第5話 僕たちの将来設計
俺が十歳になるまでに周囲で起こった『変わったこと』といえば、大柄で乱暴者だったガキ大将がなんかメスメスしく成長していったことと、思い出すのも恐ろしいマリアの奇行ぐらいで、あとはもう平穏そのもの、マリアと俺とメス大将で毎日遊ぶことを強要される囚人も同様の監視社会の中での日々だった。
メス大将は今年十三歳になったのだが俺に対してだけ乱暴なのは変わらず、出会うと「お、お前にひどいことするぞ……」とくねくねしながら拳を振り上げてくるので、あいさつみたいにその時々で試したい
当時は大柄で無骨でバカ丸出しだったのに十三歳になったガキ大将はなぜか髪の毛を伸ばしたり美容に気をつかったり、あと体つきがなんか男っぽくねぇ感じになってしまい、中身を知らないと女性と見分けがつかない感じになってきている。
ガキ大将の両親は村の自警団(いわゆる青年の組合であり、有事の際以外はそれぞれ村での仕事をして普通に生きてる。訓練などはない)のリーダーだったので、そのメスメスしさにはお父様から何かあったようだが、様子が変わらないところを見るに口か腕っぷしで親に勝って我を通したのかもしれない。男らしいやつだ。
そして俺の、十年間『経験という水』を注ぎ続けた『心の樹』はすくすくと大きくなり、どんどん水を吸い上げ成長し、まだまだ枝葉は上限を感じさせることなく伸び続けている。
『心の樹』はあくまでも各人の心にあるものなのでイメージの中にしかその姿はないのだが、これ以外に六回も樹の育成をした視点から言えば、今回の樹はすでに前回までより一回りは幹が太く、枝葉が肉のようにツヤツヤし、あとなんか全体的にピンク色でうっすら光っているイメージだ。
もしかしたら俺の真の属性適性はこの『淫』という小属性だったのではないか……そう思えるぐらいに、この樹が心によくなじむ。
この属性を極めた深奥には何があるのか?
そしてすべての魔術師の夢である『世界の根幹』に接続するための
魔術師界隈では『すべての人が持っている魔力というもの、属性というものの深淵にいたる可能性がある実をつける樹』のことを『世界樹』と呼んでいる。
俺のピンク色の樹は世界樹たりうるのか━━早く育てて深奥に至りたいものだ。
「そういえばミドくん、ぼく、二年後に成人の儀式を終えたら都会に出て冒険者をやろうと思っているんですよ」
なんか真横に座って肩を寄せてくるガキ大将であった。
なんでお前そんな距離感近いの? あと出会い頭に襲撃してくるくせにそれ以外だとなぜ敬語なの? 何が目的で毎日出会い頭に拳を振り上げるの? あとボディラインどうした? なんで腰が女性みたいなくびれを帯びてるの? 肌白いね。それとうっすら胸がふくらんでないか?
謎のかたまりである金髪を長く伸ばした女性とほぼ見分けがつかない(声も高くしているらしい。なんだその技術)元ガキ大将ジュリアンは、お人形遊びの最中にいきなり切り出してきた。
いきなりそんな話題を振られる理由もまたこいつの存在同様に謎に包まれており、俺は困惑して「はあ、勝手にしたらいいのでは」と言うしかなかった。
そしたらなぜか体をクネッとさせてから、ジュリアンは言葉を続ける。
「ぼ、ぼくと一緒に冒険者やりませんか?」
「いや……」
お前歳上やねんで。
お前が成人しても、俺はまだ子供なんですよ。
