第21話 吉村保母の意見と感想 6

「そうでしたか。しかしなぜ、山上先生はよつ葉園の子どもたちの「お母さん」としての役を十分果たせていたとしても、「おばあさん」の役割を果たすことができなかったのでしょうか?」

 大宮氏の質問に続き、大槻園長がさらに尋ねる。

「吉村先生のおっしゃるところ、何となく、わかります。なぜあの山上さんは、年齢とともに御自身の求められる役割を変え切れなかったのか? そこを、私も何となくはわかるのですが、こうだと説明しかねるといいますか・・・」


 吉村保母は、その点について話を進めた。


 それはやはり、山上先生が「生涯一保母」であって、その役割自体が、満年齢で18歳か19歳の頃からずっと一貫していたということですね。

 あれは退職される前年の秋口だったと思います。私は山上先生と、いつものように保育のことを中心にいろいろお話していました。

 その時、こんなやり取りがありました。


「山上先生は、よつ葉園の子どもたちにとっての「おばあさん」の役割、果たせそうですか?」

 私はずばり、このように尋ねてみました。山上先生の答えは、こうでした。

「私は、おそらく、よつ葉園の子どもたち、これからの子どもたちにとっての「おばあさん」の役割を果たすことは、できないでしょうね」

 いささか、実も蓋もないようなお答えに、私は、いろいろ思うところはありましたが、さらに尋ねてみました。

「なぜできないのです? そんな役割は、おそらく、山上先生にしかできないと思いますよ。私としては、ぜひ、そのような立ち位置で、よつ葉園の子どもたちを見守っていただきたいと思っていますけど・・・」

 この後の山上さんが話されていたことは、本当に寂しさにあふれていました。


 ええ、私も、そういう立ち位置で子どもたちに接したいと、心から思ってはいるのです。頭では、もうこの年にもなれば若いころのようなことはできないということも、十二分に、もう、十二分に、わかっています。

 ですが・・・、どうなのかしらね・・・。

 私は確かに、「おばあさん」と子どもたちに呼ばれても不思議ではない年齢に達してきました。それは、間違いありません。現に、女学校時代の同級生で孫ができた人は、何人もおりますからね。

 しかし、吉村先生、考えてもみてください。

 この地で巣立った、元児童という名の子どもたち、それに、若いうちに何年か保母として、児童指導員として勤められた元職員さん。

 中には独身のままの方もおられますけど、結婚して子供や孫もできた方たちは、確かに、います。

 ですが、その子たちが、この地に来ることなど、まずもってありません。

 親がこの施設を知っていて子どもを連れてくることは、度々ありますよね。

 ですが、その子たちは、私にとって息子でも娘でもない。

 なぜなら、この地で暮らすわけではありませんから・・・。

 それに、この地で暮らす児童という名の子どもたちにしても、一緒です。

 その子たちの親御さんの母親では、私は、ありませんからね。

 それに何より・・・。


 その後しばらく、山上先生は黙っておられました。

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