん』なのだった。

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