ここは健全なマリアのおうちのリビングであり、時間は真っ昼間であり、俺の正面には十歳になった
親御さんはお仕事で外にいるのだが、なんの変哲もない古びたこのテーブルは普段家族で食事をとるのに使っているようで、木のささくれとか、フォークを突き刺したあととか、そういうものがこの家での『生活』を感じさせた。
なんの変哲もない、穏やかな田舎の午後。子供たちの遊ぶ食卓。
だっていうのにジュリアンはなぜか息が荒く、むやみに淫靡な視線を俺に向けていた。
「あの、ジュリアンお兄さん、気持ち悪いです。近寄らないでください」
「はぅ、あっ…………!」
「いや気持ち悪いっつってんだろ。クネクネするのをやめろよ」
「と、歳下に……こんなにバカにされて……言い返せないっ……!」
「全部事実だからね」
ジュリアンはあごをのけぞらせてガクガクしたあと、穏やかな顔になって再びこちらを見た。
さっきまでのねばっこい雰囲気はないが、むしろ気持ち悪さが増した気がする。
「ミドくんも、マリアちゃんも、たぶん『神童』だと思うんだ。だってきみたち、明らかに『水を注いでいる』からね」
俺はともかくとして、マリアの『こいつ神童じゃね?』疑惑は七年間の付き合いでほぼ確定してしまった。
なので五歳ぐらいのころにはちょっとノールールかなと思ったが、簡単に『樹』を意識するコツなど教えている。
それからはまあ、無駄に『経験という水』をどうでもいい枝葉を伸ばすために使うこともなく、ある程度の方向性をもって育成しているようではあるのだが……
「でも、『神童』って成人の儀式のあとぐらいから苦労するって言われてるじゃないか。だから、ぼくがミドくんを養うよ……」
「論理の飛躍よ。筋合いがねぇんですわ」
「き、きみは冒険者仕事で疲れたぼくにヒールをかけてくれるだけでいいんだ! どうだ? お得な話だろう? ねぇ、ねぇ」
「
「そ、そ、そ、それだけじゃあ、不満なのかいっ!? わかった、わかったよ! お金も払うっ! ヒールされるたびに払うからっ……!」
「いやだから筋合いが━━」
「うぎっ!?」
俺に迫っていたジュリアンが唐突に吹き飛んだ。
視線をマリアの方に向ければ、彼女は握り込んでいた小石を指で弾いて飛ばし、ジュリアンのこめかみを撃った姿勢だった。
最近のジュリアンはよくこうして暴走するため、マリアは暴徒鎮圧用の小石をいつもどこかに隠し持っている。
たぶん遠距離攻撃職系のツリーに『水を注いで』いる様子だが、人の樹の育成具合を聞くのはかなりマナー違反なので、くわしいことはわからない。
俺と視線がぶつかると、マリアはにっこりとかわいらしく微笑んだ。
「わたし、守るよ……ミドはわたしが守る……」
「お、おう」
最近マリアも『圧』が強い。
なんだ? この村の連中は心に何か闇でも抱えてるのか? そういうのやめろよ。魔王の魂が『よ、空いてる?』みたいなノリで来るぞ。
「まあでも」
椅子を倒しながら床に倒れ込んだジュリアンは完全に致命傷の勢いだったのだが、まったくノーダメージみたいに立ち上がりながら、服についたホコリを払い、言葉を続ける。
こいつもこいつで『水を注いでる』雰囲気がある。なんだろう、俺の周りの連中はどいつもこいつも早熟なのでは? そんなに早く変な成長させちゃうとまともな大人になれなくなりますよ?
