第20話 吉村保母の意見と感想 5

 吉村保母は、大宮氏に促され、さらに意見を述べる。


 先ほどより大宮さんから御指摘を受けまして、ひとつ、気付いたことがあります。


 今ここで、目の前の子どもと真剣に向き合うのが保育の仕事としますね。

 その仕事はこれまで、女性の仕事として社会的にみられてきたもので、男性は、それを後方から支援するというか、指揮すると言いますか、そういう役割を与えられていたと言ってもいいでしょう。

 大宮さんや大槻園長は、お二人とも、その視点からお話されていますよね。

 ところが、私もそうかもしれませんが、山上先生という方は、その男性と向き合ってどうこうする仕事ではなく、根っからの、子ども相手のお仕事なのです。

 実はこれ、その間に立つ人の存在、女性でも男性でもいいでしょうけど、そこで言うなら緩衝材の割を担う人が必要じゃないですかね。

 しかし、その間に立つ人が、これまでよつ葉園に育っていなかった。

 だからこそ、このようなギャップが生じてしまったのではないでしょうか。


 もちろん、その役割を山上先生がして下さったら、それに越したことはなかったとは思います。しかしながら、あの方は骨の髄から、保母さんだったのです。

 野村克也さんという野球選手がいましたよね。「生涯一捕手」なんてことを言っておられたみたいですね。

 まさに山上敬子先生は、「生涯一保母」でした。

 今でも、保母さんなのです。

 公民館で紙芝居を時々されていると伺っています。

 けれども、それもまた、あの方の「保母」としてのお仕事の一環であると思っています。少なくとも、私は。


 確かに、山上さんが若い頃からの感覚で今の子らにあたっていけば、口うるさいだけのおばあさんにしかならないでしょう。母親代わりになる若い保母らの対応はと言うと、昔の母親のような厳格さや厳しさなんか望むべくもない。まして年長の子相手にもなれば、なおのことです。

 年齢差も小さいですからね。良くて、少し年の離れ気味な姉程度じゃないですか。

 そのくらいの年齢の弟や妹の居る保母さんもいますよ。弟や妹じゃなく、兄や姉でそのくらい離れている人がいる保母さんもいるでしょう。


 そんななか山上さんは、昔ながらの厳しさを持った母親になろうとされた。

 それは確かに、若い保母さんにとって必ずしも悪いことだったとは思いません。

 ただそれは、子どもたちにとっては、ただでさえ保母に意味なく押し付けられている上から山上先生のような人にダメ出しを与えられたら、どこにその不満をぶつけていったものかってことになるでしょう。

 それがこの施設の児童らの非行の原因とまでは、申しませんけどね。


 やはりあの方は、よつ葉園の子どもたちにとっての「お母さん」という役割は果たせたかもしれませんが、「おばあさん」という役割に変えて行くことは、どうも、無理なのかもしれませんね。

 ですから、大槻先生が山上さんに定年を機に退職をお求めになったことは、無理もないことではなかったかなと、私は思っています。

 

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