「冒険者稼業については本気で考えておいてよ。ミドくんの家は継ぐほどの家業はないし、マリアちゃんだって畑がある程度で……それに、この村そのものも、いつまで存続できるかわからないしね」
最近、魔獣の動きが活発になっており、このままでは『国』が規模を縮小せざるを得なくなるのではないか━━という話がささやかれている。
それは大人たちが子供に聞かせないようにヒソヒソ言っていることではあるのだが、話題に乏しい田舎村だし、ヒソヒソとはいえ結構クソデカボイスなので(田舎の人は『自分がヒソヒソ話した』という自己満足を得られれば内緒話をしたつもりになれるのだ。実際は超聞こえてる)、みんな知ってる。
とはいえ俺は、少なくともあと十年ほど国家がその領土を縮小しないのは知っている……
だいたい三十歳ぐらいで死んでるのが毎回なのでそれ以降は知らないが、『魔獣が増えてきていて国家が領土を維持できないかも……』はいつもささやかれていたが、この時点で実際にそうなったことはないのだ。
しかし……
噂が出始めるのが、ちょっと早いような、気はする。
俺がこうして『淫』属性を極めようとしていることもふくめ、毎回毎回すべてが『同じ』わけでもないだろう。
さほど大きな『周回ごとの違い』は観測できなかったが……というかジュリアンがメスメスしくなっていたり、そもそもマリアと長い付き合いになったりは『違い』だし……やはり微細に変化はある。
微細な変化が積み重なれば大きな流れになることもあるだろう。
まあジュリアンのメス化とマリアの圧の強まりが理由で国家が領土を縮小するとかはさすがにないと思うのだけれど。ないよね。
『とある田舎村で一人の青年が奇妙にメスメスしくなった結果、国土が縮小するほど魔獣の攻勢が強まりました』はやだな。深刻に……
なんの話だったか思い出せなくなっちゃった……
そうそう、冒険者への勧誘だったかな……だったよな……? 聞きようによっては『嫁になってくれ』みたいな話にも聞こえちゃったよ。俺も疲れてるな……
まあ世間的に俺とジュリアンは『親友』なわけだし、まだ村で五年過ごさないといけない不自由な身として、熱烈な申し出に誠実な回答でもしておくか……
「ジュリアンさんの申し出は大変ありがたいのですが」
「じゃあどこに住む!?」
「すいません、話の途中です。僕が話し終わるまで死んでてください」
「わかった!」
わかるな。
もう話す気力、一気に萎えちゃったよ……どうしよ……
がんばるけどさ……
「……僕は将来行く道を決めているので、冒険者にはなりませんよ」
「わかった。ぼくは冒険者向けに調整してるけど、きみがそう言うなら……」
「いやついてくんなよ。俺は研究者になるからね。邪魔なんだよ、お前」
「ありがとうございます!」
「気色悪い」
「ミドくんはいつも丁寧な言葉遣いで……ぼくたちと距離をとってる感じだからね……たまに雑に扱われると嬉しいんだ」
「まあ距離をとってますからね、実際」
敬意による丁寧な言葉遣いではなくって、マジでヤバい人から距離をとる目的の言葉遣いなんですよね、これ。
伝わらねぇなあと思ってたけど、単に相手が無敵なだけだったわ。
「……とにかく、僕は『独り立ち』します。村を出たら、もう二度と会うこともないでしょう」
「そうだよ。わ、私も……ジュリアンは、かなりうざいと思うよ……邪魔だよ……存在が……」
おどおどした様子でけっこう辛辣なことを言うピンク髪であった。
しかし、あの……
「マリアともお別れです……」
「…………!?」
「いやあの、『なんで!?』みたいな反応されても困るっていうか」
「り、理由、理由は……!? なんでマリアもお別れ!? お別れなんで!? あ、あげるよ! お人形とか……あ! 傷、好きだよね? いっぱい傷つくよ……死ぬほど傷つくよ……だから、ね?」
「そういうとこです」
なんかね。
マリアが傷を負うたびに俺が嬉々としてヒールしてるのが伝わっちゃったらしくてね。
自傷し始めたんだ。一時期。
さすがに真顔で止めたよ。
だからマリアにも丁寧な言葉遣いしてるでしょ。
これね、『最初にこういう感じで接したから変えるタイミングないな』じゃなくって、距離をとる目的でしてるんですよね。
「きみたちの、何? そういうどろどろしたもの? 僕には受け止めきれません。なので僕は君たちの知らない場所で知らない人生を送ります。どうか探さないでください。邪魔なので……」
「ミドくん! 考え直してくれよ!」
「そ、そう、だよ。冷静に、なろ……?」
いやもうこっちのセリフなんだわ。
メス堕ちガキ大将と自傷に目覚めたピンク髪とか手に負えねぇよ。
考え直せ。冷静になれ。
「き、きみのヒールをかけてもらえなくなったら、ぼくはどうやって生きていけばいいんだよ!?」
「わ、私も……ケガ、足りない? 私だけじゃだめなら、もっといろんな人にケガさせる……?」
「まだ人生をやり直すには遅くないですよ。お二人の今後ますますのご活躍をお祈り申し上げます」
今日はそういうことになったので、あとは無言でお人形遊びをした。
いや子供は一定時間遊んでないといけないんだよね。まったく面倒くせぇ村社会だこと。こんなんだからここまでこじれたガキが育つんだよ。やっぱ田舎ってクソだわ。
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